第10話 姉弟の再会
シエナは目を見張った。
リオだ!
「すごいイケメン発見しました! 美しい男性ですわ! その上、たくましい」
横でイライザが雑音を発した。
「リオ!」
シエナは飛び出した。
リオだ。リオ!
「シエナ!」
ひときわ体の大きな、顔立ちの整った騎士候補生はすごく目立った。
シエナだって、美少女で目立つ。
そのシエナが目に涙を一杯浮かべて、リオの胸に飛び込んでいった。
リオは嬉しそうにシエナを抱き上げた。シエナの方がずっと小さかったのだ。いや、リオが大きすぎた。
「誰だい?」
リオの隣の騎士候補生の一人がびっくりしたらしく聞いた。
「あの、弟です」
シエナが恥ずかしそうに答えた。とんでもないことをしてしまった。騎士候補生の胸の中に飛び込むだなんて。恥ずかしい。でも、嬉しかったのだ。リオに会えるだなんて。
騎士候補生の制服に身を包んだリオは、とても立派に見えた。
シエナは胸がいっぱいになった。
リオ。とても立派だわ。
「ああ、妹……ではない姉上なのか」
傍らのリオの騎士候補生仲間が言った。
「久しぶりに会えた。ここで会えると思っていなかったので」
「リオ、どうしているの? 騎士学校に入ったの?」
「そうだ。久しぶりだから少し話をしてくるよ」
「おい、今日はダンスの練習でここまで来たんだぞ? ダンスの練習はどうするんだ?」
「大丈夫。俺は家で散々しているから」
「チッ。これだから伯爵家とか貴族連中は」
リオは強引にシエナを人気のない庭の方に引っ張っていった。
「リオ、どうして騎士学校に入学することになったの? お金はどうしたの?」
「俺は特待生さ」
「え? 騎士学校にも特待生制度はあるの?」
「もちろんあるよ。貴族学園よりよっぽど充実している。だって、貴族だけでは騎士や護衛官は務まらない。だから貴族学園より募集数はずっと多いんだ」
初めて知った話だった。
「騎士学校は貴族じゃない人間の方が多い。当たり前だ。成績によって特待生も補助金額が変わってくる。お金を借りることもできる。出世払いだな」
「リオは借金しているの?」
借金という言葉に敏感なシエナだった。
「まさか。成績優秀だから、最初から全額学校負担だ。そのほかに生活費ももらっている」
「生活費?」
「そう。俺は全寮制の枠に申し込んだんだ。だって、お金が色々と面倒そうだから」
シエナはうなずいた。すごく面相臭いことに今なっている。
「だから心配は何も要らない。シエナにお小遣いを上げることだってできるんだよ?」
「嫌だわ、そんな冗談言って」
シエナはようやく笑った。
「でも、あの田舎から騎士学校を受けるのはなかなか大変だったんだよ。旅費はないし。剣の先生が身銭を切って出してくれたんだ」
「あの、モリス先生が?」
リオがうなずいた。田舎の領地にいた頃に比べて、リオは更にたくましくなっている。その首筋を見て、シエナは飛びついたことがちょっと恥ずかしくなった。
「もう、恩人だよ。特待生の生活費って結構多いんだ。先生には、お金を返そうとしたんだけど、まだ受け取ってもらえていないんだ。立派な騎士になることが恩返しになるって、先生は言い張るんだ」
シエナは思わず笑った。
「先生らしいわ」
「ところで、シエナ、ダンスパーティには出るの? 俺と踊らない?」
「え? リオと?」
「だって家にいた頃はさんざん練習に付き合ったじゃないか。みんな、俺が特待生で田舎出身だから、ダンスなんか踊れないって信じているんだよ。ちょっと力の強い器用な平民だくらいに思っているんだ。そんなことはないよ。立派な貴族の出なんだから」
特待生扱いなのはシエナも一緒だった。
貴族だと認められれば、騎士でも有利な点は多いのだろう。シエナにもわかった。
だから、リオを貴族の出身だと思ってもらいたいのは山々だったが、シエナとリーズ家については、よくない噂が広がっている。シエナと踊ったら、逆にリオの名前に傷がつくのではないかしら。
「あの、あのね、リオ……」
シエナはリオに心配かけるのは嫌だったけれど、貴族学園に来てからの話を正直に話した。
リオは弟だ。家族の問題なのだ。
だが、リオは舌打ちをしてこう言った。
「相変わらず、ダメ伯爵だな」
ちょっとあっけに取られて、シエナはリオの顔を見た。
「ダメ伯爵って、お父さまのこと?」
「あんなやつとは縁を切ったよ」
え? え?
「リーズ伯爵……リーズ伯爵夫人。二人とも本当にダメな人間だ。もう少し家族のために頑張ることが出来なかったのかと思う」
リオ! お父さまとお母さまのことなのよ?
「その父親が、リリアスを追い詰めた。シエナの将来を潰した。なぜ、安易に、あのつまらない下卑たゴア家との婚約を認めたんだろう」
「あ、あの、そのことも、実は……」
シエナはカーラ嬢から聞いた話をリオに打ち明けた。
「知ってる」
リオ、すごい。あら、でも、もしかして噂になってるのかしら。騎士学校にまで伝わっているなんて恥ずかしい。
「そんな話、知ってる方が少ないよ。俺はたまたま聞いたんだ。だって家族の話だからね」
リオと話していると、悩みや問題がみるみる解けていく気がする。
シエナが内心密かに疑問に思っていた、両親のことをリオはダメ人間だと一刀両断した。
そうなのだ。
シエナだって内心思わないではいられなかった。でも、両親だからといつもモヤモヤを押し殺して暮らしていた。
「シエナ、悩むことはないよ。俺はまだ見習いに過ぎないけど、絶対にシエナを守る。あんな伯爵に任せておけない」
「でも、私も頑張るつもりなの。アンダーソン先生と相談して、語学を勉強するつもりなの。今でも簡単な通訳なら務まるくらいなの!」
リオは目を丸くした。
「へえ! すごいね」
「だって、マーゴがセドナ王国の出身ですもの。時々セドナ語で話すでしょ?」
「マーゴって誰だい?」
「え?」
シエナはびっくりした。なぜ、リオはマーゴを知らないのだろう。
「王都の屋敷にいた使用人の名前なの? だって、俺、ずっとあの田舎の屋敷にいたんだもの。王都の屋敷になんか行ったこともないよ」
そんなことってあるの? じゃあ、それまでリオはどこに住んでいたの?
「だから寄宿生を選んだんだよ。リーズ伯爵家の屋敷になんか行けないよ」
「リオ……」
本当に両親と縁を切ったみたいな口の利き方だ。
「ねえ、シエナ。俺はもう経済的には自立したんだ。金があれば自由になれる。せいせいしたよ、あんな連中と縁が切れて」
金があれば自由になれる。誰だっけ。同じことを言っていた人がいる気がする。
「それより、シエナ。ダンスパーティのこと、覚えていて。絶対、一緒に踊って欲しいんだ。だって、シエナとならうまく行く気がするんだ。お願い」
「ええ」
騎士学校の生徒たちはダンスの練習をしたり、久しぶりに会った友達から貴族学園の知り合いを紹介してもらったり、リオとシエナのように姉弟だった場合などは再会を喜び合ったり、初めて同志がおずおずと話をしたりで、盛り上がっていた。
だが、もちろん、シエナとリオの姉弟の再会が一番目立って一番有名になってしまったらしかった。
アマンダ嬢が複雑な顔をして教えてくれた。
「何しろ、あん中で、間違いなく一番の美男美女だしねえ」
「弟なのよ」
シエナは言い訳した。
「うん。それはわかってる。全然似てないけど、名前もリーズだしね。でもさ、目立つこと、目立つこと、すごかったよ」
「それは……面目ないです」
リオに会って本当に嬉しかったのだ。
リオは何の苦労もなかった子ども時代の象徴のような存在だった。かわいい弟だった。
だけど、今では逆にリオの方が大人みたいだ。
「それにさあ、言いにくいけど、まるで恋人同士みたいだったよ。飛んでいったら、抱き上げるんだもの」
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