第9話 騎士学校の知り合い
アッシュフォード子爵……
「誰なのかしら」
マーゴも初めて聞く名前だった。
だが、マーゴはしばらく黙っていたが、何か決意したらしい。
「でも、お嬢様、アンダーソン先生もわざわざ来られて学園に戻りなさいとおっしゃってくださいました。服があるなら、明日から、学園に戻られたらいかがですか?」
マーゴが言った。
「その服を着て、通学すれば、誰も何も言わないのではないでしょうか? 大体、お嬢様があのボロボロの服で通っていたことを知っているのは、ほんの数人じゃないですか?」
そう言われればそうだ。
あの姿を見た人はたくさんいるかも知れないけれど、シエナ・リーズだと思っていない。
シエナ・リーズの初お目見えは実質、あのダンスのレッスンの時だ。
あの時は、イライザ嬢から借りたドレスを着ていたので、地味だったかも知れないが普通のドレス姿だった。(もちろん、伯爵令嬢が着るようなドレスではなくて、ずっと庶民的なドレスだったけれど)
もし、ちゃんとしたドレスを着て学園に行けるのなら問題はない。
「う、うれしい……」
シエナはまた泣き出した。
伯爵家の娘とわかった以上、あんなにみすぼらしい服で学園に行くのは、家がどれほど困っているのか知らしめるようで行くに行けなかったのだ。
学園に行かないと、勉強ができない。勉強しなければ、シエナはお金が稼げない。せっかく勉強するチャンスが出来たのに。
「アッシュフォード子爵ありがとう。誰だかわからないけど」
翌朝、シエナは学園に出かけた。
すぐにアマンダ嬢とイライザ嬢に大歓迎された。
「出て来た! 良かった。よかったよ。ごめんな。私らが無理強いして、あのダンスのレッスン会場に連れて行かなきゃ、あんなことにならなかったのに」
「すみません。騎士学校の皆様を鑑賞できると思うと、他のことに頭が回らなくなってしまって。イケメンで頭がいっぱいになってしまって」
イライザ嬢も泣きながら謝った。
「ごめんなさい。私のうちの問題なのに、皆さんに気を遣わせてしまって」
シエナも謝った。もとはと言えば、シエナ自身も自分の都合でアマンダ嬢とイライザ嬢に自分のことを一言も話さなかったのがいけなかったのだ。
「仕方ないだろ? そりゃ話せないことだってあるさ。当たり前だよ」
「でも、立派なドレスですわ。よかったですわ。これで、あのカーラ嬢にバカにされないで済みますわ」
ドレスについて、もちろん聞かれたが、シエナはあまりしゃべらなかった。しゃべったところで、どうしようもないのだ。だって、アッシュフォード子爵が誰だか、シエナだってまったく知らないのだから。
そして、伯爵家の財政状態については黙っておきたかった。
破産寸前まで、たいてい人は黙っている。破産することがわかっていると、あるものないものスッカラカンになるまで、債権者が取り立てに来てしまう。
本当のことがバレたら、男爵夫人は確実に取り立てに来る気がする。
でも、シエナが豪華なドレスを着ていると、財政状態がそこまで悪くはないと勘違いしてくれるかもしれない。
なぜ、カーラ嬢があんなに事情に詳しかったのかわからないが、あれは色々な事実を集めた推測だろう。たぶん誰も真実は知らないのではないだろうか。
「あの、でも、婚約は解消されてしまったのよ」
これは悪いニュースだ。シエナはおずおずと伝えた。
だが、アマンダ嬢は明るい顔をした。
「そりゃよかったじゃないか。元々ジョージなんか嫌いだったんだろ?」
シエナは、こっそりうなずいた。
「ジョージだって、あのカーラ嬢が好きなんだろう。それなら、何の問題もないよ。みんなが幸せになれるってやつさ」
「よいではありませんか」
イライザ嬢も明るい表情だった。
シエナがイマイチ晴れない顔をしているのは、伯爵家の財政問題が全く片付いていないからというのがあったが、これはアンダーソン先生やマーゴが言った通り、シエナにはどうすることもできない。
「シエナ様、今日は、騎士学校の皆様がこちらの貴族学園を訪問される日ですのよ。シエナ様は、ついてますわ。騎士学校の方は、身分はこちらの学校程ではないのですが、ほぼ全員男性ですの。一部、女性騎士候補の方もおられますけど」
何か含みのあるイライザの説明だが、シエナは別なところに食いついた。
「まあ。女性騎士候補の方々は、どう言うところへお勤めされるのですか?」
「女性王族の警護に当たられるとか。でも、やはり花形は、男性の方々ですわ」
話が戻った。
「イライザは、女性騎士に興味がないってことだけだよ」
アマンダ嬢が苦笑いしながら言った。
「騎士連中はいいよね。成績さえよければ、仕事に必ず就ける。完全な実力主義だからね。ここみたいに上位十位までは家柄順だなんておかしな決まりはないしね。ホラ来たよ」
ダンスパーティには彼らも参加するらしい。
もっとも、貴族学園の生徒でも、例えば特待生たちはダンスパーティには参加しない。
それと同じように、ダンスパーティに参加する騎士候補生たちと言うのは、どこかの爵位持ちか貴族の家柄の者たちだけらしかった。
「社交界の下準備ってとこだね。まあ、そういう社会もあるってこった」
アマンダのしゃべり方は全然治っていない。だけど、もうどうでもいいだろうとシエナは考えた。
アマンダは学園でしっかり勉強している。貴族社会の在り方を。それから基礎的な学力を。
シエナだって、ドレスさえあれば、伯爵家のひっ迫具合をゴマ化して、どうにかこの一年間をしっかり勉強して、何かの資格を取ればその後はなんとか暮らせるかもしれない。
イライザは……現在のところ、騎士学校の候補生の品定めに夢中だった。
「アマンダ様、シエナ様、見てくださいませ! 騎士の方々、とても素敵ではありませんか!」
その場には、他にも、物見高い大勢の貴族学園の連中が集まっていた。
「おーい、テオ!」
誰かが叫んでいた。
騎士学校の制服を着た誰かが、手を振り返した。
「従兄弟のテオだ。紹介するよ。僕は法学を勉強するつもりだったから貴族学園に入ったけど、テオは騎士学校に行ったんだ」
「アーノルド! 久しぶり! ぜひ、かわいい女の子を紹介してくれ。騎士学校に女性は少ないので、僕は飢えているんだ」
「なんか楽しそうなこと言ってますね」
興奮気味のイライザがささやいた。
シエナも思わず笑顔になった。元々知り合いだったり、親戚だったりするような連中が来ているのだろう。友好的で楽しそうな雰囲気があった。
「貴族学園に知り合いがいた方が、行きやすいことは確かですものね。ああ、誰か騎士学校に知り合いがいれば! 知り合いの知り合いの知り合いでも構いませんわ!」
イライザ嬢らしい。思わずシエナは笑い顔になった。その時、シエナの背中きら、声がかかった。
「シエナ!」
シエナはびっくりした。馴れ馴れしく名前を呼んでいる。
「シエナ!」
騎士学校の制服を着た一人の若い男性が、大股で近付いてきた。
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