第13話 合格!

リオはいつものように厩舎にいた。


ウマの世話は彼の仕事だった。


「ダメだったかな?」


暗い顔でリオはつぶやいた。


もうそろそろ合否結果が届く時期だ。


何も返ってこないとか、遅れる場合は不合格なのだろう。



「リオーーーー!」


耳のいいリオは、遠くから自分の名前を叫ぶ声を捉えた。


ウマの飼い葉桶をひっくり返して、リオは外へ出た。


モリスだ。モリスが手に何か封筒を持って走っている。



リオも走り出した。


「合格だ! お前宛だ。開けちゃいない。お前が開けるんだ」


出来るだけキレイに、ドキつく胸を押さえて、二人は封を切った。中を覗き込む。


「合格……」


「そりゃそうだ。こんだけ厚みがあるんだ。合格に決まってる。入学案内とか手続きとか、いろいろ書いてあるだろ。リオ……」



リオがちょっと泣いていた。


嬉しかった。


王都に行けることが。



シエナがいなくなると、屋敷は突然灰色にくすんで、何の意味も持たなくなった。


毎日が虚しくなる。


シエナのためだけじゃない。


ここにはなんの希望もないのだ。


リオは試験を受けることにした。

モリスと違って、彼は騎士学校の試験に落ちても王都に行くつもりだった。


ここにいる意味は、もうなくなったのだ。



「さ、こんな草っ原で、こんな大事な手紙を開けて、紙一枚でも落としちゃなんねえ。俺ん家へ来い、リオ」


モリスの家ではモリスの妻が大喜びしてくれた。

夫の酒量が増えた原因だが、リオのことは可愛がってくれていたのだ。


「まず、確認しよう」


封筒を覗き込むのではなく、キチンと取り出した途端、他より小さい紙がヒラリと床に落ちた。



『入学者代表挨拶の依頼』



リオの目が紙に釘付けになった。


代表あいさつ……それは、トップ入学者に与えられる栄誉だった。


「リオ!」


「リオちゃん!」


モリス夫婦もその意味を知っていた。

なにしろ、夫のモリスも、昔は特待生だったのだ。


「よくやった!」


モリスは感動してリオの背中を思いっきり叩いた。


モリス夫人は泣きながら、お祝いのお菓子を用意しに行った。


「痛い」


「さあ、そうと決まれば、王都行きの準備だ。いろいろいるもんもあるだろう」


「モリスさん、伯爵家には黙っておいてくれ」


「え? 実は伯父にあたるんだろ?」


「そうだけど」


リオは暗い目つきになった。


「あの人たちから、なにかしてもらったことはない」


「そりゃそうだが……」


「今度のことだって、何もしてもらえないと思う。それどころか、利用することを考えるんじゃないかと思う」


モリスも、伯爵夫妻については思うところがあった。

二人とも、見た目は貴族風でそれなりに立派だが、何かの役に立つような人物ではなかった。

やる事は場当たり的で、その場しのぎのことが多く、その適当な言動に使用人たちは頭を悩ませていた。

執事や女中頭と言った人たちが長続きしない家だった。


「そうだな」


「どうせ伯爵は、俺が騎士学校に行っても、わからないままだと思う」


「お前は、何も言わずに家を出て行くのか?」


リオは黙ってうなずいた。


「探すわけがない。そもそも俺がいなくなったところで、誰があの人たちに教えるというんだ。あの家の使用人は、みんなどうしようもない人たちばかりだ」


モリスにはよく理解できた。


「この話、全部黙っておいてくれないか」


モリスは伯爵領に住んではいたが、別に伯爵の世話になってるわけではない。騎士だった頃のお金や、村の若者たちにけいこをつけてやって、その謝礼で暮らしているのだ。


平民でさえ、ちゃんと少ないなりに謝礼を持ってくる。腕のいい元騎士が、甥とは言え一族の若者にけいこを付けてやっていたら、伯爵家ともなれば礼の品の一つも贈ってしかるべきだ。だが、リーズ伯爵は気がつかなかったのか無視しているのか、何一つ連絡してこなかった。


「モリスさん。俺は、特待生になって、王都に行ったら、きっとお金を稼げるようになると思う」


リオは真剣に言った。


「この間も王都への往復の旅費を借りてしまった。でも必ず返す。返せると思う。申し訳ない。だが、伯爵の世話になりたくない。最低限、服なんかは必要かもしれない。そこのところだけ、貸してくれないだろうか」


「貸してやんなよ、ベン」


お茶を出しながら、モリスの妻が言った。


「きっと、返って来るよ。倍になるかもしれないよ?」


だが、その時、モリスの家のドアを、控えめにノックする音がした。


三人は、心から驚いて、ドアを振り返った。油断していた。


「……誰だ?」


モリスが怒鳴った。


「あやしい者ではありません。開けてもらってもいいでしょうか?」


あやしすぎる。ここらの村人は全員顔見知りだった。

よおと言いながら、ドアを勝手に開けて入ってくるのが流儀だ。


下手な泥棒や盗賊より、よっぽど腕っぷしの強いモリスとリオだったが、微妙な話の途中だったので、思わず警戒した。



入ってきたのは一人の紳士だった。


よい仕立てのきちんとしたコートを着て、非常に地味で固い感じがした。


「私はベイリーと申します」


中年の男は事務的に名を名乗った。痩せて、冷たい印象を与える人物だったが、彼は、今、ほんのり微笑んでいた。


「突然、お邪魔しまして申し訳ございません。私は、リオネール・リーズ様に用事があって参ったのです」


「俺……私ですか?」


「ええ。私は、ハーマン侯爵家に古くから仕えている使用人でございます」


二人の田舎者は、いかにも事務的なベイリーと名乗る人物の顔を見つめた。


「今、お話されていた、その費用、ハーマン侯爵家より支払わせていただけませんか?」





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