第7話 婚約破棄
カーラ嬢の挑戦的な言葉つきに、アマンダ嬢とイライザ嬢は即座に臨戦態勢に入った。
だが、カーラ嬢の今日の相手はシエナだ。
カーラ嬢はあたりに響き渡るような声で叫んだ。
「よくも、学園に入るなんてことできたわね。あのリリアス・リーズの妹でしょう、あなた」
シエナはとっさのことで返事が出来なかった。
「あの、真実の愛とか言って、婚約を破棄して、平民の男なんかと駆け落ちしたあばずれ女の妹でしょう?」
「私には事情は分かりませんが、あばずれとはあんまりな言い方ではありませんか?」
シエナは反論した。
「約束を破棄して、別な男に走ったのよ。ろくでなしに間違いないわ」
カーラ嬢の声はりんりんと響く。
今では会場にいた数十人が全員シエナを見ていた。
「おかげで伯爵家は今、借金まみれだそうね」
シエナは悔しそうにカーラを見返すことしかできなかった。
「領地から上がる収入の全部とお父上様の収入全てが借金の返済に充てられているそうじゃないの」
後ろでジョージが驚いた顔をしているのが目に入った。
「なんでも、婚約者からの婚資も全額借金に返済に充てられ、あなたのところには回ってこないそうね」
「私の家の状態をあなたが知っているはずがないわ!」
シエナは破れかぶれになって答えた。どこから聞いてきたのかしら。
「ジョージ、あなたの婚約者は少なくとも嘘つきよ。このことを黙っていたの。わかるでしょう? いつもはもっとみすぼらしい、擦り切れた平民用の服を着て、あなたに見つからないように過ごしてきたのよ。あなたにバレたくなかったのよ」
ジョージは顔をしかめていた。
嫌そうな、とても嫌そうな表情だ……
「こんな借金だらけの女と結婚するメリットなんかないわ」
ジョージは、田舎の男爵家の出だ。
裕福かもしれないが、それは田舎においての話だ。王都の女たちの贅沢ぶりは、あんな田舎の社交界なんかとはレベルが違う。
「ここにいる下品で平民丸出しの女たちから、御慈悲でお金を恵んでもらって暮らしているだけなのよ」
ジョージが顔を
「ジョージ、あなたのお母さまだって、これを知ったら何ておっしゃることか。この娘は貧乏神なのよ。妻の実家を助けてくれと言われたら、どうするつもりなの。一緒に没落するつもり?」
貧乏神!
なんて、ぴったりくる言葉だろう!
いや、感心している場合じゃない。
ジョージが一歩前に出て来た。唇がわなわなと震えている。
「シエナ、君、この学園に入学してから、婚約者の僕を一度も探そうとしなかったね」
だって、それは、いつ見てもあなたはカーラ嬢と一緒だったから、声が掛けにくくて……
「実家の窮迫も黙っていた。僕を巻き込む気だったんだな」
彼の目は血走っていた。
「カーラが教えてくれなかったら、騙されてそのままだった。なんて陰険な女だろう! 僕と僕の一家を破滅に引きずり込むつもりだったんだな」
「そんなつもりはありませんわ」
大体、妻の実家が没落したところで、少なくとも借金は関係ないだろう。妻の実家からの援助してもらえる可能性はなくなるかもしれないが。
「シエナ、君とは婚約破棄する。こんなひどい女だとは思っていなかった。姉上のリリアスと同じだ。あばずれ女だ」
それはひど過ぎる。何の根拠もない。姉があばずれだと言うのも、名誉棄損だわ。姉があばずれなら、妹もそうに違いないって、どういう理屈なの?
シエナの顔に赤みが差してきた。
「姉があばずれだなんて、どんな証拠がありますの? それに、姉と私は別人。姉がそうだから妹も同じと言うのは、違うでしょう?」
「同じ色の目と髪をしている」
ジョージは憎しみを込めた目で、シエナをにらんだ。
「損害賠償を要求する!」
「なぜ? そちらからの勝手な婚約破棄ですわ!」
シエナは我慢できなくて言い返した。
「違うわ。あなたは嘘をジョージに教えたのよ。伯爵家の財政は健全だって。ゴア家はそれを信じた。嘘だったことが、今、わかったのよ。あなたの普段の恰好が証拠よ」
カーラ嬢が念入りに巻いた髪を振り立てて、割り込んだ。
残念ながら、今日はあいにく立派な服を着ていた。イライザ嬢から借りたドレスだ。カーラ嬢もそのことに気がついた。
「借り物でごまかそうと思っても、残念ながら無理があるわよ。みんな、知っているわ。継ぎを当てた本当に貧乏たらしいみじめな格好。伯爵令嬢だなんて、名ばかりもいいところだわ」
カーラ嬢は嘲笑した。
父の伯爵に力がないことを知っているのだ。
「シエナ嬢。婚約はあなたの有責で破棄する。賠償金についてはゴア家からリーズ家に請求する。理由はさっき言った通りだ」
カーラ嬢が親し気にジョージの腕に自分の腕を巻きつけた。
「姉と同じあばずれで、男関係に疑問がある事、つまり本人の資質に問題があると言うこと。それから多額の借金を黙っていたことだ」
ジョージはシエナに指差しして叫んだ。
「僕にお前のような女はふさわしくない。二度と目の前に現れるな」
「そこ、黙りなさい」
やっと我に返ったらしい監督役の先生がカーラ嬢に声をかけた。
「今はダンスの時間だ。そんな噂話に興じていてはダメだよ。ちゃんと授業を受けて」
言いたいことは言い尽くしたのだろう。カーラ嬢はもう一度シエナに一瞥をくれると一言言い足して背中を向けた。
「あなた、お姉さまのリリアス嬢にそっくりね。髪の色も目の色も。きっと性根もそっくりなんでしょうね」
もう授業にも何にもならなかった。シエナは、部屋を出て行くしかなかった。
その場にいたのは数十人だったが、きっとこのうわさは学園中を駆け巡るだろう。
リーズ伯爵家は破産寸前だということ。シエナはリリアスの妹だと言うこと。。
悪女かどうかはとにかく、それよりも家の経済状態をばらされたことがつらかった。
カーラ嬢の言う通りだった。
シエラは貧乏神だった。
「あたしらが付いてるよ! あんな連中が何を言おうと、シエナはシエナ。関係ないよ。お姉さんも関係ないよ。うちらが聞いている限りでは、レイノルズ侯爵とやらも相当に悪い奴だったんだろ? 腹いせにびっくりするくらいの賠償金を請求したって」
シエナは泣くしかなかった。
賠償金が妥当かどうかはとにかく、兄のパトリックと弟のリオは直系の子孫なので、その借金を背負い続けることになる。そうでなければ、爵位と領地を失うのだ。
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