第6話 ダンスのレッスン会場
「どうしても短いですわね、スカート丈」
「うーん」
イライザ嬢は寮生だった。
女なら、女子寮に入っても問題はない。
そこで、イライザ嬢の部屋にお邪魔して、試着させられているのだった。
イライザ嬢はシエナより背が低い。十センチほど。
「幅はぴったりなのにね」
「余るくらいだよ」
「人様のドレスをパンパンで着て、縫い目を広げるわけにはいきませんから、よかったですけど」
「出来るだけ目立たない地味な格好でヒールを履かなければ何とか」
いつも被っている地味な帽子を取って、ごく地味な濃い紺のドレスを着て鏡の前に立ってシエナは絶望した。やっぱり短すぎる。くるぶしが見えそうだ。
「美人!」
気のいい二人の友達は驚いて叫んだ。
艶のある髪がくるくると柔らかな線を描きながら肩から広がり、ほっそりした体つきがはっきりする。
「もっと絞れるわ! ウエストが余ってる」
「あんた、美人だったんだねえ!」
二人の友達は夢中で叫んだ。
「なんで、その髪を隠していたんだい。こんなに綺麗なら、どんないい男だってつかまえられるよ!」
興奮してアマンダ嬢が叫んだ。
「ダメなんです。姉はそれで金持ちの男に囲い込まれました」
「え?」
「その金持ちの男性のこと、嫌いだったみたいです。でも、ダメだったんです」
「それで、お姉さんは?」
「姉は……行方知れずになりました。今、どこで何をしているのかわかりません」
本当のことだった。その上、相手が金持ちだったので、メンツをつぶしたと多額の賠償金を要求されて、今、伯爵家はめちゃくちゃだった。
「そう……」
なので、レッスン会場には行きたくないのですけど……
絶対、目立つ。絶対、見つかる……。
しかしながら、そうはいかなかった。
行くわけにはいかない理由まで説明できなかったのだ。
ずっと特待生だと言い張って来たのに、実は違いますだなんて。
実は伯爵家の令嬢で、婚約者がいますだなんて。
そして、何より言いたくなかったのは、カーラ嬢が言いふらしていると思うのだけど、シエラはとんでもない悪女であばずれだってこと。
事実無根だけど、姉がそうなら妹だってあばずれに違いないっていう根拠は訳が分からないが、もし、みんなが信じていたら、どうなるの?
シエラは貴族の令嬢令息たちの評判を直接聞いたわけではなかった。
この格好では、彼らと話をするわけにはいかなかったからだ。
アマンダ嬢たちだって、高位の……例えば伯爵家だの、侯爵家だのと言った連中とは直接話をしたことはないだろう。
噂って、どれくらい信用できるものなのかしら……
そしてみんなどれだけ信じているのかしら。
三人は、こっそりダンスの練習会場に入った。
音楽が途切れて、それまでペアを組んでいたカップルがほっとしたようにダンスを止めて、口々に何かしゃべりながらそれぞれの場所に戻っていった。
シエナはジョージとカーラを探した。
いるわ。都合が悪い。
思わずシエラは体格のいいアマンダの後ろに隠れた。
ペアは適当に先生が組んでいるらしかったが、ジョージとカーラのように最初からセットで来ている者はそのままらしい。
最初なので三人は様子を
上手に踊れる者、まるで初めてらしい者、いろんな人たちがいた。
家にいた頃は、リオがパートナーを務めてくれたものだわ。
すっかり忘れていたが、リオはどうしているだろう。こっちの生活が厳しすぎて、目の前のことで一杯一杯だったが、自分の運命はリオの運命でもある。
でも、男の子は何とか自分で道を切り開く術もある。
いや、そう簡単ではないだろう。男ならなおさら学校へ行かなくてはならない。リオは一つ年下でしかない。もう、学校に行かなくてはいけない時期なのだ。
リオは体格が良くて賢くてかわいい子だ。誰か、親戚に頼めば出世払いでも学費を出してくれないだろうか。
シエナは必死で頭を巡らせた。
母方の親戚とは、すっかり縁が切れている。特に母が、半分ノイローゼのようになって実家に帰ってしまってからは、リーズ家の名前も聞きたくないらしいとマーゴが言っていた。
父方はそれほどでもないだろう。今度、父が帰ってきたら、聞いてみないといけない。
でも、おかしなことに、両親は、リオには不思議と冷たかった。あんなによくできた器量のいい子どもなのに。
シエナが初めてリオに会ったのも、五年前に田舎の領地の屋敷に帰った時だ。それまで弟がいると知らなかったのだから、驚きだった。
マーゴからさえ、弟の話は聞いたことがなかった。
その頃のリオは、シエナより背が低かった。
末っ子扱いだったシエナは弟が出来てすごくうれしかった。
両親は王都の屋敷にすぐに帰ってしまったけれど、シエナはリオがいてくれたおかげで全然寂しくなかった。
そもそも両親は仕事や社交で、シエナをかまってくれる時間があまりなかった。
少なくともシエナはそう聞かされていた。
王都の屋敷にいても、あまり両親と話をする機会はなかったのだ。
領地は田舎で、王都みたいに、外に出て行く時には必ずお付きを付けなくてはいけないなどと言う決まりもなかった。
勝手に庭へ出て行っても、誰にも怒られなかった。庭から畑、森に行っても誰も咎めなかった。
「危険な動物とかが来たら、僕が姉様を守るから」
「うん。お願いね」
くすっと笑ってシエナは答えた。危険な動物って何なんだろう。このあたりではウサギくらいしか見かけたことがなかった。
リオはすぐにシエナの背を抜かしてしまった。
近所に住む、元王家の護衛士だったという剣士がリオを見込んで稽古をつけてもらえることになり、シエナはよく見物していたものだった。
リオのことも考えなくちゃ。
ダンス会場だったが、シエナ達は踊るでもなく、すみっこの方に立っていた。
シエナはリオを思い出しながら、ボンヤリしていると、突然背後で声がした。
「ちょっと。特待生って言ってたわよね、あなた。ここにいていいの? いけないんじゃないの?」
オレンジの派手なドレスの女が立っていた。
カーラだ。間違いない。
そして、その後ろには困ったような表情のジョージが立っていた。
「こんなところで、そんなみじめなドレス着て何しているの?」
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