第2話 もぐもぐ、ぎゅー

「お二人は付き合ってるんですか!?」

「えっえっ、そんな付き合ってるだなんてそんな……!」

「付き合ってます!!」

「ご主人さま!?」


「お熱いですね。流々るる、あの人たちが羨ましいですか?」

「いや全然」


 もぐもぐ。

 朝のニュース番組は話半分。

 今はそれより大事なことがある。朝ごはんだ。


 僕はライヤに叩き起こされたあと、リビングで朝ごはんを食べていた。香ばしいトーストをかじり、合間合間にとろとろのスクランブルエッグを口へ運んでいく。お腹にじゅわっと広がる温かさに満たされたら、ニュースが耳に入らないのもしょうがないだろう。


「ライヤ、今日もご飯が美味しいよ。ありがとう」

「熱風を出すのも加熱調理をするのも似たようなものですから。当然です」


 ライヤは”ドライヤー娘”として設計されているので、料理は本来専門外だ。ただ、我が家で暮らすうちに母の技を覚えていったから、今ではすっかり頼れる料理人。

 

「それでも、やはりこちらの仕事をするほうが馴染みますね……あ、ちょっとじっとしてください」

「ん」


 こちらの仕事というのは、ヘアケアのことだ。

 乾燥対策のヘアエッセンス、ブラッシングにマッサージ。髪型のセットまでどんと来い。ライヤはカシカシと手を変形させながら作業をこなしていく。昔は毎日こんなことする必要あるのかなって疑問だったけど、美容関係者だった両親の趣味だから仕方ない。

 それに、専門家顔負けの手技で頭をいじられていたら、心地よくて細かいことはどうでも良くなってくる。


「気持ちいい……ふぁあ……」

「心拍数低下……寝ないでご飯も食べてくださいね」

「うん……」


 寝るなとは言うけど、正直これは寝ても仕方ないと思う。

 だって僕は今、ライヤのふかふかな身体にもたれかかりながらマッサージを受けているんだから。子どもが大人に甘えるみたいに膝の上へ体重をかける。ふくよかなバストに受け止められると、ついつい柔らかさを感じてリラックスしてしまう。

 

「流々? ……えい」

「ふあぁっ!? 僕寝てた!?」

「寝てました。余計な電力使わせないでくださいね」


 ウトウトしているとまた熱風で叩き起こされた。

 びっくりした拍子に、一層ライヤの身体へもたれかかってしまったけど、本人はどこ吹く風。


「そろそろ終わりますから、今のうちにスープを飲み干してください」


 それもそのはず。これはドライヤー娘に課せられた仕事であって、決して恋人同士がイチャつくような行為じゃない。

 ヘアケアを密着して行うのは、人間に安心感を与えつつ、心拍数や体温といった体調を確認するという付加価値のため。ライヤが大柄で豊満な身体つきに作られているのも、その機能に対して最適だからというだけだ。

 ドキドキするような余地はない。


 同級生が家電娘に興味を持つもんだから、こんな感じだよって話したらドン引きされて困ったことがあったっけ。

 普通はカップルでもそんなことしないらしい。


 だけど、これは僕とライヤの間ではなんでもない朝のルーティンなんだ。

 朝ごはんを食べながら、ライヤに抱きかかえられてヘアケアを受ける。

 何年間も変わらない、平和な朝の光景だ。

 僕らはずっとこうなんだろうなってぼんやり思う。


「さ、これで身支度は完了ですね」

「うん。ごちそうさまでした」

「どういたしまして。着替えたらお買い物に行きましょう」

 

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