第4話 続きが読みたい

 もはや疑いようがない。この物語は、昔純子が書いた『クマの王女』の続編だ。つまり作者のsumikkoとは純子のことで、これまで私の投稿作品に熱心な感想をくれていたのも純子ということになるのか。目眩がする。


『クマ姫』の続きなんか書いて、いったいどういうつもりなのだろう?


 心の中は荒れ狂う嵐のようだったが、続きを読むのをやめられない。




 その後、王女は和平の印として、面識のない隣国の王子と婚約させられる。いつかこうなるかもしれないと予想していた王女は、気は進まなかったが国のためにと腹をくくる。しかし実際に会ってみると王子はルックスがよくて品もあり、相手として申し分なく、王女はひとまず安心を得た。


 顔合わせの際、2人きりで庭園を歩いていると、話題は王女の過去のことに及んだ。


「ときに姫、以前クマに変身する呪いをかけられていたというのは本当ですか?」


「え、ええ……でも今はすっかり元通りです。急に変身して襲ったりしないので安心してください。ほら、爪も牙もないし、毛深くもないでしょう?」


「別に怖がっているわけではありませんよ。むしろ僕は興味を持っているのです。人がクマになるとは、どういうことなのか」


 王女の手を取り、しげしげと眺める王子。


「この華奢な手が、鋭いかぎ爪のある強大なクマの手になるとは、想像がつきません。このきれいな金色の髪が黒い体毛に変わり、この唇から牙が生え……」


 ひえっと王女は首をすくめた。


「興味があるのはわかりましたから、そうあちこち触らないでください!」


「これは失礼」


 王子は手を引っ込めたが、あまり悪びれた様子でもない。


「僕は昔から、気になるものは調べ尽くさないと気が済まないのです。幼いころはよくヘビの抜け殻を集めたり、虫の標本を作ったりして遊んでいました」


「ひょ、標本……」


 王女の顔が引きつる。


「あなたのことも、よく知りたいと思っています」


「そ、そうね、お互いに」


 王女は一歩後ずさる。


 この人、怖い!!


 王女は身の危険をビシビシと感じた。


 

 王女はどうにか婚約を解消できないかと兄たちに相談するが、せっかくここまでこぎつけたのに今さら何を言ってるんだと怒られ、取りあってもらえない。結局、なんの解決策もないまま婚礼の儀当日を迎える。


 城の大広間で大勢の客人に見守られながら、王女は司祭に誓いの言葉を促される。


「なんじ、この国を愛し、夫を愛し、いかなるときも献身を忘れず、寄り添うことを誓いますか?」


 王女は目の前に立つ王子の澄んだ瞳が怖ろしく、目を合わせることができない。


「……なんじ?」


「は、はい」


 誓いを立てようと口を開きかけたとき、やっぱり嫌だと思った。全身がそれを拒絶していた。


「……姫?」


 具合が悪いのかと気にかけた王子が肩に触れようとすると、王女はさっと身を引いた。


「触らないで!」


 王女の中心を、雷のようなしびれが走り抜ける。胸が熱く、呼吸が荒く、苦しくて叫ぼうとすると低い地鳴りのような唸り声が出た。王女の体はむくむくと巨大化し、全身は闇のように暗い色の毛で覆われ、両手をついて四つん這いになる。


 完全にクマとなった王女は、怖ろしい叫び声を上げた。


「グワァァァァァ!!(この人と一緒に暮らすのは嫌だー!!)」


 祝いの席は大混乱。誰もかれも我先にと逃げ惑うなか、あの王子だけは尻もちをついたまま、まるで神でも崇めるように恍惚とした表情で王女を見上げている。


「すばらしい! これが、君の真の姿か……なんて猛々しく、神々しいんだ!」


「グワォォォォォ!!(お前とはやっていけないー!!)」


「こ、怖い……そして美しい!」


 王女の魂の叫びは怖ろしい唸り声となり、彼にはまったく伝わらない。


 パニックに陥っていた王女は我を失いかけ、本能的に危険な相手だと認識した王子をなぎはらおうと、両前脚を振り上げ襲いかかる。慌てて兵士が弓を引き絞ったそのとき、突如大きな魔法陣が出現し、クマの動きがぴたりと止まった。広間のすみから魔術師が現れ、クマに近づく。魔術師が小声で呪文を唱えると、クマは光を放ち、みるみる元の王女の姿に戻って、ばったりと床に倒れた。魔術師は気絶した王女を肩に担ぎ、へたりこんだ王子に顔を向ける。


「うちの弟子がとんだ無礼をしました。帰ってよく言い聞かせます」


 場内は静まりかえり、魔術師が王女を連れていくのをあっけに取られて見ている。


「待ってくれ、その子は僕の妻になるんだ!」


 魔術師は立ち止まって振り返る。


「こうなった以上、それは難しいでしょう」


「僕はあきらめない!」


 王子は吠えた。


「あきらめないぞ!」



 王子はあきらめないと言ったものの、周りがそれを許すはずもなく、婚約は白紙に戻った。王女はいつまたクマに変身するかわからないと恐れられ、地下牢に閉じこめられてしまう。すっかりすねている王女のもとへ、魔術師がやってくる。


「こんばんは。」


「そう。今は夜なのね」


「気分はどうですか」


「いいわけないでしょう」


 王女はため息を吐いて立ち上がり、鉄格子を両手でつかむ。


「あなた、みんなの前で私のことを弟子だと公言したそうじゃないの。前に稽古をつけてほしいと頼んだときは断ったくせに、いったいどういう風の吹き回し?」


「そのことでお話があってまいったのです。姫様はご自身の力で自らの魔力を開花させました。もともと素質があったことに加え、よほど心が追いつめられていたのでしょう。ふつうはあそこまでの術は修行を積んでから習得するものですが……」


「魔力? あれは呪いが再発したわけじゃないの?」


「呪いはとっくに解けています。あれは姫様が自分の意志でクマに変身しようとなさった結果です。心当たりがあるでしょう?」


「さあ、どうだったかしら?」


 王女は思い起こす。


 夫になるはずだった王子の目を見て言いようのない不安にかられ、この先ずっと寝食を共にするのかと思ったとき、腹の底から嫌だと思った。そのあと意識が遠くなり、気がついたらクマになっていた。


「クマになろうとは考えていなかったけど、たしかに追いつめられていたかも。私あのとき、我を忘れそうだったわ」


「やはりそうですか。こうなった以上、姫様は魔法について理解し、魔力をコントロールするすべを身に着ける必要があります」


「ってことは、稽古してくれるのね!?」


 王女は喜んだが、魔術師は浮かない顔だった。


「何よ、私を弟子にするのがいやなの?」


「いえ、そういうわけでは」


「心配しなくても授業料はちゃんと払うわ」


「それはけっこうです。すでに王様とお兄様方からたっぷりもらっています。妹をどうかまっとうな人間にしてやってほしい、と」


「なんか引っかかる言い方ね……でもそれじゃ、何が気にかかっているのよ?」


「厳しい道のりになります。姫様が耐えられるかどうか」


「大丈夫よ」と王女はこぶしで胸をたたく。


「知っての通り、私はあちこちを旅したことがあるのよ。大変なこともたくさんあったけれど、全部乗り越えてきたんだから。それにどんなにつらい修行でもこんなところに閉じこめられているよりはマシなはず。何があったって逃げたりしないわ!」


 すると魔術師は急に真顔になって、


「その言葉、決して忘れないでくださいよ」


 と言って、看守に牢屋の鍵を開けさせる。看守は王女を恐れてか、通路の端にそそくさと逃げた。


「もしかして今、言質を取られた?……」


 にわかに焦りだす王女に、魔術師が告げる。


「荷物は皇太后様がまとめてくださっています。すぐに出発しますよ」


「え、ここで修行するんじゃないの?」


「姫様が力を制御できるようになるまでは連れて帰ってくるなと言いつかっております。どの道、ここにいても肩身が狭いでしょう。例の事件のうわさは城内どころか国中に広まっていますから」


 牢から出る王女。看守が片時も自分から目を離さず槍を握りしめているのを見て、ため息を吐く。


「それもそうね。出戻りの王女だなんて指さされたら恥ずかしいもの」


「出戻りのクマの王女です」


「わかってるわよ!」


 王女はほっぺたをふくらませる。


「それから、これからは師弟関係なので身分は関係なく対応させてもらいます。私のことは先生か師匠と呼ぶように」


「わかったわ……し、師匠」


 言ってみたものの、王女はものすごく抵抗感を覚えた。


「よろしい。さて、私はほかにもたくさんの仕事を抱えているのです。急ぎますよ、クマ子」


「クマ子ですって!?」


「偽名です。一国の王女がクマに化けてあちこち出没していたら体裁が悪いでしょう」


「それにしたってもうちょっとマシな名前があるでしょう!」


「弟子は師匠の言うことを聞くものですよ」


「あ、ちょっと待ちなさい師匠!!」


 王女はぷりぷり文句を言いながら新しい師匠のあとを追いかけ、彼につけるいいあだ名はないかしらと考え始めた。


 これからどんな冒険が待っているのか、王女の胸はときめいていた。しかし新しい門出を陰からこっそり見ている者がいることにはまだちっとも気づいていない……


 はたして王女は無事に故郷に帰って来られるのか? そして気になる恋の行方はいかに。


(つづく!)




 ここまでが全8話分の内容だった。


 つい時間を忘れて読みふけってしまった。


 私の胸に残ったのは、なぜ純子は今さらこんなことをしたのかという思い。そして続きが読んでみたいという欲と敗北感。


日付を見たところ、1話から8話までは1日に2話ずつ更新されており、8話目の公開からすでに3日が経過していた。続きは執筆中なのだろうか?


 私は新『クマ姫』をフォローし、様子を見ることにした。あれから1週間が経過したが、いまだに更新の通知は来ない。仕方なく1話目から読み返し、自分ならこの続きをどうするかなどと考えはじめた。


 そしてふっと我に返り、自嘲する。私はどうかしている……


 純子らしき人物がまたしても私の作品の続きを書き、しかもそれが投稿サイトのランキングに入っているという現実。読んでみたらけっこうはまってしまったという敗北感。そこから逃避するために私はパソコンの電源を消し、スマホも持たずに、こうしてぶらぶらと近所の公園に繰り出してきたのだった。


 それなのに、気がつくとまた純子のことや『クマ姫』のことばかり考えていた。ああ、今日も時間を無駄にした。疲労感と罪悪感だけが残る。


 子どもの甲高い声が響いてきた。もう下校時間か。そろそろここを明け渡さねばなるまい。


 あの頃は気楽でよかったなどと思いながら、私は重い腰を上げる。


「みっちゃん、あとでバドミントンしよう」

「えー、今日はゲームする予定なんだけど」

「じゃあゲームしよう」

「うん、いいよー」


 水色とピンクのランドセルを背負った小学生が、私の横を通過していく。最近のランドセルはカラフルでうらやましい。無意識に「いいなあ」とつぶやいていた。


 急に寂しさがこみ上げてくる。


 そして、ふと思いつく。


 もしかして純子は、私のことを待っているのだろうか?


 一緒に遊ぼうと言っているのだろうか。


 私も、いいよーと言っていいのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る