後日譚 聖王都での新生活・後編



 聖王城から戻った私を出迎えたのは、突然の来客。

 元聖王、マクシミリアンだった。


「な、な、な、なんであなたが?」


「お前がここに住んでいると、妻に聞いてな。用が済んだらすぐに帰る」


 妻とは、元『調香の巫女』フローラのことである。

 マクシミリアンは、ハルモニア元王妃と結婚する前からずっと恋人だったフローラと、先日ついに結ばれて、聖王都郊外の家で新婚生活を送っている。


「それで……私に何のご用ですか?」


「……お前に、謝りに来た」


「え……」


「フレデリック叔父上にも、セオドアにも謝罪を済ませた。これ、聖王都名物の『世界樹まんじゅう』、つまらない物だが」


「あ、おかまいなく」


 律儀な元聖王は、『聖王都観光局』と大きく書いてある紙袋をエレナに渡す。

 エレナは袋を持って奥に下がると、すぐにお茶と一緒に『世界樹まんじゅう』を一つずつ持ってきてくれた。


「それにしても、突然のご訪問、驚きました。お城に呼び出していただけたら応じましたのに」


「無礼かとは思ったが、城に呼び出そうにも、お前と会うことを許可しないセオドアがいるんでな。困っていたところ、妻が元情報屋の伝手を使ってお前の家を調べてくれた」


「フローラさんが……」


 確かにセオは、マクシミリアンが私に会いにくることを絶対に許可しないだろう。


「妻は、お前に対してあまりにも色々なことをした。直接会うと怖がらせてしまうから控えると言っていたが、深く反省していると――代わりに謝罪を伝えてくれと言付かっている」


「そう、ですか」


 確かに、フローラが目の前に現れたら、私はかなり警戒したと思うし、どんな態度を取ったかわからない。

 なんせ彼女は、殺意こそなくとも、セオたちに毒を飲ませようとしたのだ。

 突然目の前に現れたら、怒るか怯えるか――とにかく冷静ではいられないだろう。


 まあ、正直、マクシミリアン本人が訪問してくるのもかなり心臓に悪いので、手紙とかでも全然よかったのだが。


 私の気持ちをよそに、マクシミリアンはわずかに目を伏せて、話を続ける。


「余も、お前を聖王城の西塔に閉じ込め、政治的に利用しようとした。……すまなかった」


「……いえ」


 短く返答をして、私は突如思い出した。

 あの時、世界樹の下で初めてマクシミリアンと会った時の、憎悪のこもった冷たい視線を。

 だが、今は憑き物が落ちたかのように穏やかな表情だ。


 フローラとの生活や、フレッドや他の宰相たちとの話し合いを経て――孤独だった元聖王の心も、少しずつ癒えてきているのだろう。


「……では、そろそろ失礼する。突然、悪かったな」


「と、とんでもないです。……あの」


「なんだ」


「私、思うんです。謝罪が出来る方って、他者の気持ちを考え、他者を認めて受け入れることが出来る度量のある方なんだって」


 マクシミリアンは、伏せていた目を持ち上げ、真っ直ぐに私を見る。

 驚いたようなその表情は、ほんの少しだけセオと似ていた。


「私がファブロ王国で出会った貴族や商家の方たちの中には、絶対に謝らない、という人も多かったです。けれど、旅に出てから出会った人は、みんなちゃんとお礼も言うし、謝ることも出来る、素敵な方たちばかりでした」


 地元の商家の息子、エドワードなんて、謝らない人間の筆頭格だった。

 けれど、それよりも身分も高く人を導く立場にあったフレッドやメーア、ヒューゴ、そしてもちろんセオも……みんな、きちんと相手を見て、相手と誠実に向き合い、無駄に居丈高に振る舞うことはなかった。

 それはきっと、相手に共感し、相手を敬う気持ちを持っているから。

 上に立つ者ほど持つことが難しく、けれどおそらく必要な資質だ。


 マクシミリアンも、聖王の座を降りてからいろいろあっただろう。

 その中で身についた感覚なのかもしれない。

 だがとにかく、最初に想像していたほど悪い人ではないのだと、私は今の彼を見てそう感じたのだった。


「マクシミリアン様、わざわざこちらまでご足労いただき、ありがとうございました。お二人の謝罪、受け入れさせていただきます」


「……そうか」


 マクシミリアンは満足そうに頷き――初めて、肩の荷が降りたように、ふっと笑った。

 私が謝罪を受け入れたことで、マクシミリアンともフローラとも、正式に和解が成立したことになる。

 ……セオはどう考えているのか分からないが、私自身、これから親戚になる人たちに対して軋轢を残したくなかった。


「感謝する」


 マクシミリアンは頭を深く下げ、私とエレナの住む小さな家を後にしたのだった。




 後日。

 マクシミリアンの訪問があったことをセオにを話したら、案の定ものすごく心配された。

 護衛の騎士を家の前に派遣されそうになったのだが、逆に目立ってしまうということで――どこから引っ張ってきたのか、代わりに手乗りサイズの、ミニチュアみたいな騎士の妖精さんたちが数人、家に住みつくことになったのは余談である。



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 お読みくださり、ありがとうございました!

 次回の番外編は、メーアのお話を予定しています。お楽しみに♪

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