最終話 七色の虹は、光満ちた空を彩る
舞踏会はまだ続いているが、私は義父に断りを入れて、セオと一緒にボールルームを抜け出してしまった。
あの場に留まっていたら、セオも私も、誰かからお誘いを受けそうだったからだ。
私は正直セオとしか踊りたくないし、セオも同じ気持ちのようだった。
「国王陛下、退位なさるのね」
「そうだね」
「湖で静養なさるっておっしゃってたけれど、精霊との約束って、もしかして……」
「うん。『天空樹』だ」
「やっぱり」
火の精霊の神子でもある国王陛下は、今後、『天空樹』に魔力を流す役目を担うのだろう。
それに、この国も、水面下で色々なことがあった。
国王にとっても、臣下にとっても、国民にとっても、ヒューゴが王として立つのが一番良い選択なのだろう。
「そういえば――『天空樹』とティエラはどうなったの?」
「うん。そのことも、話さなくちゃね」
セオと私は、手を繋いでのんびり廊下を歩いていく。
歩きながら、セオはぽつぽつと、話してくれた。
「まず、『天空樹』だけど、パステルたちのおかげで元の姿を取り戻したんだ。真っ白な樹だった」
「そっか、よかった……」
「パステルとハルモニア様がモック渓谷から離れたあとも、ティエラは一人で『天空樹』と戦った。そしてその戦いが終わった後――ティエラは、赤子の姿になって、眠っていたんだ」
「――え?」
私はセオから一部始終を聞いた。
ティエラが、普通の人間ではなく、大精霊の分身のようなものであること。
彼女の中に吸い込まれていったソフィアたちの魂が、ティエラを守ってくれたこと。
どういう理屈かは分からないが、ティエラは力を使い果たし、赤子の姿に変わってしまったこと。
「それで、ティエラはしばらくベルメール帝国の皇城で預かってもらっていたんだ。けれど、ある日突然目を覚まして、はっきりと言ったらしい。『湖に行く』と」
「赤ちゃんなのに、喋ったの?」
「うん、そうみたい。でも、時々『湖に行く』って言う以外に、意味のある言葉を話すことはなかったそうだよ。普通に笑って泣いて、おもちゃで遊んでミルクを飲んで――普通の赤ちゃんと同じように過ごしているんだって」
「不思議ね……」
「それで、メーア様は王国に連絡を入れて、ティエラを連れて湖に向かったんだ。そうしたら、ティエラは『天空樹』のある方を指差したそうだよ。ティエラの望み通り、樹のところへ連れて行くと、ティエラは樹に魔力を注いで、眠ってしまったんだって。目覚めた後は、湖から帝国へ帰る馬車に乗せようとすると大泣きして拒否したとか。それで、そのままファブロ王家の御用邸でティエラを預かることにしたらしい」
「王家の御用邸で? じゃあ、これからティエラは国王陛下と一緒に湖で暮らすということ?」
「うん。そうなるね。今後はティエラと『天空樹』を守る役目をファブロ王家が、ハルモニア様と『大海樹』を守る役目をエルフたちとベルメール王家が担うことになる。そして『世界樹』を守るのが、僕たち聖王家と――」
ひと気のない、王城のエントランスで、セオは立ち止まる。
上階へと続く大階段の下、真剣な表情で、セオは私の手を取った。
「――パステル」
私の胸が、とくりと跳ねる。
「僕と一緒に、生きてくれる?」
鼓動が、高鳴っていく。
「世界樹のそばで。これから、ずっと」
左手の薬指に、セオはキスを落とす。
その口づけは、ダンスの時よりもずっと熱くて、私は熱に浮かされそうになる。
「――うん」
私は、空いている右手で下からセオの手を包む。
セオの左手を私の口元に寄せて、その薬指にそっと触れた。
愛しいひとが、とろけるような美しい笑顔を浮かべる。
「ずっと、セオと一緒にいるよ。魂が世界樹に還るまで」
「――それだけじゃ足りない。魂が生まれ変わった後も、ずっとずっと一緒」
「――――!」
真っ直ぐな言葉に、涙が溢れる。
セオは、嬉しそうに涙を拭った。
ゆっくりと、唇が重なる――。
溶け合うように、混ざり合うように。
甘い痺れが、私を満たしていく。
きっと、考えられないぐらいずっと昔から、私とセオは繋がっていたんだ。
永遠の絆。
魂のかたわれ。
セオが私の欠落を埋めてくれたのは、私とセオの魂が、見えない糸で繋がっていたからに違いない。
だからきっと――何かが私たちを引き離そうとも、生まれ変わったとしても、きっとまた、私はセオと出会う。
そしてまた、私はセオと恋をするんだ。
いつの時代でも。
どんな場所でも。
そう――何度でも。
あれから。
ヴァイオレット王妃も、目を覚ました。
今は湖の御用邸で、国王とティエラと、少数の使用人でのんびりと暮らしている。
ヴァイオレットは、元聖王ジェイコブの妾の子。
前聖王マクシミリアンの、腹違いの姉にあたる。
スパイとして教育を受け、王国に潜り込んだ彼女は、いつしかジェイコブの命令とは関係なく、国王を本気で手に入れたくなった。
国王も、ヴァイオレットを心から愛してしまった。
けれど、今はもうジェイコブはこの世にいない。
ヴァイオレットと共に王国に入り込んでいたスパイも、アイリスやフローラと共に捕えられた。
「もう、二人は大丈夫。陛下の心は王妃様にしかないことも、精霊の力を悪用してはいけないことも、身に沁みて分かってるはずだから。それに、ヴァイオレット王妃が聖王国に縛られることは、もうない――これからは陛下とティエラと三人で、『天空樹』を守りながら、綺麗な湖でゆっくり過ごせはいいんだ。本当の親子のように、最初から始めればいい」
セオは、そう話していた。
そう、二人のそばにはティエラがいる。
赤ちゃんの姿をしていても、ティエラは『調香の巫女』であり、大精霊の分身のような存在だ。
少し心配ではあるが、何か問題が起きたら、大ごとになる前に、ティエラが巫女の力を使って知らせてくれるに違いない。
そして、どうやらティエラには、『天空樹』に向かう前の記憶も、一部残っている節があるようだ。
成長していくにつれ、この間までの私と同じように、徐々に記憶が戻っていくのかもしれない。
以前見たファブロ国王は、ヒューゴに対してきちんと父親の顔を向けていた。
ティエラは、今度こそ両親の愛を一身に受けて育つことだろう。
父親も母親も、そして友達も――いずれ弟か妹だって、できるかもしれない。
ティエラが以前、望んだように。
ファブロ王国の王太子ヒューゴは、ベルメール帝国の第一皇女メーアを、妃として迎えた。
メーアがファブロ王国に嫁いだ形だ。
ベルメール帝国の次期皇帝には、第二皇位継承権をもつ、メーアの従兄弟が即位することになる。
ヒューゴとメーアの結婚は、両国の絆を結ぶ確かな架け橋となるだろう。
二人が結婚式で見せた幸せそうな顔に、王国民も帝国民もみな、盛大な祝福を贈った。
メーアの以前の婚約者アルバートは、母ハルモニアと一緒にエルフの森で暮らしている。
帝国の内情を探っていたアルバートの従者は、アルバートの『失踪』とともに姿を消し、聖王国にも戻らなかったという。
おそらく情報屋フローラの手の者だった彼は、情報屋の解体と共に行き場をなくしたのだろう。
フローラの情報屋については、一部を聖王国の諜報部に組み込み、一部はそのまま解散としたようだ。
使えるものは使う、清濁併せ呑む、というやつらしい。
肝心のフローラ本人は、身体が癒えたことと、マクシミリアンとハルモニアの離縁が成立したことで、すっかり大人しくなったそうだ。
聖王の座を辞し、いち宰相となったマクシミリアンと一緒に、聖王都郊外の小さな家で暮らしているらしい。
また、王籍剥奪となったアイリスは、聖王国西部の砂漠近くにあった、本人の拠点に移送された。
ただし、もちろんしっかり見張り付き――顔の良い騎士たちを集めて、特別手当付きで、代わりばんこに派遣しているんだとか。
今のところ本人もこの待遇に満足しているらしく、脱走しようという気も起こさず、大人しくしているそうだ。
今日は、私が聖王国に越して来てから、初めて行われる神事。
これまでにも世界樹に力を注ぎに来ることは何度かあったが、巫女として、そしてセオの正式な婚約者として、初めて公の場に出ることになる。
高台に進み出る私たちを、たくさんの人が見守っていた。
「――パステル」
甘やかな声が、隣から聞こえてくる。
すっかり私より背の高くなったセオの腕に指をそっと置き、私は微笑んだ。
「セオ」
その名を呼ぶと、美しい金色を細めて、その口元は柔らかな弧を描く。
私とセオは頷き合って、同時に世界樹に手をかざす。
きらきらと煌めく陽光が、世界樹の葉を透して私たちの元へと届く。
虹色に輝く私たちの魔力は、混ざり合い、溶け合って、空へと昇っていく。
大きな祝福の拍手と共に、笑顔の花が咲き乱れ、紙吹雪がひらりひらりと宙を舞う。
透き通る世界樹の葉の向こう側には、大きな大きな、アーチがかかる。
――七色の虹が、光満ちた空を彩っていた。
(完)
********
「色のない虹は透明な空を彩る 〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない」
これにて完結です。
今までご愛読下さり、ありがとうございました。
この物語を完結させることが出来たのは、今までお読みくださった読者の皆さまのあたたかい励ましがあってこそでした。
応援コメントやレビュー、お星様、少しずつ増えていくPVに毎日元気をもらっていました。
全ての読者様に、感謝を。
本当にありがとうございました!
また、この作品は矢口にとってとても大切な作品です。
正直、まだパステルやセオと離れたくない気持ちでいっぱいです(笑)
今後は番外編を不定期にて投稿させていただきたいと考えております。
もしよろしければ時折のぞいてみてくださいね!
それではまたいつか会う日まで。
苦しくても、寂しくても、悲しくても、雨はいつか上がります。
皆様の心にも、七色の虹がかかりますように!
矢口衣扉
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