第133話 「ティエラ」



「なればひとつだけ手助けしよう。が神子たちよ、そなたたちが虹を助くる鍵となるであろう。それから――少しだけ、サービスじゃ」


 大精霊が手をかざすと、私の中から四つの光が、ぽう、と飛び出してくる。

 光は徐々に輪郭をとり――


 現れた四人は、生前の姿そのもので、私たちに笑顔を向けていた。


「父上……母上……」


 セオの父オリヴァーは、空色の髪と瞳、セオそっくりの美形だ。

 クールで落ち着いた雰囲気の、聡明そうな男性である。


 オリヴァーの隣で優しく微笑んでいるのは、セオの母、ソフィア。

 虹の力を失い白くなった髪と、セオによく似た金色の瞳は、慈しむように細まっている。


 セオは顔を切なげに歪めて、二人の腕の中に飛び込む。

 親子三人で抱き合い、セオは我慢しきれず、小さく声を上げて泣き始めた。



 そして、私の前には――


「お母様……お父様」


 太陽のように煌めく金色の髪、青い瞳をまっすぐ向けて、明るく笑う母アリサ。

 茶色の髪に灰色の瞳で、目尻を垂らして甘やかな笑顔を向けているのは、父デイビッドだ。


「パステル……ここまで、よく頑張ったわね。お母様たちの自慢の娘よ」


 母がそう言うと、父も隣でにこやかに頷く。

 私も、堪えきれず母に思いっきり抱きついた。

 父が、横からそっと私たちを抱きしめる。


「お母様……お父様ぁ……!」


「ずっと、こうして抱きしめたかった。頭を撫でて、励ましてあげたかった。もどかしくて、話しかけちゃおうって、何度も思ったわ」


「うっ……えぐっ」


 返事をしようにも、変な嗚咽おえつしか出てこない。

 伝えたいことが、たくさんあるのに。


「パステルの気持ちは、僕たちにしっかり届いてたよ。長らく寂しい思いをさせてごめん……本当によく頑張ったね」


「ひぐっ、うう……」


「……もう、行かなくちゃ。パステル、お母様たちが絶対になんとかしてみせるわ。だから、心配しなくていいわ。どうか幸せになってね」


「パステル。今度こそ本当のさよならだ。けれど、遠くからでも、僕たちはずっと君を見守っているよ」


「愛してるわ、パステル」


「愛してるよ。パステル」


「おと、さま……おかあ、さま……! 見守っ、ひぐっ……くれて、ありが、と」


 私の腕の中で、母が、父が、光の粒に変わっていく。

 セオの方も同じだ。


 光の粒は収束して、再び四つの光に変わった。


 そして――


「吾が神子よ。吾が遣わした、人の器を持つ、吾が落とし子――小さな吾でもある汝は、吾と親和性が高い。何をすれば良いか、汝なれば、分かるであろ」


 大精霊のその言葉と共に、四つの光は、魔女の身体に、吸い込まれていった。


「あ……そういうこと。分かった。あたい、頑張る」


 なぜ四人の魂が魔女の身体に移動したのか――私たちにはどういうことなのかさっぱり分からないが、魔女は全てを理解したようだ。

 珍しく眠そうではなく、しっかりと眼を開いて大精霊を見つめ、指をギュッと握っている。


「吾が神子、星の子よ。特別に、吾が直々に名を与えよう。これから汝の名は『母なる星ティエラ』」


「ティエラ……あたいの名、ティエラ」


「汝が何者か忘れそうになった時、魂を統べる『星の精霊』たる吾の与えし名が、汝の魂に力を与えるであろ」


「ティエラ。力が湧いてくる。ティエラ。――ありがとう、大精霊様。魂の力、借りるぞ。ソフィア、オリヴァー、アリサ、デイビッド」


「あの……」


 セオが質問をしようと、おずおずと口を開く。

 だが、大精霊はそれを視線で制し、私たちに向けて言葉をかける。


「心配せずとも、魂は救われる。彼らの魂は、ティエラの力と精霊の樹を通して、吾の元に還るのみ。他の死せる魂と同じ。みな吾のもとで傷を癒し、輪廻りんねし、いずれまた汝らに出会うであろ」


「いずれ、また……?」


「遠き遠き未来の話ぞ。さあ、地上へ送ってやろう。またな、次に会うのは、汝らの魂が一生を終えた後じゃ」


 その言葉と共に、私たち三人の身体は紫色の光に包まれ――次の瞬間には、私たちは地上に降り立っていた。




 大精霊のもとから、一瞬で私たちは地上へと戻った。

 樹の中にいた時間は短かったようにも長かったようにも思えたが、太陽の位置はそれほど変わっていない。

 地上ではそこまで時間は経っていないようだ。


 世界樹の幹に開いた大穴は、もう既に閉じている。



 世界樹を取り囲む結界を抜けて外に出ると、私たちの目の前には、たくさんの騎士たちが立っていた。

 その中央には、豪奢な衣服を身につけ、一部に黒のメッシュが入った白髪の偉丈夫――その瞳の、鈍く濁った金色を見た瞬間、私は彼が誰なのか悟った。


 セオが、膝をついてこうべを垂れる。

 私も、最敬礼をとって視線を地面へと落とした。

 隣にいる魔女ティエラの頭を押さえて、下を向かせるのも忘れない。


「――面を上げよ」


 重々しい声。

 ピリピリと感じる威圧感と、そこはかとない敵意、悪意。


「セオドア。ようやく虹の巫女を見つけたようだな」


「……はい、マクシミリアン陛下」


 セオは、表情を消して淡々と答える。


「だが、時間をかけすぎた。しばらくお前に自由はないと思え」


「……はい、マクシミリアン陛下」


 先程と全く同じ調子で、セオは答えた。


「虹の巫女よ」


「はい」


生憎あいにくだが、しばし城の中で過ごしてもらうぞ。その後は、お前の働き次第では家に帰してやるが、保証は出来ぬ」


「……はい」


「で、そこの娘は何だ?」


「あたい――」


「こ、この子は私と一緒に育った、妹同然の子です。私にこっそり着いてきてしまって……お城にお世話になるのでしたら、その前に、この子を家まで送る時間をいただけませんか?」


「いや、外出は認めぬ。一人で帰れぬのなら、お前の目の届くところに置いておけ。余に面倒をかけるな」


 上手く行くとは思っていなかったが、やはりティエラを解放してはくれなかった。

 どうやら、王国にいるヒューゴたちが動いてくれるのを待つしかないようだ。


「話は以上だ。セオドア、城へ戻ったら其奴そやつらを案内しろ。西塔の小部屋で充分だろう。世話はお前に一任する」


「……はい、マクシミリアン陛下」


 マクシミリアンは、セオに命令を下すと、さっさと歩き去っていった。

 私たちの側には半数の騎士たちが残って、周りを固めている。

 大人しく着いて行くしかなさそうである。


「……パステル。西塔は塔自体が施錠され、隔絶されてる。ハルモニア王妃様も、西塔に軟禁されてるんだ。――ティエラと三人で、上手くやってほしい」


「……分かった。セオも、気をつけて」


 セオは私にだけ聞こえるように、無表情を装ったまま、囁いた。

 私も小声でセオに返事をすると、セオは小さく頷き、歩き始めた。

 エスコートもなく、振り返ることもないセオに寂しさを感じる――だが、これも安全のため。


 セオは、私とティエラに合わせた程よい歩調で、敵の本拠地――聖王城に向かったのだった。



 〜第七章・終〜


********


 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

 次回、登場人物一覧を投稿致します。


 その後は終章『虹』――

 パステルたちの旅路を、どうか最後まで見届けていただけましたら幸いです。

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