第132話 「哀しきかな」
私たちは、魔女の案内で第七の精霊――『大精霊』とよばれている存在の元へと向かっていた。
大精霊の神殿は、地下深く、この星の中枢に近い場所にあるらしい。
世界樹の根はクリスタルのように透き通っていて、ぐるぐるとねじれながら地下へと向かっている。
上に向かう道は枝分かれしているものの、下へと向かう道は一本道で、徐々に太くなっていく。
足を滑らせないよう注意しながら、透き通った根のトンネルを、魔女の後について一歩一歩進んでいく。
潜り始めてどれほどの時間が経ったのか――ここはこの世の
徐々に太くなっていく根っこの道と、強くなっていく神秘的な力だけを頼りに、ただひたすら降りていく。
やっとのことで、私たちは、開けた平らな場所まで降りて来たのだった。
ここは開けてはいるが、少し窪んだ場所のようだ。
その窪みの中央に、ドーム状の大きな建物が建てられている。
ここがこの不思議な空間の中心部だろうか。
それと同時に、なんだかターミナルのような場所にも感じられる。
聖王都の東の区画で見た水晶の家と同じような、魔力を帯びた不思議なクリスタルで出来た道が、幾本も上に伸びているのだ。
もしかしたら、この道を辿った先に、『天空樹』や『大海樹』のような精霊の樹があるのかもしれない。
とはいえ、地上まで伸びていない道もあるかもしれない――帰る時に迷わないように、よく覚えておかないと。
私たちは建物の入り口をくぐる。
建物の中は見た目通りドーム状になっていて、だだっ広く家具も何もない、殺風景な場所だった。
ただし、建物の内壁には、何分割にもされた色々な映像が投影されている。
闇の精霊のプラネタリウムのように、星の代わりにあちらこちらに映像が散らばっているのだ。
ひとつひとつの映像は、以前地の精霊が投影した映像にも似ている――ただし、あの時と違って音は伝わってこない。
映像は時折暗転したり、切り替わったり、あるいはノイズが入ったりしている。
「見て、あれ、ロイド子爵領の湖だわ。あっちは聖王国の国境の街、一度泊まった――あ、あれは帝都ね、サーカス団のテントがある」
「本当だ……見たことない場所もたくさんある。朱塗りの城、山の上の遺跡、水上に浮かぶ街、崩れた闘技場――外の島や大陸の映像みたい」
しかし、私たちが見ていた映像は、程なくして一つずつ暗転していく。
室内は徐々に暗くなっていき、ついに最後の一つ、聖王城を映した映像も暗転してしまうと、室内は真っ暗になった。
「よくぞ来てくれた。虹の巫女、空の神子。そして
暗闇に、声が響き渡った。
包み込むようなその声は、女性のようでもあり、男性のようでもある。
「……神子たち?」
――セオの疑問に応える前に、そして声の主が姿を現すよりも前に、突如、周りを取り囲む壁という壁から、紫色の光が膨れ上がる。
あっという間に世界は、光の中に包まれた。
***
見えたのは、世界の記憶。
この星の、記憶の欠片。
そして現在の、世界そのもの。
星の中枢に位置するこの大神殿から、世界中の陸地や海、空の果てまで、たくさんの枝葉が伸びている。
その枝葉は、私たちの住む大陸にも伸び広がり、そのうちの三本の枝葉――『世界樹』『大海樹』『天空樹』が陸の上に顔を覗かせていた。
『世界樹』は元気だ。
管理者である聖王家の魔力はほんの少しだけ不足しているが、巫女の力は満ちている。
植木で言ったら栄養は充分、土の表面の水分が乾いてきている状態である。
『大海樹』もまだ大丈夫。
巫女の力は尽きかけているが、森に住むエルフや妖精たちが、代わりに魔力を注いでいる。
水分は足りているが栄養が不足している――そんな状態だ。
しかし、『天空樹』は……元気を失い、枯れつつあった。
魔力という水分も、巫女の浄化力という栄養分も、どちらも枯渇している。
元気を取り戻すためには、根気良い世話が必要だろう。
そして、一箇所が枯れてしまうと、周りの葉にも、大陸に伸びている他の枝にも、果ては木全体にまで影響が出る。
枯れつつある部分をなんとか修復しなくてはならない。
でなければ、世界が。この星が――。
***
紫色の光が遠ざかっていく。
私たちの意識は、先程の場所に引き戻された。
壁は全て紫一色に染まって、淡い光を放っており、程よく建物の中を照らしている。
いつの間に現れたのか、私たちの目の前には、クリスタルのように全身透き通った精霊が浮かんでいた。
男性とも女性ともとれる中性的な顔立ち、体格。
人であるようで樹木の一部であるようで、何かの動物のようでもある。
透き通った身体の心臓部で、優しい紫色の光がとくとくと脈打っていた。
「――いと哀しきかな。この世界の礎、その一部が、こうして枯れようとしておる」
大精霊は、よよよ、と声を上げて嘆く。
透明な顔には目鼻口こそついているが、どこを向いているかも分からないし、口を開かずに喋っている。
だがその声は、不思議なことにかなりはっきりと聞き取れた。
「頼む。巫女である
大精霊は、透明な顔を私たちの方へと向けて、そう告げた。
セオが一歩前に出て、大精霊に問いかける。
「大精霊様。巫女の魂が傷付いてしまうかもしれないと――それは真実ですか?」
「――哀しきかな。哀しきかな」
「そんな……」
大精霊は再び顔を伏せて、よよよ、と嘆いている。
セオも項垂れて、唇を噛んだ。
「なればひとつだけ手助けしよう。吾が神子たちよ、そなたたちが虹を助くる鍵となるであろう。それから――少しだけ、サービスじゃ」
大精霊はそう言って、私に向けて手をかざした。
透明なその指先から、暖かい光が
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