第85話 「見てたらわかるよ」


 セオにいくつか質問をして、虹色の髪を隠すためのかつらを身につけた私は、セオを屋敷に残して街へと繰り出した。

 もちろん、迷子になったり危ないことがあっては困るので、侯爵家のメイドさんにもついて来てもらった形だ。


「えっと、これとこれは買えたから、後は……」


「それでしたら、隣の通りにあるお店で買えますよ」


 こんな調子で、メイドさんに街を案内してもらいながら買い物をする。

 私が屋敷に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。




「ただいま。セオ、いる?」


 私は買い物袋を抱えて、セオの部屋の扉をノックする。

 セオは部屋の扉を開くと、荷物を受け取り、私を部屋の中へ招き入れてくれたのだった。


「おかえり。買い物、ありがとう。僕も一緒に行けたら良かったんだけど」


「仕方ないよ。今はセオの安全が一番大事だもの。それに、お買い物代を出してくれて助かったわ。聖王国の貨幣は持っていなかったから」


「ううん、そもそもお祖父様のものだから、予算は気にしなくていい。慣れない街で、疲れたんじゃない?」


「ふふ、ありがとう。王国とは違った活気があって、楽しかったよ」


 私は、袋の中身をひとつひとつセオに確認してもらう。

 今回買ってきた物は、ほとんどが日持ちのする食料である。


 フレッドはこれまで、ずっと魔の森のコテージからほとんど出ずに生活していた。

 買い物も魔の森の外にある小さな街で、時折土魔法で作った陶芸品や道具を売り、代わりに必要物資や食料を買っている程度だったようだ。

 そのため食生活も質素なものだったようで、帝都に出かけた際などは両手いっぱいに食料を買い込んでいたし、レストランや露店で食事をした際も嬉々としていた。


 今回、フレッドは買い物をする余裕もないだろうし、帝都でも生まれ故郷の品は手に入りにくいだろう。

 フレッドに必ず帰ってきてもらいたいという願いも込めて、フレッドの好物をセオに確認し、たくさん買い込んできたのである。


「フレッドさん、喜んでくれるといいね」


「うん。きっと喜ぶよ。ししまるからお祖父様に伝えておいてもらおう」


「そうだね。……あと、セオにも渡すものがあるの」


「僕に?」


「うん。はい、これ」


 私は、カバンの方にしまっていた小さな袋を取り出し、セオに渡す。

 セオは予想外のお土産に、目を丸くしていた。


「これ……どうしてわかったの?」


「ふふ、見てたらわかるよ。セオの好きなものくらい」


 セオの手に収まっているのは、聖王国の特産品である、特別な種類の林檎をドライフルーツにしたものだ。

 王国や帝国では見かけない種類の林檎で、普通の物より香りが強く、甘みもぎゅっと濃縮されている。

 国境を越えてから食事のたびに嬉しそうに林檎を手にしていたし、自分で上手に剥いて食べていることもあったから、この林檎が好物なんだというのはすぐにわかった。


「パステル……ありがとう」


「どういたしまして。ドライフルーツだから、しばらく楽しめるはずよ」


「うん。大事に食べるね」


「ふふ、喜んでもらえて良かった」


 セオは嬉しそうに顔を綻ばせている。

 こんなに喜んでくれるなら、足をのばして正解だった。


「パステル」


「なーに?」


「何か、お礼をしたいんだけど……パステルは、何かして欲しいこととか、ない?」


「ううん、そんな、お礼なんていいよ。私は、セオが喜んでくれればそれだけで嬉しいの」


「……ありがとう」


 セオは、小さな袋を持ったまま、私をそっと抱き寄せた。

 甘い林檎が、ふわりと香る。

 セオの肩に頭を預け、背中にゆっくり手を回すと、セオはさっきよりも少しだけ強く、けれど優しく、私を抱きしめてくれたのだった。




 そして、翌日。


 私たちは、フレッドの手配してくれていた商隊と合流していた。

 帝国と聖王国の双方に拠点を置く大きな商会で、皇室・王室御用達の品も卸している老舗なのだそうだ。


 フレッドが不在になることは事前に知らされていたらしく、商隊のリーダーはスムーズに対応してくれた。

 私たちは幌のかかった大きな荷馬車に乗せられる。


 大きな荷馬車は、来る時に乗った豪華な馬車とは大違いだ。

 幌の中には家畜用の干し草が大量に積み込まれていて、その間のちょっとしたスペースに私たちは埋もれていた。


「荷馬車だと身体が痛くなるかと思ったけど、思ったよりふかふかだね」


「うん。お日様の匂いがする」


「うー、ぼく、乾燥するぅー」


「そうよね、ししまるには辛いよね。でも、検問を通るまでは我慢よ」


「がんばるー」


 この干し草は聖王都の東にある地域で仕入れたもので、聖王国各地に運ばれるらしい。

 精霊の加護を受けた特別な農地では、季節に関係なく青々とした牧草が次々と生えてくる。

 そのため、冬でも他の地域に干し草を出荷できるのだそうだ。



 少しして、ガタゴトと大きく揺れながら、荷馬車は街を出発した。

 すぐに街の入り口で止まったものの、さっと荷台を覗かれただけで、干し草に埋もれていた私たちが見つかることはなかった。


「ねえねえ、あとどのくらいこうしてればいいのー?」


 しばらくして、口を開いたのはししまるだった。

 干し草を濡らすわけにはいかないので、水のボールを我慢し、三色のボールを鼻でつついている。


「次の休憩の時に、降ろしてもらう予定よ。一、二時間ぐらいじゃないかしら?」


「そうだね。次の街に着く前に一度休憩するって言ってたよ。その後はパステルの家まで飛んで帰ればいい」


「そっかぁー。かゆいけど、我慢するー」


「ししまる、そういえば、メーア様の手紙に書いてあった伝言って、何だったの?」


「うーんと、えーとぉ、情報屋さんのお話はまた後でするんだけどぉ」


 そうしてししまるは新しくメーアが手に入れ、ハルモニア王妃から知らされた情報を、ぽつぽつと話し始めたのだった。


「まずはじめにぃ、ハルモニア様は、大神官様の娘さんなんだって。それで、マクシミリアン聖王様とは、政略結婚だったんだってぇ」


「そうなの?」


「うん。それは僕もお祖父様も知ってた。表面的には仲が悪いようには見えなかったけど、今思うとハルモニア様は聖王陛下を怖がってるように見えたかも」


「そっか……」


 もしかして、ハルモニア王妃がセオを逃し、フレッドを探し当てたのも、彼女なりのSOSだったのかもしれない。


「それからぁ、ハルモニア様、ハーフエルフなんだぁ」


 ししまるの一言が予想外だったのか、セオは今度こそ目を丸くしたのだった。

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