第71話 「大人に任せておきなさい」
「ふぃ〜……肩が凝ったのう」
フレッドは、手紙を読み終わると眼鏡を外して首をコキコキと鳴らした。
封筒の中に手紙を入れ直すと、自分の着ている騎士服の内ポケットに大事そうにしまい込む。
その表情からは、彼が何を考えているのか読み取ることは出来ない。
「お祖父様、さっきの手紙」
「ん? ああ、そうじゃそうじゃ。それより、これこれ」
セオは手紙について聞こうとしたようだが、フレッドはそれを遮って声を上げた。
小箱に手を伸ばすと、中にオレンジ色――私には灰色に見えるのだが――の光が閉じ込められている水晶玉を持ち上げた。
「これなんじゃがな。やはり
「
「うむ。合致する属性の魔力を流すと、記録が再生されるようじゃ。だが、合致しない魔力を流して強引に再生しようとすると、破損してしまうように出来ておる。
一般的には、各属性の魔力を封じた宝石――魔石とセットで用いられるもののようじゃの」
「ということは、それとセットの魔石がないと再生出来ないの?
魔石って、かなり貴重なものだよね。お祖父様やメーア様でも、狙った属性の魔石を手に入れるのは難しいんじゃない?」
「確かに、一昔前ならいざ知らず、現在は魔石はほとんど流通しておらん。
しかし、ワシか『虹の巫女』であるパステル嬢ちゃんなら、魔石がなくともこの
――同様に、当時の『虹の巫女』だったら、この
「……つまり」
「ソフィアか、その前の代の『虹の巫女』――ワシの母が記録したものかもしれんな。……再生するか?」
「うん」
フレッドは水晶玉を左の掌に乗せると、目を閉じて集中し始める。
「……これは……随分と劣化しておるのう」
「劣化? 大丈夫なの?」
「映像は見られないかもしれんが、音声だけなら拾えるじゃろう。……流すぞい」
水晶玉の中の光が徐々に強くなって、水晶玉全体を舐めるように覆っていく。
その表面で、黒い
本来なら、この黒い靄がはっきりと写って、映像として再生されるものなのだろう。
音声もぼやぼやして聞き取り辛いが、黒い靄が動くのに合わせて声が聞こえてくる。
喋っているのが男性か、女性か、老人なのか若者なのか、それすらもはっきりしない。
『……護を……せん……』
『……は……考え……』
「うーん、はっきりしないのう……」
そう言ってフレッドは、空いている右手で水晶玉をぺしぺしと叩きはじめる。
「いや、お祖父様、叩いたからって直るわけ……」
「古い映像箱も叩けば直る。コレも一緒じゃろ」
私は疑問に思いつつも、
フレッドが水晶玉を叩くたびにザザ、という音がして、映像がブレる。
「大丈夫なの? 壊れない?」
「大丈夫じゃ大丈夫じゃ……おっ、ほれ、直ったぞい」
何度か水晶玉を叩くと、一瞬だけパチっと音声がクリアになった。
映像には相変わらず靄がかかっているが、話しているのはどうやら男性のようだ。
『――よ。お前と余は共犯――』
ブツッ。
一瞬だけクリアになった音声は、不穏な単語を耳に残して、すぐさま途切れてしまったのだった。
「うーむ、やっぱりダメじゃな。これじゃあ何にもわからんのう。どうにかして修理するか」
フレッドはまた水晶玉をペチペチと叩いてみたものの、反応がないとわかると、どこからか虫眼鏡を取り出して水晶の表面を観察しはじめた。
「むむむ、やはりワシの知識じゃどうにもならんのう。修理出来そうな者がおらんか、メーアに聞いてみるか……」
そう言うと、フレッドは箱の中に元通り、水晶玉を片付ける。
次に手に取った解毒薬は、
「セオ、パステル嬢ちゃん。解毒薬はこの棚にしまっておくから、必要になりそうじゃったらその前に取りに来るんじゃぞ。
「わかりました」
「ところでお祖父様、さっきの手紙――」
「それはお主が気にすることではない。大人に任せておきなさい」
フレッドは、セオの質問をぴしゃりと遮った。
セオはフレッドの珍しい態度に一瞬怯むも、躊躇いがちに食い下がる。
「でも……」
「さて。そろそろ帝都に戻るかのう。もうアルバートも到着して、城も落ち着いた頃じゃろ」
フレッドは、もうそれ以上、何も教えてくれそうになかった。
彼が何かをはぐらかすのはいつものことだ。
しかし、普段は優しく大らかなフレッドが、このように冷たく切り捨てるような言動を取るのは、初めてである。
手紙を読んでいた時に見せた表情といい、フレッドにも余裕がないのかもしれない。
こうして拒否されてしまえば、深く踏み込むことも出来ない。
優しいフレッドに甘えるばかりで、力になってあげられない自分が不甲斐なかった。
私は、隣にいるセオをちらりと見る。
セオは、心配半分、悔しさ半分といった表情で、口元をきゅっと引き結んでいた。
フレッドは一人立ち上がると、せっせと身支度を始めている。
「……『大人』は、ずるいね」
セオの呟いたその一言が、やけに耳に残ったのだった。
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