第69話 「わかりやすいよ」
ロイド子爵家で見つけた小箱をフレッドに見せるため、私たちはベルメール帝国の皇城を訪れた。
帝国の騎士に案内してもらい、騎士団の詰所に向かう。その一室で、セオの祖父フレッドが待っているのだ。
フレッドはエーデルシュタイン聖王国の元聖王なのだが、
「……なんていうか、お城の中、ちょっとザワザワしてない?」
私は皇城に着いてすぐ、違和感に気が付き、セオに小声で話しかけた。
前回皇城に来た時と比べて、確実にバタついている。官僚らしき人たちの往来も多いし、荷物や掃除用具を持った使用人たちが右往左往していた。
案内をしてくれている騎士の人も、心なしか早歩きだ。
「そうだね。何かあったのかな?」
案内をしてくれた騎士は目的の部屋に着くと、ひとつ敬礼をして、そそくさと去っていった。
「おぉ、お前さんたち、なかなかすごいタイミングで来たのう」
騎士と入れ替わりに、フレッドが部屋に入って来た。以前の農夫スタイルのイメージが強いので、騎士服を格好良く着こなしているのを見ると、ほんの少しだけ緊張してしまう。
「元気じゃったか」
だが、その緊張も、フレッドがニカッと快活に笑うのを見て、どこかに吹き飛んでしまった。
「うん、色々大変だったけど、元気」
「――ふむ、またひとつ良い面構えになったのう」
フレッドはセオをまじまじと眺めると、私へと視線を移した。
「お嬢ちゃんも、じゃな。何か吹っ切れたようじゃの」
「はい」
包み込むようなあたたかい笑顔につられて、私も自然と笑顔になる。
帝都で水の汚染事故があった後、フレッドとは別行動になった。
フレッドと顔を合わせるのも、
その時は帝国の皇女メーアに色々なことを聞かされてすごく悩んでいたから、それが顔に出てしまっていたのかもしれない。
「ところでお祖父様、みんな忙しそうにしてるけど、何かあるの?」
「うむ。アルバートじゃ」
「……なるほど」
セオが尋ねると、フレッドは簡潔に答えた。セオもすぐ状況を理解したようだ。
「あの、アルバート……って?」
「現聖王マクシミリアンの息子じゃよ。メーアの婚約者じゃ。この後、城を訪れるようでな」
「えっ? 大変じゃないですか」
現在の聖王国の玉座に座る、聖王マクシミリアン。
彼は
さらに、息子のアルバート王子をベルメール帝国の皇女メーアと婚約させ、帝国に取り入ろうと考えているのだとか。
「うむ。じゃから、奴が到着する前にちゃちゃっと出かけんかい? ここは客室と違って壁も薄いし、外で騎士たちがバタバタしてるのが気になって、ゆっくり出来んからのう。ほんの数時間もすれば城内も落ち着くじゃろう」
「そうだね。まだ日暮れまで時間もあるし、魔の森のコテージでいい?」
「そうじゃな」
そういう訳で、私たちは到着早々帝都を離れて、フレッドのコテージへ向かうことになったのだった。
「はっはっは、そりゃあ大変じゃったのう。化石樹、怖かったじゃろう」
「すっごく怖かったです……! セオは起きないし、本当に大変だったんですよ。でも、セオが助かって本当に良かった」
「パステル、頑張ってくれて本当にありがとう」
フレッドのコテージで、二人用の小さなテーブルの周りに椅子を集めて、これまでの経緯を話していた。
私はキッチンにあった丸椅子を持ってきて、座っている。正面にフレッド、隣にはセオだ。
ノエルタウンで、フレッドの手紙によって人々が希望を手にすることが出来たこと。
ロイド子爵家で起きた事件と、その後の
闇の精霊と取引をしたこと。
この短い間に、色々なことがあった。
「それにしても、私が冷静に傷を消毒していれば良かったんですけど……あの時は、気が動転してしまって」
私はそのせいでセオを命の危機に追いやってしまった。
闇の精霊の力で無事助かったとはいえ、そのことを思い出すと身体がぶるぶる震えてくる。
すかさずセオは手を伸ばし、隣に座っていた私を抱き寄せてくれた。元気が出る、『おまじない』だ。
セオは背中をあやすようにトントンと叩き、耳元で優しく声をかけてくれる。
「パステル……それはもう、気にしなくていいんだよ」
「セオ……」
セオの香りと体温に、私の震えはすぐに収まっていく。
代わりに、甘く淡い想いが私の心を満たしていき――
「そうじゃよ。もしその時にお嬢ちゃんが消毒をしていたとしても、セオが熱を出さなかったという保証はない。お嬢ちゃんは、やれることをしっかりやったと思うぞい。頑張ったのう」
フレッドの声に、私は、二人きりではなかったことに突然気が付いた。
恥ずかしくなってセオの胸をそっと押すと、セオは腕を緩めて椅子に座り直した。
フレッドは私たちにあたたかい眼差しを注ぐ。
「で、二人はどこまでいった? チューしたかのう?」
「ちゅ……!? 何言ってるんですか! もう!」
「……お祖父様、そういうの、セクハラっていうんだよ」
前言撤回。
揶揄う気満々だったようだ。
私は顔中に熱が集まり、逃げるように外の風に当たりに出たのだった。
一人でコテージの階段に腰掛けて、しばしぼんやりしていると、セオが外に出てきた。
「パステル。寒くない?」
「セオ……。うん、大丈夫。ありがとう」
そうは言ったが、身体はもう冷えてきている。
だが、セオにはしっかり見抜かれたようだ。
セオは小さく笑うと、手に持っていたブランケットを肩から掛けてくれて、そのまま私の隣に腰を下ろす。
「お祖父様には、僕から言っておいたよ。婚約の話」
「あ……何かおっしゃってた?」
「すごく喜んでくれてるよ。驚いてる様子もなかったから、驚かないのって聞いたら、わかってたって言われた」
「わかってた、って……」
私が思わず眉を
金色の瞳が楽しそうに細まって、私の鼓動がまたひとつ跳ねた。
「まあ、パステル、わかりやすいもんね」
「ええっ? そうかなぁ?」
私はそんなにわかりやすいのだろうか。自分では全く思い当たらず、首を傾げる。
「わかりやすいよ。今だって、表情がコロコロ変わる」
「そ、そんなに?」
私はちょっと恥ずかしくなって、頬を押さえる。
セオはまた笑っていて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、ますます頬に熱が集まった。
「……パステル、真っ赤。可愛い」
「へっ!?」
「さ、戻ろう。冷えちゃうよ」
セオは何事もなかったかのように立ち上がり、手を差し出した。
なんだか最近、セオに翻弄されている気がする。
けれどそれは感情の回復を実感させてくれるし、想い、想われていることが伝わってくる。
それが妙にくすぐったくて、心地良いのだ。
私はその手を取って立ち上がると、コテージの中へ戻ったのだった。
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