第47話 「僕の心が、導いてくれるから」◆


***



 青い空、白い雲。緑の野原に咲き乱れる、花。

 手元にある花の花冠は、セオの母ソフィアの手を借りて、さっきよりはな形に整えられた。

 だが、それでもやはり自分の頭に載っている、ソフィアの作った花冠の方がずっと綺麗だ。

 『私』は、少ししゅんとしてしまう。


「やっぱりソフィアさまみたいに上手に出来ないなぁ。セオ、喜んでくれるかなぁ」


「喜んでくれるわよ。大切なお友達が心を込めて作ってくれた花冠ですもの。何よりも嬉しいわ、きっと」


「そうかなぁ」


「ええ、そうよ。パステルちゃん、大切なのは、目に見える形じゃないの。ここよ」


 ソフィアは、とん、と優しく『私』の胸に人差し指を置く。


「ここ……」


 『私』は、たった今ソフィアの手が触れた場所に手を当て、目を閉じた。


「あったかい気持ち、わかる? ここが繋がってれば、見える形がどうであっても、例えなくしてしまっても、大丈夫なの」


「なくしてしまっても?」


 『私』は驚いて、目を開く。ソフィアは、愛おしげな眼差しで『私』と、隣で眠っているセオを交互に見ている。


「そうよ。想いを繋げば、なくした物も、離れた人も、ここに在り続けるのよ」


 ソフィアは、『私』の頭に載っている花冠に触れた。


「この花冠と、あなたの名前が、パステルちゃんと私の繋がり。

 そして、パステルちゃんの作った花冠と、セオとの約束が、セオとパステルちゃんを繋ぐ絆になるわ」


「え、ソフィアさま、セオとおしゃべりしてたの、聞いてたんですか!?」


「ふふ、ごめんね。でも、セオにお友達が出来て安心したわ。パステルちゃん、ありがとう」


「もー! 乙女の秘密を聞いたら、いけないんですよぉ!」


「ふふふ、そのおませさんな話し方、お母様にそっくりね」


 黄色と緑の美しい野原に、しばらくの間、のどかな笑い声が響いていたのだった。




 ザザッ。


 風景が、切り替わる。




 ここは、湖畔の別荘。

 先程の野原から、林道を抜けた先にある。

 『私』はセオと共に、秘密の地下室で遊んでいた。

 この地下室の場所は家族しか知らないし、他の人が見つけるのも難しいだろう。


 ただ、今は扉は半開きだ。

 扉を完全に閉めると真っ暗になってしまって怖いし、大人たちの話の内容までは聞こえなくても、声が届かないと不安になる。

 『私』とセオは、この地下室にお人形や、先日作った花冠など、大切なものを持ち込んで、秘密基地のようにして遊んでいた。


 上では、『私』の両親とセオの両親が難しいお話をしている。

 この別荘に来て数日、大人たちは何度も難しいお話をしていて、『私』とセオは二人で過ごすことが多かった。


「パステル、見て見て! さっき、ダンゴムシ拾ったんだ。いいでしょー」


 そう言って、セオはポケットからダンゴムシを取り出し、手のひらに乗せる。

 『私』は思わず、身をのけ反らせた。


「えー、ダンゴムシ? 私、虫は苦手かも」


「そうなの? でもほら、可愛いんだよ、こうやってつつくとさ、ほら」


「わぁ! 丸まった!」


 つつかれてまん丸になったダンゴムシを見て、セオはくすくす笑っている。

 しばらくそうして遊んだ後、セオはダンゴムシを秘密基地に置いてあった虫籠に入れた。


「ねえセオ、別荘で遊べるのも明日までだね。次はいつ遊べるのかなあ」


「うーん、わかんないけど、次の社交シーズンが終わったらまたここに来るんじゃないかなあ」


「そっか。じゃあ半年も会えないのかぁ……」


 『私』は寂しくなって、俯いてしまう。

 セオは、『私』の手を取り、顔を覗き込んできた。


「あのね、パステルに僕の秘密を教えてあげる。僕ね、ほんの少しだけど、空を飛べるんだ」


「えっ?」


「ほんとだよ、後で見せてあげるね!

 だけどね、今はまだ練習中で、長くは飛べないんだ。もっと練習したら、たくさん飛べるようになるんだって。

 そうしたら、僕がパステルのおうちまで飛んで行くから」


 そう話すセオの顔は真剣で、目がキラキラしていて、嘘をついているとは思えなかった。


「だから、飛べるようになったら、毎日でもパステルに会える。それまでは、僕、ここにいるから」


 セオは、『私』の胸を指さす。続いて、セオは自分の胸に手を当てた。


「パステルも、僕のここにいる。こうして胸に手を当ててるとね、あったかい気持ちがたくさん溢れてくるんだ。だからね、寂しくないよ」


「セオ……」


 『私』もセオにならって、胸に手を当てる。そうしていると、ぽわぽわとあたたかい気持ちが、たくさん湧き出てくるのがわかった。


「ほんとだね」


「パステル、僕、練習頑張るね。早くパステルに会いに行けるように」


「うん、待ってる。あ、でも、おうちの場所、わかるかなぁ?」


「わかるよ。僕の心が、導いてくれるから」




 ザザッ。


 再び、場面が切り替わる。




 草原で傷だらけになっている『私』とセオの前に、蒼穹から虹の橋が降りてくる。

 目の前に現れたのは、ソフィアの

 半透明のは、『私』とセオの意識に直接話しかけてくる。


『セオ、パステルちゃん。私たちは、もう助からない。

 けれど、あなたたちはまだ生きられる。今から、あなたたちを守るために魔法をかけるわ』


「おかあ、さま……?」


『セオ、ごめんね。あなたが立派な聖王になるのを、見届けてあげられなくて。

 パステルちゃん、あなたとセオとの約束が叶うところを、見たかったわ』


「……ソフィアさま?」


 ソフィアのは、揺らめいている。存在が安定しないのかもしれない。


『パステルちゃん、あなたは虹の巫女になる。あなたの記憶は消え、時が来るまで国交のないファブロ王国に身を隠すの。エレナを頼りなさい』


 後ろを見ると、エレナが馬車からこちらに向かって走ってきている途中で、何故か時が止まったように固まっているのだった。


『セオ、あなたは一部の記憶と、感情を失う。そうすることで、あなたは王位不適格の烙印を押され、聖王城でも安全に暮らせる』


「おかあさま……やだよ」


 セオの声は、掠れている。

 ソフィアの揺らぎが大きくなってきた。もう長くは保たないのかもしれない。


『二人とも、重い枷を背負わせてごめんね。けれどもう、これしか方法がないの。

 私の血を分けたセオと、私の力を分けたパステルちゃんに、より確かな繋がりバイパスが出来る。それを辿って、二人は再び巡り会うの。

 二人で協力して、の精霊に会いなさい。動き出すべきその時は、精霊が教えてくれるでしょう』


「やだよ、おかあさま、行かないで」


『セオ、パステルちゃん。

 二人とも、愛しているわ。

 世界を守れとは言わない。

 けれど、どうか、幸せを掴んでね。

 母として、切に願います』


「ソフィアさま!」


「おかあさま……!」


『魔法をかけたら、さよならの時間よ。

 けれど、魔法が効くまで、ほんの少しだけ時間がある。

 私は消えるけれど、最後に二人で、少しだけお話しが出来るわ。

 ――セオ、パステルちゃん、さようなら。愛しているわ』


 ソフィアのは両手を大きく広げ、力を解放した。

 辺りに七色の光が満ちる。

 『私』とセオは二人きりで、七色の世界に閉ざされたのだった――。



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