第44話 「……セオのせいなんだからね」


 役場から戻り、宿でのんびりしていると、セオが戻ってきた。

 情報屋は領主本人と接触することに成功したらしく、セオは手紙を預かって帰ってきたのだった。


 また、セオは聖夜の街市場ノエルタウン・マーケットで行われるコンテストの優勝商品の作成依頼も済ませ、早速試作品を持ち帰ってきた。

 私とエレナも実物を見たが、とても素晴らしい仕上がりになりそうだ。


 役場に手紙と試作品を届けに行こうと誘ったのだが、セオは『テディ』になるのが嫌なようだったので、エレナに任せて私とセオは宿で待つことにした。




「セオ、領主様は戻って来られないの?」


「ちょっと無理そう。情報屋が言うには、手紙のやり取りも久しぶりで、領地のことがずっと気になっていたみたいだって」


「そっか……じゃあ、役人さんたちも今回のお手紙で少しは安心するかもしれないね」


「……どうだろう」


 何か、トラブルに巻き込まれているのか。それとも怪我や病気で動けないのか。

 生きてはいるのだろうが、セオの口ぶりからして、あまり良い状況ではないのかもしれない。聖王都で、何が起きているのだろうか。


 私は静かに息をつき、椅子の背もたれに身を預けた。



「……パステル、昨日から様子がおかしい。大丈夫?」


「え? そう……かな?」


 私は、セオの顔を直視して、どきりとしてしまった。

 セオは純粋に、心配そうな視線を向けてくる。

 しかし、私はどうにも気恥ずかしくて目を逸らしてしまった。


「うん。なんだろう、上手く言えないけど……今も目を合わせてくれないし、距離が少し遠くなったような気がする」


「……そんなこと、ないよ」


「何か、隠してる?」


「そ、そう言うわけじゃ……なくも、ないけど……」


「パステル。僕じゃ、頼りにならない?」


「……そうじゃない。そうじゃないけど、ちょっと……自分でも混乱してるみたいで、その……」


 セオと目を合わせることが出来ず、視線を彷徨わせてしまう。

 私がセオを好きだと自覚してから急に、どう接したらいいのか分からなくなってしまったのだ。

 セオは、心配そうに私の様子を伺っている。


「ごめんね、本当に何でもないの」


「……わかった。無理しないで、困ったら僕に言って」


「……うん。ありがとう」


 セオの方をちらりと見ると、心配そうな、寂しそうな表情をしていた。

 けれど、今は想いを伝える勇気も、自信も、私にはない。

 セオに私の気持ちを伝えて、「わからない」と言われたり、困った顔をされるのが、ただ怖かった。




 それから数日。

 週末になり、ノエルタウンマーケット当日を迎えた。

 空は抜けるような青空で、空気は冷たいが気持ちの良い朝だ。


 ポールたちノエルタウンの役人や、コンテストに出場するパティスリーの協力があって、メインイベントの準備も無事整った。

 さらに、メインイベントであるスイーツコンテストの最後には、ポール発案の特別な催しが予定されているらしい。


 会場となる聖樹広場には、思っていたよりも沢山の露店が出店されていた。

 先日までガランとだだっ広かった広場は、簡易的な屋台と人でごった返している。


 木彫りの動物たち、特徴的な柄の織物、絵本や街の風景を描いたカードなど、観光客向けのお土産のコーナー。

 パンやパスタ、野菜に果実、乳製品、燻製肉など、街に住む人たち向けの市場のコーナー。


 そして一番目立つところにあるのが、メインステージと、それを取り巻く可愛らしいスイーツのお店たちだ。

 ジンジャークッキーやキャンディケーン、シュトーレンといった定番の焼菓子を中心に販売されている。

 店舗によって味や素材はもちろん、アイシング、包装などの見た目にもそれぞれ工夫を凝らしていて、眺めているだけでも楽しい。

 コンテストが終わった後は、生ケーキも販売する予定なのだそうだ。


 広場の中央に凛と立つ聖樹には、光り輝く『幸せの結晶』が続々と集まってきている。

 皆、このマーケットを楽しんでいるようだ。


 ちなみに、今日の私たち三人は、旅行者風の服を着ている。

 セオも、普段着ている上品な服装とは違い、機能性を重視した動きやすい服装だ。

 旅行者にしては美しすぎる顔は、マフラーで半分覆われ、伊達眼鏡と帽子で隠されている。ただ、それでもやはり綺麗すぎるので、少々目立っていた。

 役場に行った時もこの服でよかったのでは、とセオがぼそりと言っていたが、私もエレナも聞こえないふりをした。


「人が多いですね。はぐれないように気を付けないと」


「そうね」


 メインステージでは、街のこども会に所属する子どもたちが、可愛らしい衣装を身につけて歌と踊りを披露している。

 聖王国で親しまれている童謡が、和やかに伸びやかに広場中に響き渡っていて、観客の頬を緩ませていた。


「パステル、折角だから僕たちも買い物する?」


「そうだね、私、あっちの雑貨を見に行きたいな」


「うん、行こう」


 セオは、柔らかく微笑んで私に手を差し出した。

 私はその笑顔と仕草にどきりとして、差し出された手を取るのを躊躇ってしまう。


「ほら、お嬢様、はぐれるといけませんから。セオ様に甘えたらよろしいじゃないですか」


「エ、エレナ!」


 エレナは悪戯っぽくウインクをすると、ぽん、と私の背中を押した。

 私は踏みとどまることができず、セオの胸の中に倒れ込んでしまう。

 セオは反射的に、私をぎゅっと抱き留めた。


「〜〜〜〜〜っっ!!」


「では、セオ様。お嬢様をお願い致しますね。エレナはお買い物がお済みになるまで、あちらでお茶をしておりますから」


「わかった」


 エレナは、そそくさと私たちから離れ、人混みに紛れてしまった。

 私はセオから身体を離そうと、顔をあげる。

 そこには当然、至近距離で柔らかく微笑む美しいかんばせがあった。


「――――!!」


 私と目が合うと、セオはその目を眩しそうに細め、澄んだ瞳で私を見つめた。

 吸い込まれてしまいそうだ。

 キラキラと輝く光の粒が、たくさん舞い始め、ヒューヒューと茶化す声が周りから聞こえてくる。


「セ、セオ。もう、大丈夫だから……」


 恥ずかしすぎて耐えきれなくなった私がセオの胸を軽く押すと、セオは一瞬、何故か抱きしめる腕の力を強くした。

 ややあって、セオは腕を緩め、代わりに私の手を取ったのだった。


「パステル、真っ赤」


「……セオのせいなんだからね」


「僕のせい?」


「……恥ずかしかった……。あ、でも、支えてくれて、ありがとう」


「どういたしまして。……さ、雑貨屋、見に行こう」


「うん」


 まだ心臓がバクバクしている。

 私とセオは、はぐれないように手を繋いで雑踏を歩いてゆく。

 セオはやはり私のことは何とも思っていないのだろうか、普段通りに見える。

 横目でセオの様子を伺っていると、視線に気付いたセオがこちらを見て、私は慌てて目を逸らした。

 セオはそんな私を見て、首を傾げたのだった。

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