第27話 色のない虹
「メーアお姉ちゃん、何すればいいのぉ?」
河口に辿り着き、手伝うように指示されたししまるは、のんびりとメーアに問いかけた。
「ししまるは私と一緒に水の浄化。そこの使用人は上流から流れてくる大きなゴミを取り除いて」
「わかったぁ」
「は、はい」
そう言われて初めて、私は川の状態に気がついた。
上流から、木片や瓦礫がたくさん流れてきている。
騎士たちが川の両側に陣取り、川全体を覆う大きな網を掛けて、海に異物が流出するのを
中にはかなり大きな物もあり、騎士たちが数人がかりで引き上げている。
水の色も濁っているようだが、メーアが手をかざしている辺りの水が光っていて、そこから先は透明な水に変わっていた。
私は、大網に掛かったゴミを取り除く作業をしていた騎士たちに倣い、地面に置いてある手持ちの網を手に取った。
しかし、川に手をかざしているメーアからは、意に反して冷たい指摘が飛んできたのだった。
「ちょっと、なにをチマチマ手でやろうとしてるの。あの後、ルードに聞いたわ。あなた、『虹の巫女』なんでしょう? 風を
「え? ど、どうやって?」
「はぁ? 巫女の力は神子と違って、人から人に継承されるって聞いたけど。あなた前の巫女から何も聞いてないわけ?」
「す、すみません」
そう言われても、自分が『虹の巫女』だということも先程まで知らなかったのだ。
私は、何が何だかわからないが、とりあえず謝罪しておいた。
メーアは盛大にため息をついてから、真剣な表情で私に告げる。
「意識を集中して、風の姿を思い浮かべるの。そして願うのよ、力を貸してくれって」
「風の姿……」
風の姿と言われて自然と頭に浮かんだのは、先日会った風の精霊、ラスの姿だった。
「……わかりました、やってみます」
私は持っていた網を地面に置いて、目を閉じた。
目を閉じると、よりはっきりとラスの姿を思い浮かべることが出来る。
私は祈りの形に手を合わせ、指を組み、願う。
「風の精霊、アエーラス様。お願いです、力をお貸し下さい……!」
祈りが、願いが、ラスに届くように。
強い祈りが、強い願いが、徐々に色を帯び始める。
私の周囲で七色の光が渦巻き始め、私はゆっくりと目を開けた。
――不思議な感覚だ。
私は、どうすれば良いのか、知っている。
私は空に向かって大きく手を広げた。
意識を集中する。
そして、願いの言葉を口にした。
「虹よ、風へと導いて!」
私の周囲で円を描くように集っていた、様々な濃淡の灰色で構成された六つの光が、空に昇ってアーチを描いた。
色のない虹が、灰色のグラデーションとなり、澄み渡った空へと伸びてゆく。
最後に残された一色、緑色に輝く光が、虹のアーチをなぞり、空を彩っていった。
虹の向かう先は、『風の神殿』のある
私の意識は、あっという間に虹の橋を渡り、『風の神殿』の玉座の間に飛んでいった。
そこには神殿の主、風の精霊ラスが頬杖をついて座っている。
意識だけの存在となった私は、すぐに、ラスの鮮やかな緑色の瞳と目が合った。
ラスが真っ直ぐに座り直すと、二つ結びにした深い緑色の髪が、ふわりと揺れる。
どうやら私を待っていたようだ。
「やあパステル、ちゃんと虹の橋を架けられたね。えらいえらい」
「ラスさん……」
「やり方は、憶えてたでしょう?」
「はい。自分でも不思議ですけど」
「さて。何があったかは知ってるけど、一応形式上必要だから訊くよ」
ラスは、すうっと目を細め、薄く笑んだ。
改めてラスと対峙してみると、その威圧感はメーアの比ではない。
だが、ここで退いてはいけない、と本能が私の意識を奮い立たせる。
質量すら感じられるほどのオーラを放ちながら、ラスは問うた。
「――虹の巫女よ、
「――海が、川が、泣いているのです。水の精霊の御心をおさめる力を、お貸しいただけませんか」
「良かろう。風のアエーラスの名において、汝、虹の巫女パステルに、五分間だけ我が力の一部を貸し与えよう」
その言葉と同時に、ラスの力が私に流れ込んでくる。
大いなる風の力だ。
自由で、強くて、優しい力。
使い方を間違えると、何もかも破壊してしまいかねない、恐ろしく暴力的な力。
セオと同じ、掴みどころのない、それでいて確かにここにある力。
「パステル。君なら大丈夫だと思うけど、精霊の力を、人や自然を傷付けるために使ってはいけないよ。心を落ち着けて、うまく制御するんだよ」
「はい。感謝致します」
ラスは威圧感を消すと、いつも通り、にいっと子供のような笑顔を見せた。
私の意識は、再び虹の架け橋を通り、元の河原へと戻っていったのだった。
すう、と静かに虹の橋が消えてゆく。
それと同時に、自分の意識が自分の身体に戻ってきたことを、理解した。
自分の身体が、淡い緑色の光に包まれている。
私は、何をすれば良いのか、自ずと理解していた。
ラスの力を使えるのは、たったの五分。
私は、河口から上流の方へ向かって、一目散に駆け出した。
私は元いた場所から数十メートル上流に向かって走り、メーアや騎士たちを巻き込まない位置に陣取る。
そして意識を集中し、風の力を解放した。
ぶわり。
私の周囲に、風が集まる。
強い力だ。
上手く制御しないとならない。
私は、川に浮かんでいる大きな瓦礫に手の平を向け、意識を集中する。
瓦礫の周りに微弱な気流を纏わせていく。
弱すぎると持ち上がらない。
強すぎると高い位置まで吹き飛ぶか、水中で砕けてしまう。
少しずつ、少しずつ力を強めていくと、ついに瓦礫は風の力でゆっくりと持ち上がった。
瓦礫が完全に川から上がったところで横風を吹きつけ、対岸に打ち上げる。
次の瓦礫も、その次の木片も。
一度コツがわかればスムーズに進む。
私はそのまま、大きい瓦礫を中心に、次々と処理していった。
淡々と作業を進めていると、流れてくる瓦礫の量が徐々に減ってきた。
もう、上流のトラブルが落ち着いたのだろう。
最後に一際大きな瓦礫を引き上げると、ラスの貸してくれた風の力は消え去ってしまった。
私の身体を包んでいた緑色の光も消え、世界は灰色に戻ったのだった。
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