02.護送依頼


 冒険者の斡旋所は静まりかえっている。

 ウェインの足音だけが、板張りの受付部屋に響き渡っていた。


「お帰り坊や」


 長机で仕切られたこの部屋には、白髪の老婆が腰掛けている。

 この斡旋所の窓口をとり仕切る、受付婆であった。


「依頼を終えたぞ」


「証拠品は?」


「喰わせたから残ってない」


「それじゃ報酬は渡せないね」


「夜明けになればわかる。それまで待つのか?」


 受付婆は鼻で嗤うと、指笛をふいた。

 すると、天井の梁にとまっていた梟が、羊皮紙を咥えて舞いおりてきた。


「金額が金額なだけに現金での支給は無理だった。これで勘弁な」


 渡された書面には、冒険者組合の印章と、斡旋所の手数料を除いた報酬額、そして発行者の紋章が刻まれている。

 これは報酬手形だ。

 換金屋にもっていけば現金で支給されるし、提携している商人組合で記載された分の買物もできる。


「おまけにアンタ、仕事がはやすぎるよ。これじゃ用意する暇もないさ」 


「褒め言葉なんて珍しいな。今日は賑わっていたのか?」


「冗談は顔だけにしな。今日も閑古鳥だったよ。どいつもこいつも骨なしさ」


 受付部屋の一角には掲示板があり『討伐』『警護』『索敵協力』等と記された依頼書が刺されている。

 依頼人から仕事の詳細を聞き届けた斡旋所は掲示板を通じて希望者を募るか、適任の冒険者を選出して派遣する。

 傭兵と似た職務もあるが、戦場でのみ働く前者と異なり様々な分野での活躍を担えるのが冒険者である。


 そして、そんな冒険者の多芸さを見込んで、非合法な依頼が斡旋所に届くこともある。

 発覚すれば絞首刑だが、高額の報酬欲しさに引き受ける冒険者もいた。

 ウェインも、その一人なのであった。


「弔問客みたいな顔だね。いやなことでもあったのかい?」


「まあな」


 ウェインの答えに、受付婆は眉尻を上げた。


「あんたが気弱なことを吐くなんて妙だ……」


 紫煙を吐き出し、煙管を置いた。

 話してみろという合図だろう。

 ウェインは「妹の夢を見た」と伝えた。


 ウェインの妹が病死していることを受付婆は知っていた。

 裏仕事を受けるようになったのも治療費の為だった。


「俺に手招きするんだ。早く私のところへ来てって」


 彼の顔はひどく窶れている。

 今にも亡霊の手が伸びてくるような気がして、食事も喉を通らない有様であった。


「安心しな。きっと逆夢さ」


 一枚の依頼書を差し出された。

 それは普通の依頼書である。

 翌朝にこの街を発つ商隊からの護送依頼であった。

 報酬額を認めたウェインは目を瞬いた。

 裏仕事ほどではないが、なかなかの額である。



「ガスパールを経由したらしいね。祭事の後だから儲けたんだろう」


 ガスパールはこの国、ゲーテリク王国の首都で、今は建国祭が開催中のはずだ。


「既に二人の派遣が決まってる。アンタもどうだい?」


「俺の為にこの依頼を残しておいたのか?」


「レオナちゃんは、知り合いのお孫さんでね。あんたに特別サービスさ」


 なるほど。

 だからこの斡旋所にその依頼が届いたのか。

 ウェインが首肯すると、婆は文を記して梟に咥えさせた。


 依頼人にウェインの素性を送るらしい。

 梟は採光窓から外へ飛び出した。

 微かに白み始めた東の空を背にして飛ぶその姿は、すぐに見えなくなるのだった。






 翌朝。

 ウェインは馬を引いて、門の付近で依頼人たちを待った。

 町の中心で響き渡る公示人の声が耳に届く。

 全身を食いちぎられた遺体が発見されたという報せは、識字率の低い貧民たちへも浸透していたようだった。



「おおぉーーい、死人!」


 ウェインに声をかける者がいた。

 あどけない顔をした半弓を握った若い女である。

 その隣には布製のフェイスカバーと帽子で口元を隠し、小銃を背負った女がいる。

 どうやら彼女たちが婆の言った二人のようだ。


「レイズとヴィクトル、お前たちも引き受けたのか?」


 半弓を握ったレイズがエヘヘと微笑み、ヴィクトルがこくりと頷いた。

 そこへ、四騎を伴った小さな幌馬車がやって来た。


「この度は依頼を引き受けていただき感謝します。私はセリーナ。よろしくお願いします」


 先頭の一騎は金髪碧眼の、凛とした顔の美女であった。


「あの~~。護送って私たちだけじゃないんですか?」


 レイズの問いに、セリーナは残り三騎が私兵だと告げ、目的地とそこまでの進路を説明した。


「ちょっと待って、それじゃ遠回りだよ」


 レイズが挙手する。

 目的地は北西に位置する中都市だが、わざわざ北東の丘陵から回り込むように進むというのだ。


「そこは悪路で霧も出るから、南下して街路を通るべきでしょ?」


「それは我々も承知済みです。ですがこの進路しかないのです」


 馬を降りたセリーナが「どうかお願いします」と深々と頭を垂れた。

 そこまでされては意見を言えず、希望通りに進むことになるのだった。



「どう思う? なんか怪しいよね?」


 道中でレイズに訊かれた。

 彼女と並走しながらウェインは肩越しに馬車へ振り返る。

 あんな小さな荷物に護送とは大袈裟だ。

 それになぜこんな進路を選んだのか。


 脱輪の音が聞こえウェインたちは馬速を落とした。


「言わんこっちゃない……」


 先頭をレイズに任せ、ウェインは馬車を押すために馬を下りた。

 私兵と協力して馬車を押していると、殿のヴィクトルが腰帯に差した短銃を抜いたのに気付いた。


「魔物か?」と訊けば、彼女が頷く。


 ウェインも大群に囲まれていることを悟った。


「急ごう! レイズ、こっちへ来てくれ!」


 呼び寄せると同時に、丘陵地の起伏に隠れていた狼のような魔物たちに襲撃された。

 ヴィクトルが銃身を束ねた連発銃を撃ち尽くし、装填の隙をうめるため鏃が爆雷筒となった爆破矢を速射するレイズ。


「人狼だ!」


 私兵の叫びに振り向くと、狼の顔をした巨人が大木を剣のように振るいながら突進してきた。

 ウェインは馬車を諦め、仕切り布を縛る紐を裁ち切る。

 緊急時には馬車を捨てでも積荷を確保するのが鉄則だからだ。


 しかし荷台を覗いた瞬間、ウェインは凍りついた。

 そこにいたのは恐怖に震えて蹲る、少女だったからである。


「君は――」


 誰だと言葉を紡ごうとした瞬間、人狼の攻撃で馬車は吹き飛ばされ、ウェインの意識は途切れてしまったのであった。

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