なんとかするから Part3

 午後1時、皆昼食を摂り休憩をしたのちに千寿会館では長机とパイプ椅子が大人たちと一部の子どもたちによって用意されていた。この後1時半からは視察を行なっていた4人が感想を述べてこの先の千寿村のあり方を決める「改革会議」なるものが開かれる。その準備が着々と進められている中、源と少し歳のいった男が話している。浅葱地幹部の4人目の「大竹風雅おおたけふうが」だ。今年で61歳となる。大竹は元浅葱地地主であり、唐澤と代わった際に冷静な判断力を借りたいと誘われて、今では幹部として唐澤をサポートする身となった。

「源、今日の会議で唐澤はきっとここの買収を本気で推してくるぞ。私は残念だけど中立の立場で今日はいくつもりだ。アイツの意見や条件をよく聞き分けて、先代の意志を継いで千寿村はこのままで行くのか、手っ取り早い繁盛のために村を渡すか。お前が決めることだこれは」

「はい。存じております。ですが、私は先代のいわおさんが創ってくれたこの豊かな土地と村を守っていきたいと思っています」

「…そうか」

 源の目には迷いがなかった。これはもう何を言っても意思を貫くという目だということを大竹は察していた。

「もうそろそろ時間ですね。席に着いていましょうか」

 堂々と胸を張り席に着く源をみて大竹は一人呟いた。

「巌、お前のあのガキは頭が固すぎる。お前の影響かもしれないな。この村はもう終わるやもしれないぞ」

 

 時刻は一時半。視察組が帰ってきて、さらに一般席も満席となり、きた子どもは床にゴザを敷いて座ることになった。

 千寿村のこういった会議は中等部以上から自由に参加することができる。聞くだけの者や、意見を大人に対してもズバッと言う者もいる。前者は主に、結斗や十希などで、後者は茂や姫香が主だ。

一つ会館についてどうでもいいことを言うとこの千寿会館にはピアノが設置されている。これは巌がよく弾いてそれを皆が真似して弾いていたために置かれていたらしいが、現在では陽介が一人で弾いて、暇な人がそれを見ているということしかない。

「開始時刻を過ぎましたので千寿村改革公会議を始めます。本会で司会を務めさせていただきます、千寿村の会計を担当しています、佐川健斗と申します」

 健斗が礼儀よく挨拶をするのを誰もが騒がず真剣な面々で聞いていた。今日の会議が村の未来を決めるということを知っているため緊張した空気が出来上がっている。

「えぇ、ではまず先に本日千寿村を視察にいらっしゃいました、浅葱地、地主であります唐澤雄大様に一言をいただいた後に、最終的な今後の提案をお聞きします。では、お願いします」

 健斗は頭を下げながら椅子に戻る。すれ違いに唐澤が前に出てマイクに近づき話し出す。

「千寿村の皆さん、こんにちは。お変わらず元気そうで何よりです。今日の会議でこの村の未来が決まると言っても過言ではないので、皆さんソワソワしてるのですか、緊張しているのかは分かりませんけど、最終的に決まったものはそれでこの村の知名度や人口を増やしていきましょう」

 見透かされたような言われ方と、唐澤の余裕そうな平坦な喋り方に村民たちはさらに緊張が深まる。

「それに伴って今日は参加人数がめちゃくちゃ多いですね。さっき佐川さんが話している時に数えたんですけど、私たち視察団は含めずに村長と佐川さんと、役員の舘内さんを含めて今日は73人いますね。村の約60%の村民がこの会館に集まっているわけですね。まあみんな気になりますよね。自分の村のことだから…。普段一部しか来ない子どもたちがいつもより集まりいいのは僕にとっては非常に嬉しいです。香坂十希さんに、武くんも来てるね。逆に四島くんが来ないのは珍しいね。陽介くん、由梨さん、何かあったのかな彼」

「あ…あの~、純はちょっと体調が悪いらしくて…。ていうか、そろそろ話を進めてもらえると嬉しいのですが…」

 館内一斉がその通りだと同感した。唐澤渋々本題に戻った。

「わかったよ。四島くんにお大事にって言っておいてね。じゃあそろそろみんな気になっていると思う僕の千寿村改革案を発表するね。知っている人もいるだろうけど、今日の視察は深堀茂くんと大原姫香ちゃんに案内してもらいました。その理由としては、子どもにとっていい環境といえるのかを知るためです。そのためには当の対象である彼らに頼むのが一番だと思ったためです。そして、結果僕が考える案は…」

 唐澤の淡々とした口調と裏腹に、館内の空気は弓のようにピンと張っている。半分この空気に面白がっている唐澤は、わざとらしく大きく息を吸い止め、顔を作ってから声を発した。

「一度僕にこの村の権利を全て僕に売り、僕がこの村を一から立て直していくという案です」

 村民たちの緊張は切れ、「全権利を売る」という案にざわつきを見せる。

「え~、僕は去年から4回にわたり視察を行なってきました。その4回で僕は決してただブラーっと散歩をしていた訳ではありません。それぞれ土地柄、村民の人柄、観光スポット、子どもの環境の4つを見てきました。前者二項目は二重丸を与えれます。土地はいい場所にありますし、良い人だらけです。」

 村民の一部は首を大きく縦に振ったりして、当たり前だろと素振りを見せた。

「しかし、観光、育児面ではあまり良いとは言えません」

村民にはショックを受ける者と悔しいがその通りだと思う者で別れたように見える。

「まず観光ですが…ハッキリ言ってあまりにも地味です。田圃や畑は時期になれば美しさを発揮するかもしれませんがその他の時期はただの田舎臭発生場です。そもそも田畑を売りにしている町や村は山ほどあります。それらと比べたら差はハッキリです。」

 ズバズバと批評を下す唐澤に、特に田畑を管理している者たちには涙を流す者も見える。また、表情に口調を一つも変えずに村の酷評を言う唐澤の残酷さに苛立ちを覚えキッと睨みつける青年たちもいる。そんなことには気もせず、唐澤は話を進める。

「もう一ヶ所、守里神社ですが…浅葱地では最古である神社ですが、国内で見ればただの変哲のない神社です。唯一無二の物があるわけでもなく、ただただ無駄に長い階段をのぼる人なんていませんよ」

 またも厳しい評価を下す唐澤についに限界を迎えた村民の大阪絵美おおさかえみが声を荒げた。

「ちょっと!それは言い過ぎではありませんか⁉︎言うとしても少しは言い方を考えませんか!言われた職についている方の心中をもっと考えてあげてください!」

「あ~、落ち着いてください。たしかに発言に配慮が無いことに僕は認めます。しかし、これはわざとです。今僕が放った酷評に対して皆さん、誰もが少しは思い当たる節があるのではありませんか?」

 皆図星だった。核心を突かれて誰もが沈黙を貫いた。それを見てさらにエグるように掘り下げていく。

「今見たところ、やはり皆さんその節はあるようですね。他の市町村と比べて地味だと自覚があるのは良いことです。しかし自覚して、なぜ誰もそれを新たな実行に移さなかったのですか?そこが皆さんの落ち度です。だから僕は皆さんもに今回はあえて厳しい言い方をしています。ですがこういう態度で挑んだとしても、ここまでほったらかしてきたものを今からその本人たちでどうにかできるとは到底思えません。なので僕がこの村を一時的に買いとり、改革していこうと思います。異論はありますか?」

「…っ!」

 絵美は何も言い返せず涙目で会館を去っていってしまった。「おい!絵美!」と守里神社の神主である縁大地えにしだいちが追いかけて行ってしまう。父が離婚して名字の戻っている元母を追いかけているのを見た皐月はやれやれと手を挙げて見せた。それには気にせず唐澤は席に戻っていた。

「では続いて千寿村村長の大原源様。お願いします」

 健斗の簡潔な紹介の後に源が前に立った。マイクをトントン手で叩いてから喋り出した。

「皆さんこんにちは。え~先程唐澤様の改正案をお聞きしました。私は長々と話さず簡潔に済ませます。村の方針や建造物などには何も手は加えません。つまり、村を地主殿に売却するということは断固決してありません」

 会館内をどよめきが包む。両者の意見が真正面からぶつかったため皆動揺している。唐澤が手を挙げ意見を述べた。

「現在の村の状況でどうして未だに何も変えないと言うのですか?わかるように理由を述べてほしいです」

「千寿村の共通理念は先代の畠山巌さんの『不変』を貫いています。流行に合わせて村をコロコロ変えていくという行為はこの村の理念に反しています。私は巌さんの意志を必ず引き継ぐと決めているのです」

 唐澤は引きつりながら鼻で笑った。

「理念を貫くが為に村を破滅へ導くのですか。愚かですよそれは考え直したほうがいい」

「いいえ、絶対に譲りません。この村はこのままで、今のやり方で人も増やしていきます。先代のためにもこれは変えません」

 ズバッと言い切るの具体性のない源にとうとう唐澤は噛んでいる唇を滑らせた。

「大原村長、あなたは先代先代と自分の意見を何も持っていない。そのやり方じゃダメだというのを未だに一人だけ自覚をしていない!端的に言います。あなたはただただ頭が固いだけで個を持たない、そのくせこの村のトップで一番権力を持っている。この村のこの現状を作った元凶です!」

 言われた元の頭にも血が昇り、源は館内の村民に問いかけた。

「そこまでいうなら彼ら全員に聞きます。皆さんは村を浅葱地に買収されるのに対して賛成しますか⁉︎いや、買収されて土地をめちゃくちゃにされるのを許せますか⁉︎」

「ちょっと!あまりにも言い方が悪くありませんか⁉︎それは酷すぎますわ!」

 今まで口を閉じていた田村がとうとう声を張った。それに続き村民たちも各々好き勝手に発言をし始め館内はもはや収集がつかない状況となった。懸命に収めようとする健斗もついには頭を抱えてしまった。

 そんな時急に館内には不協和音が鳴り響いた。音と音が喧嘩しているようで耳を誰もが塞ぐ音だった。

 何事だと音の出場所を皆振り向くと、館内のピアノ椅子に座りピアノの鍵盤を両手で力強く押している陽介がいた。「陽介くん…何をしているんだ」皆の言葉なんて聞かずに陽介はあたりを見渡し、静まったのを確認して鍵盤に置いた指を落としていった。先ほどのデタラメな和音とは違く、複数の音がそれぞれ並行に綺麗に聞こえてメロディを奏でている。皆急にピアノを弾きだす陽介に困惑する中、由梨だけは違う想いを秘めていた。

(これって、夏の日…なんで…この曲は私が小さい頃、まだ歌手になりたいって夢見てた頃、楽譜を買った陽介がいっぱい練習して私のために弾けるようになってくれた曲。私は結局歌手を諦めたけど陽介だけは、ピアノを弾くのをやめなかった。)

 前奏を終えた陽介は顔を曇らせてメロディラインもピアノで弾きながら演奏を続けた。

(なんで…なんでそんな顔するの。ピアノを弾いているときの陽介はそんな悲しそうな顔しないじゃない。こんなの…陽介じゃない)

 ピアノの音量が一段階上がった。

(もうそろそろサビか…なんで陽介、その顔で弾かないでよ。私も苦しくなってきた。サビ…か。サビが私も陽介も好きで、しょっちゅうサビを何度も二人で合わせてたな。やっぱり、陽介は私を待ってるのかな。でも、私はどうすれば…)

 徐々に徐々に音が高くなり、音量が上がる。それに伴い焦る由梨。手を速める陽介。階段状に上がっていくピアノはついに一番右端の音を鳴らす。チャン!


夏が終わるその時まで 僕は君の前にいるよ。

暑い日差しを受けようが 体が黒く染まろうが君を見守り続けるんだよ。夏が終わるその時まで


 ピアノの演奏が静かに終わった。静まり返った皆の視線は陽介と由梨に向かった。陽介は立ち上がり大きな声で言った。

「俺に時間をください‼︎俺が、音楽でこの村の知名度をあげて見せます‼︎」

 館内は再びざわつきを見せた。岩倉が突き離すように言った。

「時間ってどのくらい必要なんだ?そして達成できなかったらどうするんだ?それをしっかり提示するのが筋ってもんだろ。思いつきだけで一丁前に言う発言じゃねぇ!!」

「でも…俺は」

 たじろう陽介を見て唐澤は残酷な救いの述べた。

「三ヶ月、君にあげるよ。この期間内で君の音楽でこの村をどんな形ででもいい。大盛況を見せてくれ。そうしたら僕はこの村を買うのをやめて、今まで通り支援をしよう。でも達成できなかった時は千寿村を僕は

 皆耳を疑った。地から解除されるとは言い方を変えればと言うことだ。どこの土地にも所属しない村はいずれ経済力も何もかもが底をつき、解体され他の土地に吸収される。元から力のない千寿村には信じられないことだ。勝手にそんなことを言う唐澤に対して混乱している源が声をドンドンと荒げて言う。

「何勝手に話を進めているんですか⁉︎そんな子どもの言うことをまにうけて、できるわけないでしょう!」

 唐澤は源を睨みつけて言った。

「具体的な案を出さずに頑なに村を売らないと駄々をこねる人よりも、何かしらの方法を提示して目標を立てた人の方が大人だと思いますよ」

「なっ」唐澤の槍のような言葉が源を突き刺す。

「と言うことなので僕は、の方の案を取らせてもらいます。では頑張ってくださいね陽介くん。よし、帰ろうか」

 陽介の頭をクシャッと撫でて、3人を引き連れて唐澤は会館から出て行った。源はもはやもぬけの殻となりふと動き出したと思ったら、村長室に閉じこもってしまった。

 皆魂が抜けたような、何も考えれなくなったような顔で会館の片つけをすましてゾロゾロと帰って行った。館内にはポカンとした陽介と、由梨、武、茂、姫香が残った。そして茂が陽介に歩み寄り怒号を飛ばした。

「なんてことをしてくれたんだ!三ヶ月で村を賑わせる!?音楽で⁉︎無理だろ!どうするつもりなんだ、ピアノだけでどうするというんだ!」

「ちょ…茂先輩落ち着いて…」

「落ち着いてられるか‼︎」

 姫香のなだめも効かず涙目で茂は怒鳴っている。

「俺は…この村が良くなるならあのまま雄大さんに買収されてもよかったんだ。なのに、失敗したら土地契約解消?つまりは千寿村壊滅って意味だぞ…どうするんだよ…大原、お前もこの村が好きなら悔しいだろ…もうダメだな」

 ついに涙を流して茂は立ち去って行った。

「最低だ」蔑んだ眼を向けて放ってから武も歩いて会館を後にした。

「陽介、わたしは陽介が村をなんとかしたくて行動してくれたんだってことはわかってるよ。だけど…やっぱり、許せないよ。ごめんね。帰るね」

 館内には陽介と由梨が残された。話しかけるのを躊躇っていた由梨が口を開いた。

「私、音楽やるよ。陽介一人が重荷を担いで潰れるなんて、絶対に嫌だ。お願い。私と一緒に音楽をやろう?」

「はは…なんで由梨が誘ってるんだよ。うん、一緒に音楽をやりたい。ごめん」

「あーあ、なんで謝るんだか。陽介の無茶を一緒にやるってのは慣れっこだっての。そうと決まったら早く音楽始めよう!だからさ、陽介も早くいつもの顔に戻ってね」

 館内には冷たい空気がズーンと残っていた。館内からは人が消え暗くなった。

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