第33話 密度






 ――回想を終える頃には外は日が沈み始めちょうど宿屋前、もはや居心地の良さを感じ始めた庶民的な内部に踏み入れ、顔は覚えられているので受付のお姉さんに両目を瞑る斬新なウインクをしてそのまま軋む音のなる階段へ、お姉さんの後ろにパパさんらしき人が睨みを利かせていた気がしたので慌てて上る――バキィッ! ……う、うん? なにもなかった、自分の部屋に入る。


 ――バサリ、と重い音、懐から何かが床へと落ちたのに気づく。


「……? これ、ツキのポシェット……あとは……なんだこれ」


 ポシェットから飛び出した二冊の本、いや、少し厚みがあるけど手帳か?


 すべて拾い上げていったん机に置き、外が暗くなり始めていたので部屋に備え付けのランプを持ってきて「火よ焚き付け」と唱え、若干心もとない灯りを付ける。


 ぼうぼうと燃えるそのランプも机に置いてさっき落としたものの確認をしようとした本を手に取った所で、『中身は絶対にみちゃダメだからね』というツキの言葉を思い出した。


 なので今手に持った一冊はポシェットにしまい、内もう一冊を手にした所で、表紙に書かれた昔からよく知っているツキの、小さな手書きの文字が目に入る。


 ――【空想世界の人間を殺したら殺人罪】、タイトル……だろうか……?


 ……そういえばツキ、咲月ちゃんは前世での夢は本を書く仕事だったけ……そんな過去の彼女のことを思い出す。


 最近はツキとの関係の密度がすごい気がする、マグカップ一杯の珈琲に角砂糖を何個も落としている感じだ、それはもう零れ落ちてしまうぐらいに、人によってはくどく感じてしまうであるだろうその甘味は、今の俺にとっては丁度良かった、……元々甘党なのもあるけど。


「……本の内容……気になるな……やっぱ見ちゃダメかな? まだ完成してないのかな、物書きにとってまだ仕上がっていない本の内容を先に見られるのって、どうなんだろう……」


 ブツブツブツブツ独り言つ。


 タイトルに意外性は感じていない、ツキは普段、好奇心旺盛でちょこちょこと元気よく無邪気に走り回っているがあれでいて根はしっかりとしていて、物事をよく考えている、そんな彼女だから惹かれるものがあるのだ。


 ……ある人の言葉を思い出す、――『人は考えるからこそ生きている、頭の出来が良かろうが悪かろうが、物事を考えれない人間など生きていないも同義だ、だから今の少年は、生きていると言えるよ』――。


「……ちょ、ちょっとだけ内容見てみよう、だってさ、あんなのフリじゃん、“絶対”見ちゃダメだなんてさ……」


 言い訳OK、よーし見てみよう、ツキには後で感想を書いて送ろう、俺はあやまらないぞー。


 約束破りが定例なグリム童話よろしくパラリと本をめくる、あれは約束を破るからこうなるんだという教訓を学ばせてくれるとってもユーモアのあるお話だ。

 俺はこれで教訓を学ぼうと思う。


 ここからは減らず口を閉じ黙読、ひたすら手本のような綺麗なその字に、俺は目を走らせていった――。



 ――数刻。窓から覗く空は深い夜、緋色の室内、ランプの火がゆらゆらと揺れ、気づけば壁には大きく化けた俺の影。


 意味もなく終わりのページと前のページを行き来している。


 唖然としていた、喪失感を伴っていた。


「……ツキって……」


 ……て、天才、なのかもしれない……これは決して、身内贔屓などではなく。


 静かに、その物語を閉じる。


「ちょっととか言っておいて全部読んだよ、俺……」


「……こうなったらもう一冊も気になるなぁ……」


 本を読むのは今も昔も変わらず好きなので、自然と手が伸びる。

 じゅるり、よだれも出る。


「おおっと、なんだこれはー、いつの間にか俺の手に知らない本があるぞー」


 白々しく言って、裏表紙だったので返してタイトルの確認を。


「…………ん、え……」


【転生したら好きな人がお兄ちゃんになちゃった ~どうしよう!~】


「…………ん、え……」


 二度見した、字を良く見る、作者は同じだった。


 大量の感嘆符と疑問符で散らかった脳内、整理整頓するために、階下で起きていた受付のお姉さん(ママさんの方だろう)にホットミルクをもらって部屋に戻り改めて席に。


 暫くカップから昇る湯気を見詰める、ミルクをズズッと啜って落ち着く。


 腹は減った、が俺はお留守番を任されている、だから外食を取るわけにはいかない、だが暇だ、読む速さは割と遅めな方なので時間は十分経ったが眠気は無い、それにしても暇だ、この本がどんな内容であれ俺は気にしない、ああ、暇だなぁ、丁度いいな、読むか。


 梓川先生の渾身の新作だ、一読者、一ファンとして読まないのは不作法だろう――



 ……――暗さを増した室内、ランプの火は、いつの間にか消えかかっていた。

 本を半分まで読んだ俺は、顔を覆って本を閉じていた。


 既に冷め切っていたミルクを飲み干す。


 ……感想を、一言で言うと、“とっても愛のこもった作品”だった。

 全部読んだ訳ではないけど、というか読めないよっ! 恥ずかしいよ! 俺が! ひょっとして見ちゃダメってこっちのこと言ってたのか!  


 ツキはブラコンだからこちらもタイトルに意外性はなかった、驚きはあったけど……何も口にしていないのに何故だろう、お腹はいっぱいだ………ならばこのままこの食後の睡魔にまかせて……


「…………寝よう、そして忘れよう、いや、忘れてあげよう………」


 ああ、結末結論まで読まなくてよかったな、そんなことを思って、俺は机へと突っ伏した。










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