第31話 ―【魔王】―



 場所変わってここは神、ネオ・サタンが祀られたどこか神々しさと静謐せいひつの感じられる、トリスティーシア神殿、人がちっぽけに感じられる程に広々とした内部、大広間、白壁一面には暗い配色をした大小様々な大きさ、形をしたハニワ? がずらりと埋め込まれている。


「あ、ほんとにピアノあるじゃん! やったね!」


 神殿最奥から右手側にあるグランドピアノに駆け寄るツキに、俺と師匠は追ってついて行く。


「ツキ、俺はそのグランドピアノよりも壁のハニワの方が気になるんだけど」


 あれはいったいなんの用途で並べられているんだ、空洞の視線がなんだか怖いけど。


「お師匠ー、なんでピアノがあるのっ?」


 ツキは興奮気味で俺の話を右耳の穴から左耳の穴へと通していく。


「ああ、この世界の神さん方はなぜか音楽を好む神さんが多くてな、その関係だ、天界には大げさなくらいにでかいパイプオルガンなんてものもある、……あれはこの世界に来たのなら見ておいて損はねぇなァ……まっ、天界なんてそう簡単に行けるもんでもねぇが」


「天界観光だねっ、逝けたら逝こうね、みつにぃ!」


「たぶん字が違う」


 はしゃぐツキを横目にハニワ以外に気になっていた物へと近寄る。


 "木材質の立て看板"だ、ピアノの傍に立ててある。その看板には大きく【魔王】の二文字。


「なんですかね、これ、この場所にはだいぶ不釣り合いにみえますけど……」


「……おお、今日の題目は魔王か、シューベルトだな」


「……え? シューベルトってあのフランツ・ペーター・シューベルトのことですか?」


 俺のその言葉に鷹揚に頷いてみせる師匠。


「あたし魔王なら聴いたことあるよ! よく学校で習うやつだね! あ、でもあたし前世から学校ちゃんと行けてないんだった!」


「……ツキ、お兄ちゃんどう反応したらいいの……」


 元気満々の自虐ネタにちょっと困っちゃう。


「これはな、サタンを呼び起こす為の儀式の一環だ、基本この魔王を弾いて呼び起こすが月回りによっては鬼火、だったこともある。クハハハハッ! あの時はまいったな、なんせ弾けるやつが誰も居ねえんだからよォ」


「うん? ねえ、おにびってなに? みつにぃ弾けるの?」


「ええっとな、鬼火は数あるクラシックのなかで最難関の一つとされるリストの超絶技巧練習曲第五番だ、これは血の滲むような努力と次元違いの天才しか弾けない、すっごく難しいからもちろんお兄ちゃんは弾けないぞっ、ツキ、こんな情けないお兄ちゃんに是非とも言ってくれ、ざこ♡って」


「ざぁこ♡」


 サービス精神豊富なツキさんの罵りに「イエーイ!」と俺は拳を上へ突き上げた。


「……? おかしいな、國満は鬼火だろうがマッゼパだろうがラ・カンパネラ主題による華麗なる大幻想曲S.420だってなんでもござれって聞いてたんだが……」


「誰ですかその設定盛り盛りのチート野郎、いったいどこ情報ですか……」


 俺がピアノを弾けるって知ってるのだって今のところ師匠やツキとか両手で数えられるぐらいなのに。


「まあ、とりあえず魔王弾いてみますけど、ピアノなんて10年以上弾いてないですからどうなるか分かりませんよ?」


 ピアノの前に置かれた椅子の位置を調整しながら座って師匠に言う。


「弾いてもらう手前なんだがあまり下手な演奏はするなよ? サタンの寝覚めが悪ければ誇張なしで街ひとつ吹き飛びかねん、ヴァルマニアの命運を背負ってるんだ、気張っていけ國満」


 言って俺の背中を強く叩く師匠。


「……はは、余生も今日で最期か……」


 俺は、上を向いて感嘆と目を閉じた――。


「早く弾いてみつにぃ」


「ハイ」


 では、せかされながらも両手を前へ、鍵盤蓋を開けて演奏の開始とする。


「咲月嬢は危ないから俺の所まで離れていたほうがいい」


「うん、わかった」


 神殿の丁度中心あたりまで離れていくお二人さん。


 ……え? なんで……??


 ……嫌な予感はするが取り敢えず切り替えよう。


「みつにぃ頑張ってねぇぇええええ!!」


「分かったぁぁああああ!! 頑張るううううううう!!」


 ……遠いなぁ……


 鍵盤に手を翳し、始まりの音であるこの魔王の特徴的な和音、ソのオクターブ連打へ。始まった演奏は辺りに大きく響き渡る。

 

 あ、いきなり始めたけど大丈夫かな、試し弾きもしてないし……


「――あとこの鍵盤なんかめっちゃ重いし!!」


「しかも鍵盤から魔力粒子出てきたんですけど!!」


 一つ、また一つと続く演奏に合わせ倍々に増えてく紫色の魔力粒子は上へ上へと浮かび上がっていき、神殿の奥へと集まり始める。


「うわー! きれい! 幻想的っ!」


 その通りだけど!! お兄ちゃんなんか怖いよっ!!


 恐怖のついでに神殿内部はガタガタと地鳴り。そして――


 ――「「「「Wer reitet so spät durch Nacht und Wind?《夜風の中、馬で駆けゆくのは誰だ?》」」」」――


 ――んんん!!? 


ハニワ共おまえら歌うんかいっ!!」


 ――「「「「Es ist der Vater mit seinem Kind《それは子を腕に抱きし父である》」」」」――


 ……ああ、やっとわかった、そういう用途で置かれてたんだね、君たち。


「び、びっくりしたぁ」


「クハハハハッ!!  腰が抜けてるぞ咲月嬢、やっぱみんな驚くんだなこいつ等によォ」


 そりゃそうでしょうに……驚きのあまり手元が狂いかけたよぉ……


 それでも演奏は、体が覚えているのだろうか、数百からなる大音量のハニワ達の大合唱と共につつがなく続いていく。


 ――「「「「「MeinVater, MeinVater, Was Erlenkönig mir leise verspricht?《お父さん、お父さんっ、魔王の囁きが聞こえないの?》」」」」」――


 うんうん、おけ、今盛り上がりどころね、分かりやすくて大変よろしい。

 ツキも一緒になって歌っていることに関しては更に驚かされるけどね。

 更に更に、師匠も一緒になって完璧なハモリとなっている。


 歌詞、一応ドイツ語なんだよ。


「お、そろそろ来るな、サタンが」


 魔力粒子の渦巻く、神殿奥、俺から見て右手側を見つめる師匠。


 え? いらっしゃるの? どこから? ねえどこから? 


「うわあっ! なにあれ!!」


 指さすツキ、つられて俺は演奏片手間に神殿奥を横目に見てみると、超巨大な魔法陣が地面に刻まれていき、さらにその魔法陣がより一層の輝きを放ち完成したかと思えば―――


「わあっ!! なんかでっかい扉でてきたっ!」


 そう、扉だ、どす黒い色のどこか古風で禍々しい雰囲気、ローマの建造物の一部にあったとしても何の違和感も湧かない高さ50メートル、幅2~30メートルはあるだろうその扉は、刻まれた魔法陣の上に、――状態で現れた。


 錠前のある入口が顏だとしたら人間で言うところの仰向けに当たる。


「えええ……」

 

 なんですかあれ、開いた口が塞がらないんですけど……って、まさかあれから――


 古からの封印が解かれるかのように重く響く解錠の音と、扉の開閉――続けて――。


 ――【Du liebes Kind, komm, geh mit mir! Gar schöne Spiele spiel ich mit dir《おお、愛い子よ、我の元へ来るのだ、とっても楽しい遊びを一緒にしよう》】――。


 腹の底に疼くような歌声が扉の中から響き渡る。


「うわああ!! なにあれなにあれ!? なんか見えてきた!!」


 さっきから面白いぐらいに反応の良いツキ、開き切った巨大な扉へと巨大な黒い掌、その指先が掛けられる。


 ――【Manch bunte Blumen sind an dem Strand; Meine Mutter hat manch gülden Gewand《綺麗な花もたくさん咲いて、煌びやかな衣装もたくさんある》】――。


「うぅぅ……なんかお腹ぐるぐるしてきたぁ……」


 蹲るツキは師匠に背中をさすられている。


「サタンの言葉には魔力が籠ってるからきっとあてられたんだろう、九分九厘、原因は咲月嬢にされてるのもあるがなァ」


 ……二人がなにかを話している気がするけど、遠すぎるのと大合唱のせいでよく聞こえない、魔力粒子に視界も遮られてるし。


 そんな眩い視界の奥、光の漏れる扉から貌を出すのは、天へ向け大きく湾曲した二本のツノを携えた人……いや、ドラゴン?? 


【未だ小さき子鬼らよ、我は魔の王であり、魔の神、ネオ・サタンである】


 破壊と神聖を併せ持つ大気を震わす声。


「お、おお師匠っ、あれがサタン様!?」


「そうだ、正真正銘のネオ・サタンだ」


 掌を重心に地上へと掛けられるのは鋭利な爪を備えた片脚、現れる背には天を覆い尽くさんばかりに広げられた翼、目を奪われていると、宙へと浮かび上がり地へと叩きつけられた背から続く棘の並んだ太い尻尾。


 吐かれる息吹と共に、鎧の様な鱗を纏った二足歩行の巨躯は――軈てその全容を見せた。


【久方ぶりに心地の良い目覚めだ。奏者は何処いずこか――】

 

「……っ!」


 一拍、――突如としてギロチンで首を落とされる。  


 ギロリと、爬虫類めいた紫の眼はこちらを向いていた。


 俺は演奏を終え、の頭部を触る。


「……錯覚……だよな……」


 安堵の溜息。


【――ほう、音を支配し鬼の子よ、我を前に息つくいとまがあるというのか】


 こちらへ向けて地を揺るがし踏み込まれる片脚。

 その一歩を踏み込むごとに、命は容易く踏みつぶされている。

 錯覚だ。分かっている。だがこれでは、心臓が幾つあっても足りない。


 駄目だ、体が動かない、ただ見ていることしか出来ない、ゆっくりと、近づいている、圧倒的ななにかを、一秒は、“無限”に引き延ばされる。


 ――だから、声など出ないはずだった――。


「みつにぃの演奏は支配じゃないよ!!」


「……ッ、ツキ?」


 ――小さき少女は駆け寄り、不遜にも神前へ――。


 魔神はツキへと目線を合わせる為か、頭部を地へと水平に、近づけた……?


 ツキは魔神の鼻先へと人差し指を当てる。

 

「あのね、みつにぃの演奏は人に寄り添うの」


 魔神は開口し、再び稲妻を帯びた息吹を吐く。 


「きゃっ!」


「おいおい……あんまり脅かせてやるなよサタン」


【…………久方ぶりだな喰邪よ、数千年ぶりか――?】


「あ? いや、そんな経ってはないと思うが……寝すぎてボケちまったか……」

 

【そして――】


 魔神は再び視線をツキへ。


 放たれる雰囲気が、一変した、ツキはずっと固まってしまったままに見上げている。


【ツキちゅわ~~~~~~~~~~~~んん!!】


「「……………………え??」」


 同時に漏れ出たその声は、俺のだったか、ツキのだったか、判断が付かなかった、だってそれほどまでに場違いな、惚気た声だったのだから。


 魔神は上体を上げると、後ずさるツキへと半歩近づく。


「………あ、え、なんだか知らないけど、ツキっ、逃げるんだっ!」


 俺のその鬼気迫る声を聞くとツキは、神殿出口へ向けて走り出す。


【あ~~~~~んっ、待ってよおお! ツキちゅわ~~~~~~~んんんん!!】


「うわあっ!! やだやだやだやだっキモいよーー!! こっち来ないでーー!!」

 

【そおんなこと言わないでよーー!! パパ泣いちゃうよーー??】


 地震でも起きているかのように縦に揺れ動く神殿内部を走り回る小悪魔一人と、魔神、一人……一柱? 神だし。


 野太い声とミスマッチな言葉使いも相まって、言ってしまえば確かにキモかった。

 数分前までの緊迫感は、さて、どこへ行ったのやら…… 


 ……ん? そういえばさっきなんて言った?? 


「うひゃあっ!」


 あ、コケた。


【大丈夫かな~~?? ツキちゅわん??】


 服を払いながら起き上がるツキの顏を人間味のある表情で心配げに覗いている。

 

「うわああ!! みつにぃ助けてえええええ!!」


「……え、……って!! ちょっとまってちょっとまって!!」


 ツキさんこっち来たああ!! 後ろになんか連れてるうううううう!!


 俺は椅子を引き慌てて立ち上がる。

 ああ、逃げたい!! めっちゃ逃げたいけどそれは兄としてどうなんだっ!?


 そうこうしている内にツキは俺の背後へ、背中へと隠れた。


 前方からは大きな影が覆いかぶさる。 


【おやおや、そんなところに隠れてないで出ておいで? その可愛いお顏がよく見えない、もし出てきてくれたならばツキちゅわんに似合う可愛いお洋服をたんとあげよう】


「……ほんと?」


 物につられてひょこっと顏を出す。


【無論だとも、パパは真のことしか言わない】


「ぱぱ??」


【ああ、そうだ、神の血を引きし我が愛子よ】


 ……? やっぱり聞き間違えじゃなかったのか……じゃあ……


「どういう事だ?」


「國満、サタンの言ってることはな、そのまんまの意味だ」


 こっちに来て師匠はそんな不可解なことを言った。


「……いや師匠、ツキの親は俺と同じで……」


 そんなことはありえない……筈、でないとおかしい……

 

【我が絵空事を語っていると言うのか、不遜なる鬼の子よ】


「い、いや……そんなことは……」


 魔神は上体を屈め俺へと目線を合わせると、続けて言う――

 

【だが赦そう、仮にも貴様は我が愛子の兄故に】

 

 三度みたび、息吹が吐かれ、髪は強く揺れる。


「うう、なんかコーヒーくさい」


 俺のコートをギュッと掴み、顔を顰めるツキ。 


【ツキちゅわん……ごめんね? ……だがやめられんのだ、やはり寝覚めの珈琲は格別よ】


 ……コーヒー……飲んできたんだ……というか飲むんだ。


「その呼び方気持ち悪いからダメ」


【き、きも…………】


 アレレ、なんか傷ついてない?


【…………ツキよ……問おう……】

 

「なに?」


【……パパとお兄ちゃんどっちが好き?】


「みつにぃ」


 即答、ちょっとうれしい、いやかなり嬉しい。


【……くっ……じゃあもし結婚するなら……】


「みつにぃ」


 これまた即答、よし、結婚しようツキ。


【…………パパもう帰る……バイバイ】


 背を向け出てきた扉へ向けて歩いて行く、その丸まった背には、どこか哀愁を感じさせるのだった――。



「――て、オイオイ、俺は別に娘と合わせる為だけにここに来たわけじゃねぇよ」


 師匠は魔神の太い尾を片手で掴み引き留める。

 魔神はそれでも歩いているけど、……全然進めてない。

 

 ……仮にも神、……だよな……扱いが随分ぞんざいだ……師匠と魔神はいったいどういう関係なんだろう……ちょっと気になってくるな。


【離すのだ喰邪よ、尻尾が切れてしまう】


「ト……」


 カゲかっ! ……危ない、危うくツッコミかけた。


「あ、蜥蜴の尻尾切りってやつだね」


 ボソッと後ろから聞こえてきた言葉にはあえて触れないことにした。

 まあでも、爬虫類っていう表現はある種間違ってはいないのか、アダムとイヴの前に蛇の姿になってそそのかしたって逸話もあることはあるし。


「俺は本題をまだ話してねえよ、娘との和解、親睦の時間もこれからまだ作れる、だから待て」


【よかろう、神、待つ】


 向き直る魔神、距離を置き話し出す一人と一柱……一人称、変わっちゃってるじゃん……


「ねえ、みつにぃ、……あたし、みつにぃの妹だよね?」


 何処か不安げに見上げてくる。


「大丈夫だ、何があってもツキは俺の妹だ、例え世界が否定しようとも、それこそ、神が否定しようともな」


「……フ、へへへっ……」


「……ツキ……」……笑い方よ。


「……あ、……でもね、別にどっちでもいいんだ……だってね……」


 何かを言いかけるツキだが、話を手短に終わらせた師匠が魔神と共にちょうど帰ってきた。


【――力を欲すというのか、混じり気のありし人の子よ――】


 巨大な影が覆いかぶさる。


 その影に、心のウチガワを、ウラガワを、奥底を覗かれる。


【問おう、人の分際でなに故に悪魔の力を欲す――?】


 なぜ、力が欲しいのか――身の丈に合わないモノになぜ縋るのか――


 答えは決まっている、俺は影を見上げて言う――


 救いたい人が居る、取り戻したい居場所がある――それは秘めた想い――心底に――でもここで言うべき言葉は――


「ツキを守る為に、ただ一人のお兄ちゃんとして」


 静寂が訪れる、影が揺れる、神殿の白さがやけに、眩しく感じられた。


【答えに虚は無、猥雑も感じられず、ただひたすらに無垢である】


【先行く未来、担う役は神にも似つかわしい、其の行く道は茨故か、相応の力も必要だろう】


 魔神は述べる言葉をそこで終えると、扉へ向けて歩き出した。


 …………これは……この答えでよかった、という事なのだろうか……それとも、間違えてしまったのか……


【サタンと呼べ、敬称は自由である、元来、この名はこれで完成している】


「……え?」


「クハハハハッ!! 会話のみで一発合格とはやるじゃねえか國満」


「え、あ、合格なんですね……前世では面接60回は落ちたのに……」


 ……やな記憶思い出したな……合格したのに気分は最悪だ……


「あ、あたしは!? サタン様!!」


【いいよん】


 ……えぇ、そんなあっさりと……


【だが代わりにパパって呼ぶのだ】


「パパっ!!」


 ツキ、愛想100点だな。


「……よし、これで晴れて二人とも合格だ、まずは咲月嬢から魔界ペルガモンで力を得よう」


「……え、魔界? ぺるがもん? 修行するんでしょ? みつにぃと一緒じゃないの?」


「残念だが俺とサタンで一人を集中的に鍛える方針にする、最初は三日間、咲月嬢、次に同じく三日間、國満だ、休む暇は無いが修行を終え次の日の早朝を迎えたらすぐに共和国へ行く」


 ……三日、か……確かに、彼女達が何処にいて何をしているか情報が少なすぎるからあまり悠長にしていられる訳ではないけど、その日数で足りるのだろうか……まあ、なんにしても、教えを乞う側だから安易な口出しは許されないな。


「ねえ、みつにぃ、一人で大丈夫? あたしが居なくても寂しくない? 夜ちゃんと寝れる?」


「お、俺は子供か……」


 そんな心配されるほど何も出来なさそうに見えるのか……


「安心してくれ、お兄ちゃん一人で寝れるし、お風呂も入れるし、ご飯も食べられるから」


「夜は一人で出歩いちゃダメだよ?」


「ああ、お家でしっかりお留守番する」


「……ほんとに大丈夫ー?」


「ツ、ツキ……」


 ……本当に大丈夫……なのかな、俺……

 そこまで言われると自分で自分が信用できなくなってきた……


「咲月嬢いくぞ、サタンも待ちぼうけを食らってる」


「……うーん、でも、……ひゃっ!」


 師匠はその場から中々動きだしそうにないツキを片手で抱き上げ軽く肩に担いだ。


「じゃあなツキ、あばよ! もうお兄ちゃん一人でやっていけるから!」


「そんなあああ! あたし離れたくないよおおおお!!」


「俺も離れたくないよーー、ツキを連れて行かないでーー」


「なんか言葉に感情がないよ! ばかあああああ!!」


「あんまり暴れてくれるな、落っこちるぞ」


 悲痛な俺とツキの懇願を師匠はさらりと流し、扉の前で暇そうに胡坐をかくサタンの元へ歩き出す、 ――「ああ、こんなにも運命は残酷に、儚く、なんとも辛く悲しい別離かな、バイバイ、ロキ……――こうして、とある吸血鬼族の深き兄弟愛は尊い犠牲となり、暫しの別れとなるのだった――……」


「あ、ちょっとまってお師匠、みつにぃこれ預かっててよ」


 おい……俺のモノローグ風エピローグ……


 来てき来てと急かされたので仕方なく近づく。


「はいこれ持って、中身は絶対に、見ちゃだめだよ」


「ん、なんだこの可愛いポシェット……」


 嗅いでみる……クンクン、……スーハァ―……


「み、みつにぃ……犬……?」


「ワン」


「内ポケットにでもしまって置いてね」


「ワン」


「もう一回言うけど、中身は絶対に見ちゃだめだよ?」


「ワン!」


「ちょっとの間だけど、じゃあね、いぬにぃ」


「ワオーーーーン!!」



 こうして今度こそ本当に、俺はツキへ、暫しの別れ遠吠えを告げた。



















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