第二章 墨

第26話 堕りゆく天使




 何処からか言葉を聞いた。


 暗く落ちていく。


 気付けば私は、いちめん濃紫色の花々と、豪華絢爛な台座に座る大きな老人と、真っ白な翼を携えた人々に囲まれていた。


 そんな彼ら、彼女達は――


 皆一様にニコニコとしている。


 天使、……なのだろうか、ここは天国なのだろうか。


 周りの天使達と同様のモノを携えた私は、


 私は死んでしまったのだろうか。


 けれど、そんな事は正直どうでも良かった。


 今一番気になるのは、あの子達はどうなってしまったのか。


 無事だと良いのだけれど。


 泣いてしまってはいないかしら。


 怖がってはいないかしら。


 寂しがってなければいいのだけれど。


 ――特に彼は、


 独りにしてしまってはダメ。


 それが彼の唯一の明確な欠点とも言える。


 完璧な人間なんてモノは存在しない。


 それは彼に教わったこと。


 それが死んでしまった今になって、より感じる。



 そう、だからなんだろう。




 だから私は今――――




 こんなにも、涙が止まらないのだろう。





           ゚・*:.ʚ ♛ ♞ ɞ.:*・゜





 ――カツン、カツンと鳴り響く足音、床、壁、天井までも全てが鋼鉄で囲まれた場所、壁には数十本にも及ぶパイプが組まれており、緑、赤にピッ、ピッ、と明滅を繰り返す幾つもの光も見える。


 ――ここは機械族の住まう島、いや、巨大な飛空挺、その船内の薄暗い廊下。


「黒奈瀬さま、時間は掛かってしまいましたが以前に述べられた数名の人物の中の二人、例の彼と、梓川 咲月に該当する方がどうやら発見されたようですよ、まだ直接の接触では無く、飛空挺からの俯瞰映像に過ぎませんが、情報との適合率は両方共に96%を超えています。同一人物と断定してしまっても良いでしょう」


 「位置情報に関しては先程送らせて頂きました」と、最後に付け加えた深緑の軍服を着た、発光色のライトグリーンの髪色をした彼女は此方にサッと顔を覗かせ、イエローの双眸、その中心にある瞳孔を拡大させそう言った。


「えぇ、ありがとう、凄く感謝しているわ……あまり表情豊かでは無い方だから分かりにくいと思うけれど、貴方ならわかるでしょう? 私がどれだけ喜んでいるか、ね、シトラス?」


 言って、私はブレスレット型のアーティファクトから空間に小型のスクリーンを投影させ、位置情報の確認を取りつつシトラスへと顔を向ける。


「はい、瞬間0.2秒程ですが、左側の頬肉付近が0.1ミリ程吊りあがりましたよ、変化の乏しさがまるで私達見たいですね、ロボトミーでもされたのですか?」


「……あなたね……」


 ……とんでもないブラックジョークだ。教えたのは私だけれど。


 スクリーンを閉じ、頭を抱える。


 ……まったく、高精度なディープラーニングな事で。彼女達はもう右折標識を一時停止標識と誤認してしまう事は無いらしい。……いいや、時々間違える、ね。なのだから、単純な深層学習とも違うわね。


「つくづく思う事だけれど、ほんとに貴方達は人間となんら遜色ないわね」


「はっ、お褒めに預かり恐悦至極に存じますっ」


 背筋を伸ばし、一礼をしてみせる。


 ……絶対にふざけてるわこの子。こう言う所も本当に人間そのものだ。

 不気味の谷なんてものはとっくのとうに超えてしまっているのだろう。


「そう言えば黒奈瀬さま、私の名前は何故シトラスなのでしょう?」


 元々ASアイギスtype-01という名前の彼女は、私が付けた名前に疑問を覚えたらしい。


「ただのイメージカラーよ」


「そうなんですね、安直ですね」


 ……前々から思ってた事だけれど、時々会話にトゲがあるわねこの子。


「……彼、彼女が見つかったという事は、もうさっそく出て行かれるんですよね、黒奈瀬さま、……私達はまだまだ貴方に学びたい事が沢山あるのに……」


 悲しげな表情。


「……そうね……でも結局、も貰っていた事だし、遅かれ早かれ出ていくつもりだったのよ……それにね、また会おうと思えば会えるのだからそんな顔しないで? ね? シトラス……?」


「……はい……」


 両手を腹部の前に重ね、俯き翳る表情。


 私はそんな彼女へ提案。


「……最後に何か、聞いておきたい事はあるかしら? シトラス? 何でもいいのよ」


「……うーん、そうですね」


 顎に手を当て考える仕草。


「……はい、あります、ひとつだけ、どうしても知ってみたい事が、いえ、知ってみたい感情が……」


「……? なにかしら、興味があるわね、あなた達に備わっていない感情なんてもう無いでしょうに」


 目の前の彼女は胸に手をひとつ。


「……私は……ワタシは恋愛感情を知ってみたいです」


「……ぇ?」


 声が引っかかる感覚。


 ……驚いた。単純に。


 ……だってそれは、私だって未だに理解しきれないモノ。1番に私を振り回す感情。


「教えてくださいますか? 黒奈瀬さま」


 何処と無く恥ずかしそうに言う。


「シトラス?」


「……はい?」


 頬を赤く染めている。


 そんな表情が出来るのなら⎯⎯


 愛おしさからか、私はシトラスの頬へとそっと手を添えた。


「いつか貴方にも分かるわよ、きっと」


 首を傾げるシトラス。


「……うーん、なんでしょう。……あまり黒奈瀬さまらしくない回答ですね?」


「……そうね、そうかもしれないわね……」

 

 ――恋の味はきっとシトラス味。

 

 知っていることと言えば多分そのくらいのこと――。


 私の曖昧な返答に対し、彼女は唐突にパンッと両手を合わせ⎯⎯


「あっ、だったら手始めにまず黒奈瀬さまが探しておられた彼で試してみましょう、彼に贄となって貰いましょう、私は既に人間適合率90%に到達していますがその感情を知ればもっと高みに行く事が出来ます、ですので彼に私の恋愛感情の芽生えに貢献をしてもら――」


「塩水かけるわよ」


「ひぇっ、すみません」


 もちろん外装じゃなくて内部にね。


 肩を落とししょんぼり気味のシトラス。


 私はそんな彼女に分かりやすく、簡潔に説得を試みる。


「……あのねシトラス、今の所彼に確約されているのは7Pよ、これ以上増えてしまったら彼の身が持たないわ」


 諦めなさいと最後に付け加える。


「……そ、れは……仕方ないですね、撤退です、諦めます……」


 どうやら分かってくれたご様子。


 昔からだけれど私の説得力はまさに天才級ね。またひとつ自信になったわ。


 気分が高まりサッと髪を流す。


 ……そう言えば、こうやって私がテンションあがちゃった時に、いつの時だったか彼はこう言ってくれた事があったわね、『黒奈瀬、お前、案外可愛い所あるんだな(美化イメージ付き)』ってね、……ふふっ、そうかしら?


 ???


「……ところで黒奈瀬さま、そこでまた一つ疑問が浮かび上がったのですが、恋愛感情は果たして複数を対しょ――」


 とシトラスが何かを言いかけた所で何処からか、――カシュン、カシュン、カシュン、カシュンという機械音、背後から駆動音、間接の可動する音。


 カシュン、カシュン、カシュン、ズシン、ズシン、ズシン、辺りが上下に揺れ動く、ズシン、カシュン、ズシン、カシュン、――ブォォォォオオオオオ――!! ジェットエンジンが吹き荒れる。


「黒奈瀬お嬢さまぁぁぁああああ!!」


「ロボ太ね」


「ロボ太ですね」


 私とシトラスは突如現れた存在に目もくれず左右に展開し道を開ける。


「ちょ、ちょいちょいちょいちょいっ、ちょっとーー!? うわぁぁあああーー!!」


 灰色のシルエットが視界を掠める。


 数メートル先、前方の壁へと鋼鉄で出来た身体を派手にぶつける音。


 より硬度の低い方は粉砕へと至る。


 壁の方だ。


「イテテテテ、し、しぬかと思ったぁー」


 パラパラと崩れ落ちる瓦礫から立ち上がり、こちらへ振り返る全長3メートルはあるだろう大きな図体。


 徐々に姿を見せ始めたそのメカニカルな図体の後方に出来た大穴は、張り巡らされた魔力回路を通し、瞬く間に結合、修復を見せる。


「ロボ太の為にあるシステムね」


「そんな訳無いでしょう、黒奈瀬さま」


 抑揚なく軽くツッコまれる。


「も〜う、なんで避けるですか〜、僕のこの光り輝く外装に傷でも出来たらどうしてくれるんですかぁ……」


 怒りの表現だろうか、プシューと排気ガスを排出させてカシュンカシュンと近づいてくる、光沢のあるグレーで塗装されたメカニックなヤツ。


 というかメカその物。


 シトラス達ヒューマノイドタイプとは別でロボ太は重機タイプに当たる。


「ごめんなさいね、ロボ太、つい反射で」


「ほんとにもうー、まぁ、仕方ないですかねぇ、勝手に機動しちゃう不便な脊髄が人間にはついていますからねぇ、……そうですねぇ、代わりに、胸部を揉ませてくれたら許して上げましょう」


 正面に立ち、ワキワキと手の関節を動かすロボ太。


「シトラス、この子さっきの衝撃で何処か壊れてしまったようだわ、それに障害物との距離の把握も出来ていなかったようだし、きっと超音波センサーか何かが壊れてしまったのね、至急メンテナンスよ」


「黒奈瀬さま、現実から目を逸らさないで下さい、このポンコツはコレで完成形なのです」


「そうですよ黒奈瀬お嬢様、僕のこのポンコツ具合は高性能故なのです、高度な技術の為せる技なのですよ」


 自分で言うのねそれ。


「だからその慎ましやかな胸部を揉ませてくださ〜い、さっき聞こえてましたよ、何でもしてくれるんですよね、僕は人間の胸部の感触を是非とも確かめたいです〜」


 現在聴覚機能にエラーが発生しているであろうロボ太はまた手をワキワキとモーションさせ更に私の慎まし……一言余計ね、現在発展途上にある胸部へと近づけていく。


 補足しておくけれどこれでも前世よりは若干大きくなった方なのよ?

 これもシトラスから教わったシャワー室ルームでのモニョモニョマッサージのおかげね。


 ……意味があるのかはずっと疑問だったけれど。


 そんな事を思っているとワキワキと近づいてくる手と胸との接触まであと数センチ、なのでちょっと脅かしてみる事にした。


「あー、どうしようかしら、何故だか手から3億ボルトが出そうだわ」


 疼く手を掲げバチッとさせてみる。


「あひゃぇっ」


 ギュインと滑るようにして瞬時に後退を見せるロボ太。


 ……まぁ、流石に3億ボルトは出ないけれど、軽くショートさせて再起不能ぐらいにはしてみせるわ。


「はぁ、……貴方は会った時から全然変わらないわね、あいもかわらずってヤツよ」


「いえ、そこは勘違いしてもらっては困りますよ黒奈瀬お嬢様、僕が人体の胸部に興味を持つ人間は、いえ、全世界、全種族に於いても、黒奈瀬お嬢様ただ一人、貴方のみなのです!」


 何処か誇らしげに、ピッと背筋を伸ばし、可動音と共に敬礼のポーズ。


 そんな事聞きたくなかったわよ……


 やれやれと顔を振る。


「……まぁ、そんな事は置いておいて黒奈瀬お嬢様」


「……貴方から言い出したのでしょう」


「また、いつでも要らしてくださいね、僕達機械族は、黒奈瀬お嬢様ならいつ何時でも歓迎致しますよ」


「右に同じくです」とシトラス。


「えぇ、私の方こそあなた達からは色々と学ばせて貰ったわ、ありがとうね」


「いえいえ、滅相も御座いません恐悦至極に存じます」


 腰をまげ、手を重ね、こねこねこすこすとするロボ太。


 ……何をゴマすっているのかしら。


「存じます存じます」


 言って、その横で同じアクションを取るシトラス。


 それ、流行ってるの?


「貴方達はまったく……」


 私は、そんな微笑ましくもいつまでも変わらぬ彼女等に対して⎯⎯


「――ふふっ、まぁでも、最後くらいは胸を揉ませてやっても良かったかしら?」


 と笑いかけ、傍の壁に埋め込まれていたスイッチを押して乗降扉エントリーを開く、それと同時に入り込んでくる髪を踊らす乱雑な空気の流れを肌に確かに感じると、視界を遮る程の黒い翼を背に展開させ、私は眼下に広がる雲の下にあるだろう地上を求めて、――いや、彼、彼女達を探し求めて、羽ばたき、飛び立っていくのだった――


 ふと、その後ろからは――


「ぅえええーーっ!? い、今のお言葉絶対忘れませんからねーー!!」


「……黒奈瀬さま……めちゃ笑った……」




 そんな言葉が聞こえた様だった。







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