第27話 純白ッ
ぎゃぁー! 暑いっ、暑いっ、暑いよぉっ! そんな直射日光に晒された囁きの大森林奥地、その木々に囲まれたこの場所には頭部に角が生え、苔に覆われた縦横30メートル程の巨大な頭蓋骨が鎮座している、そんな謎の物体から目を逸らし、俺は金髪碧眼の鬼、五十嵐 喰邪と睨み合い、相対す。
あら? そういえば、我が愛しの宇宙一可愛い妹である所のツキちゃんはいったい何処におられるのだろうかとグルっと見渡してみると、近くの木陰になった大岩にちょこんと座って、こちらの様子を不思議そうに見守っていた。
俺はそんな少女へ手を振ってみる。
にこっ、ひらひら。
にっ、ひらひら。
返してくれた。可愛かった。天使だった。いや、悪魔っ娘か。
というかあのデカい頭蓋、なんなんだろ、魔物の骸か何かか?
「よーし、準備はいいか、まずは肩慣らし、様子見も兼ねて男らしく拳と拳の語り合い、肉体のぶつけ合いから始めるぞ、國満」
「えぇ、受けて立ちましょう師匠、上から下から右から左から、東西南北、どこからでも」
「クハハハッ!! 良いじゃねぇかその心意気、それなら俺は……、――正面から向かわせてもらおうッ」
そう大きく吐き捨てたかと思うと、肩を突き出し、タックルの形で突進してくる。
向かい打つこちら側としては怖くて堪らない、だって2メートルをゆうに超える巨体が突っ込んでくるんだもの、その姿はさながらブレーキの概念を失ったアクセル全開の大型トラックである。
俺は、その背に背負った大剣の重量も相まって総重量200Kgを超えているであろう、師匠を――
両手を大の字に広げ迎え入れた――。
「骨の一本は覚悟しろよぉッ、クハハハハハッ!!」
でもやっぱり怖かったので、身体を横に逸らして避けた。
ふぅ、一安心、安堵の息。
だがそんな束の間の休憩を他所に流れるようにして次の攻撃が襲いかかる。
繰り出される攻撃はこちらの頭部目掛けて鷲掴むようにして飛んでくる。
それを上体を後ろへ、地面と並行にして躱す。
更にそれを見計らっての容赦なく振り下ろされる拳の鉄槌、それも避けるが意識外からのこちらを振り返らずの轟速の張り手、これを「ぅおっ……」と危なげ“アリ”で躱す、だが更に続けて助走無しのドロップキック、流石に交わしきれなかったので両腕をクロスしガード。
――骨の軋む音、衝撃波と共に数メートル先、後方の大木へとぶち当たる。
……気付けば一連の攻防(一方的)が終わり、木の葉が宙を舞う中、師匠が余裕の表情でこちらへと歩んで来ていた。
……ふぅんむ、というかさっきから……
タックル⇒アイアンクロー⇒アームハンマー⇒逆水平チョップ⇒ドロップキックと……
「師匠絶対プロレス好きですよねっ!」
「クハハハハッ!! そうだな、俺は生粋のプロレス漢だ、前世では本職だったしなァ」
えぇ……プロだったの……、それなのに素人に割と本気な師匠である。
「……でもそれなら、俺も同じ舞台に上がらせて貰いますよ」
「……あ? イイじゃねぇか、みっちりとその体にたたきこんでやろう……」
言って目をギラつかせ眼前へと立つ師匠。
デカすぎて見上げる形になっている。
「最初はこいつだな」
その言葉と共に両手で頭を掴まれ、引き寄せられ、叩きつけられたのは――
「おっとぉっ!! ここでお師匠のヘッドバットが決まったぁぁーー!!」
そう、額に額をぶつけるヘッドバット、……というかツキさん、なんでいきなり実況始めた……
「っ! これは……痛い、痛い痛い痛いぃーーっ!!」
打ち付けられた額からはダラっと血が流れてきている。
まぁ、傷口は直ぐに再生するんですけど。
「くっ、師匠、次は俺の番です」
その俺の言葉を聞き高笑いをひとつ、「来い」と一言告げた師匠はこちらに自らの額を差し出した。
「お師匠選手余裕の表情、対するみつにぃ選手は悪い頭が更に悪くなっちゃった模様」
……おい。
ツキの実況は取り敢えず置いておいて、俺は差し出された師匠の頭を掴み、引き寄せ、力一杯に額を打ち付けた――
ドンッと、辺りに重い衝撃音が広がり、小鳥たちが我先にと飛びっ立っていく。
「クハハハハハ……」
「フフフフフフ……」
「デーモンマスク選手の挑発に乗ったヴァンパイアタイガー選手、額をぶつけ合った彼等は互いに余裕の表情を崩さないっ!」
……どっちがどっちかは分かるけどタイガーは何処から来たのかなツキさん……?
「おいおい、そんなもんかァ? 國満、優しすぎてチュパカブラでも止まったかと思ったじゃねぇかァ……」
「……まぁ、同じく吸血する種族ではありますけど……」
ヴァンパイアからチュパカブラはなんかヤダ。
“イケメン”度合いが違うからな。
「……な? ツキ?」
「……うーん? なにが〜?」
きょとん顔。
「オイ、まだ終わりじゃねえぜ? お前の好きな技を見せてみろ」
「……好きな技ですか……プロレスはあんまり詳しい訳じゃないですけど……よし、わかりました、ではとくとご覧あれ」
そう告げてから後ろへと下がり、2メール程距離を取ると――
――砂を巻き上げ、足をバネの要領で助走なしの側転、続けてバク転、更に空で宙返りを三回転(ここら辺はアレンジ)、勢いをそのままに、最後に師匠の胸元目掛けて渾身の肘鉄を放つ――。
「ぉおっとー!!チュパカブラタイガーのスペースローリングエルボー!! デーモンマスク堪らず後退!!」
よろめく師匠、そして俺は「チュパァァァアアアッーー!!」と威嚇をひとつするとその場で飛び上がり、師匠の首に両足で絡みつくと、その首を軸に――
「一回転、二回転、三回転、コルバタだっ、ゴルバタだっ、チュパカブラタイガーのコルバタだぁあーー!!」
最後は身体に捻りを加え、両脚で地面へと投げ倒す――。
ダンッと地鳴り、呻き声をひとつ、倒れる師匠、倒れてくれる師匠、素晴らしい受け手の美学だ。
「……クハハハハハッ!! やるじゃねぇか、前世で息子としたプロレスごっこを思い出すようだぜ……」
大の字で倒れたまま何処か満足気にしている。
……息子さん、大丈夫だったんだろうか、英才教育だな、ある種。
そんな師匠を見て油断をしていたのだろう。
「ラァッ!!」
軽く足払いをされる。
「ちょ、うおぉっ」
そのまま師匠の上へと仰向けに倒れ、そのまま腹の上に乗っかった所で素早く此方の両足の内側へと足を掛けられ、びろーんと開脚のポーズを取らされた。
この技はつまり、かけられる方はその羞恥でたまったもんじゃない恥ずかし固めという技。
「オラオラァ、どうだ國満ーー!!」
「ぎゃあああああ!! やめてぇぇええ!! こんなお兄ちゃんを見ないでツキぃぃいいーー!!」
高笑いの師匠、羞恥に悶える俺。
…………というか、俺達何してんだろう……修行つけて貰う筈だったんだけど、何故か気付けばプロレスへと移行している。
疑問符で埋め尽くされた脳内。……ふと、何処からかとてとてと寄ってくる足音。
「あたしもやりたいっ!」
……そんな事を言い出すツキだった。
⬛︎
「……えいっ、えいっ!」
「ぐ、くぁっ、もっとだっ、もっと強くても良いんだぞツキっ!!」
「うんわかった! うおりゃあ!」
「あがぁっ!! んんっ、あは、んっ、そこおっ!!」
という事で現在ツキからの御要望もあり、俺は四つん這い、無防備に晒された背中を素足の女王サマに幾度も踏みつけにされている。これはプロレスで言う所のストンピング。
「大丈夫みつにぃ? なんか息上がってるけど……」
「ハァ、ハァ、ハァッ、だ、大丈夫だっ、……でもなんかちょっと新たな境地に至りそっ、ハァ、魔界への扉、開きそッ、ハァ、悪魔だけに……ハァ、ハァ……」
「……みつにぃが何言ってるかよく分かんないけど、分かったら行けないんだと思うだけど、……取り敢えず休ませてあげる」
「……あ、あぁ……さんきゅう……」
休息の提案に有難く従い、仰向けになる。
「ふう……ちょっとつかれ」
「えいっ!」
「がふっ!?」
唐突に目の前が暗闇に落とされる。
「そりゃ、アレだなァ、マウントポジションってヤツだ」
そう、大岩に腰掛けた師匠の補足通り、コレは仰向けになった相手に馬乗りになり、有利なポジションを取るプロレス技だ。
……容赦ないな……でもツキさんや、俺、スカート被ってます。
――そして、ぉおっと……これはこれは……見えるか?! 見えないか?!
……でも残念、暗闇なのでなにも見えない。
「みつにぃ……? どうしたの?」
だが俺は諦めない、諦めきれない、深淵はな、覗く為にあるんだ、そこに心惹かれる深い闇がある限り、俺はその深き漆黒を暴こうぞ。
――ジリッ、
キランッ! フッフッフ……
――仄かに赤く灯された視界、
「……みつにぃ……?」
……み、みみ、見えるぞ! 一寸先は闇、漆黒の黒かと思われたそこには穢れなき純白の白が垣間見えていた……
ピュアホワイトォォォ……
我ながらアインシュタインもビックリの天才的閃き。
そういえば漆黒の黒と純白の白って重言になるのだろうか。
「あァ……そういや、お前らが殺り合った白昼夢の悪鬼についてなんだがな……」
「え? この状態で話す感じですか」
「みつにぃはお口チャック」
「……ふぁい」
「……前にも言った気がするが……ありゃあ、幼虫だな」
「え? 幼虫ですか?」
「え? カブトムシ?」
「……いや、カブトムシではないだろツキ、角二本だったし、どっちかと言うとクワガタだ」
「あぁ、そっかぁ〜」
ポンと手を合わせ納得顔のツキ。……俺にはその顔が見えないが。
「いや國満、カブトムシも角二本生えてるだろう、上にちっこいヤツがな」
「……ん? あぁ、そっか……」
というかカブトムシの話今どうでも良くない? 師匠までその話に乗っかたら話が銀河鉄道だ。
「あたし思うんだけどさ、カブトムシのメスってもう完全にアレだよね」
ほらね、スリーナイン。
「クハハハハ、そうだな、ありゃもう完全にデンジャラスなGさんだなァ……」
カサカサカサッ、黒光りするアイツが脳内に掠める。
……この世界にも居るのだろうか、神出鬼没の
いや、そんな事より。
「それで、幼虫ってどういう事ですかね?」
「あん? ……あぁ、つまりだな、アイツは何れ巨神獣へと成長する個体だ。巨神獣はどいつもこいつも元はあの形、白昼夢の悪鬼って事だなァ」
「……そうなんですか、結構重要そうな事なのに魔術学校じゃ習いませんでしたよ」
「そりゃあそうだろう、これは秘匿情報ってヤツだからよ、バレちまったら一発派手な戦争でも起きるかもなァ、クハハハハッ!!」
……え、今のとこ笑う所だった? ……出ても空笑いだぞ……はは……
「お、俺という存在が核爆弾に……」
「み、みつにぃ……こ、こしょばいよぉ……」
「ん、大丈夫だ、ツキ、絶景だ」
ガッツポーズを取ってみる。
「うん? 何言ってるの?」
脳内フォルダに保存。世界三大夜景スポットに登録と。
……これはアレだな、元の世界で言うナポリを見てから死ねってヤツだな。
……なんの話だ。
「……まぁ、そう心配するな、國満にはこれから大いに役立って貰うからよ、巨神獣の正体についてのもっと深い所も共和国に着けば俺が教える事になるだろう、これは対等な関係、等価交換ってヤツでもある」
「ああ、そういうことですか」
そう、師匠が言ったように修行を付けてもらう変わりに条件としてやってもらいたい仕事があると言われている。此方としてもその申し出は有難い。どうやってお礼をしようかと迷っていた所だったし。
その条件の内容については共和国に着いてから話すとの事、俺とツキもこれからの行先は共和国だったので助かることこの上ない。
そして更に、耳寄りな情報として見つかった咲月ちゃんを除き俺が探している彼女達の名前についても心当たりが二人程あるらしい。他の三人についても捜索してくれると言ってくれている。
……とまあ、こんな感じで、師匠はこうして色々な事を教えてくれるし、ツキにはあの時、――折れかけた心を救ってもらった。
……ほんとに、この二人には頭が上がらない……地べたに頭擦り付けてそのまま地面突き抜け地底人とあいさつする勢いだ。
「でもお師匠、みつにぃに危ない事させるんでしょ……?」
何処か心配気な顔。見えないけど。
「ああ、そうだな、みっちりと鍛えてやるつもりだが危険が無いとは言えない」
師匠は腕を組み大きく頷いた。ような気がする。
「良いんだよツキ、心配してくれてありがとうな、でもこれは絶対にやらなくちゃならない、これは俺の、自分の為でもあるしな」
俺は固い決意を告げる。スカートの中から。
「……うん……あたしもみつにぃの役に立てるようにもっともっと強くなるからね!」
ん、アレレ、なんか罪悪感……流石にもう出よう。
「ひゃっ!」
ツキの脇に手を当て持ち上げ隣に座らせる。
俺はよいしょと立ち上がる。
「みつにぃ? なんでおめめピカピカなの?」
おっとぉ、こいつは失敬。
軽く目を閉じ、再び開ければハイ元通り。
「……暗く落ちゆく深淵、その漆黒の見えざる深みには、潔白の世界が広がっていた、きっとそれは、俺を更なる高みへと導いてゆくだろう……」
「みっちぃは昔からたまに変な事言うよね」
軽くスカートを払い立ち上がりながら仕方ないなという感じの呆れ顔。
「……あ、ちゃんと覚えた? みつにぃ、今日はリボンの付いた白のレースだったはずだよ?」
「……ふぇっ?」
バレてた!
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