第溢幕

第24話 狂いと、





 暗い。


 黒い。


 ――しんと、心地よく鎮まった世界。ここは何処だろう、気付けば世界は色濃い黒に鎮まっている。


 そんな世界に一条の白が降り立つ。


 眼前の輝きは少し広がりを見せた後、足元をキラキラと照らしだす。


 その光に惹かれるように、世界の視点を下げてみる。


 暫くすると、その眩い白には、緑がワラワラと、拠り所の無いつるが侵食していく――


 ゆっくりジワジワと――――


 軈て蔓には、赤い蕾が芽生えていく――――


 ゆっくりヒソヒソと――――


 そして、その赤い蕾は――


 ――唐突に咲き乱れた。


 狂ったように咲き乱れていくその真っ赤な花は、自我を惑わし、喪失感を及ぼし、狂いを与える。


 嘆きの狂乱に咲き乱れた赤花の中心には、心惹かれる銀の輝き。銀の糸。良く知ってる少女に似た銀の。


 チラチラと光る銀の輝きはよく見ると、辺りに満遍なく散在している。


 その銀は、無造作に散らばり散在した銀は、やがてどす黒い赤に侵食され、輝きを取り込まれ、逃げ場のない狂気に侵され―――………


 ふと、何処からか意識を感じる、不思議に思い、その意識の在り処を探してみると、天からの光に照らされたその咲き乱れた赤の中心には、何処か愛くるしいさを感じさせる純真無垢な丸い球体。いや、ふたつの眼球。こちらをギョロっと見据えている眼球。可愛い眼球、キュートな眼球、眼球、眼球、眼球、眼球、ナゼ、眼球?、眼球、眼球、眼球、眼球、眼球、眼球、がんきゅう、ガンキュウ、少女の、ダレノ――――?


「――ッ、ァァァァアアアアアアアアア!!」


意識の覚醒、絶叫と共に口腔が開き切る。


「……ハァッ、ハァッ、ハァ……クソッ」


 ゆめ、夢か、夢だ、また俺は、悪夢を見ていた。


 夢の癖に妙に現実感のある夢。


 いや、これは夢などでは無く、有り得た未来だったのかもしれない。


 いや、――もう過ぎ去った過去か。


「……ここは、どこだ……」


 ――塗り潰された暗闇の中、妙な気だるさを感じつつも、灰色の壁に囲われた暗い部屋のベットから身を起こす。


 俺は、未だハッキリとしない意識の中、朧気な記憶を遡る。


 ……そう、だ……俺とツキはクエスト中、白昼夢の悪鬼だとか言う化け物に襲われて……師匠に助けてもらって……それで……


 ……ああ、思い出した。


 俺は帰りの道中で倒れたんだっけ、身体機能は完全快復した筈なのになぜ倒れてしまったのだろう……


「……たく……情けないな……」


 ここは師匠のねぐらか……?


「……ツキと師匠はどこに居るんだ……」


 ……外、出るか。


 クラっとした頭を振りつつ、ミシッと軋むベットから出て立ち上がる。


 そんな中、ふと、気付く。


 焼失していたはずのコートは、前と同じような新しいものに着替えさせられていた。


「……あとでお礼言っとかないとな……」


 そう呟きながら扉のある方へ向かい、ゆっくりと開く。


 立て付けの悪い、ギーッとした音が響く。


 それと同時に飛び込んでくる光。


 網膜に突き刺さる月の光。


 いつか見た、いや、いつも見ているその光に誘われるようにして、外へと出て行く。


「……なんだ、ここ……廃墟……? 城……?」


 夜空、天上からの月の光が差し込む吹き抜けになった石造りの灰色の大広間。


 右隅には下に続く階段が見えている。


 疑問の中、辺りを見渡すようにしながら、硬質な靴音をトツトツと響かせ、その大広間の中心部分まで行って、留まる。


 ――――静寂。


 ……静かだ。ここは物音一つ聞こえない。


 壁面に均等に点在する灯火は現在使われていない。崩れ、壊れてしまっているものもある。


 ここに存在する事を赦される光は、辺りを満遍なく照らしだす、あの頭上からの銀の輝きだけ。


 その光に満ちた空間の中、目の前の暗闇をジッと見詰める。


 見飽きた暗闇。何度も見た暗闇。ソレと見詰め合う。覗き合う。いや、一方的に覗かれる。


 ――どこだ、何処にいる。


 ふと、背後から、視線。……ソイツを振り払う。


 誰も、居ない。知っている。ソイツは居ない。でもいつも何処かにいる。いや、必ず背後にいる。


 ……存在に気付く、背後の暗闇から伸びた異形の舌先に背筋を舐められる。


 そのゾッとする戦慄を振り払う。


 ……また、か、視線、背後。振り払う。


 ……また、舌、感覚、舐められる、振り払う。


 ……また、背後、視線、振り払う、舐められる、背後、振り払う、視線、振り払う、振り払う、振り払う、振り払う、振り払う、振り払うL振り払うL振り払う……や、めろ……やめろっ、やめろやめろやめろやめろ、まとわりつくな、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろっ!!


「――やめてくれっ!!」


 声が反響していく。


 ――辺りには何も無い事を証明する。


 


 再び、しんと静まり帰る。



 ――そんな中、声が響き渡る。


 ソレは―――己のウチガワ―――…………


 ――新タ、――新タ。新タ。新タ。


 ―――お前は何も悪くなんてないんだ、新タ――。


 ……? 何処からか声。……親父……?


 ――ねぇ、聞いた? 近所の白雪さんのお父さん、自殺したそうよ……可哀想にね。


 聞こえない。何も。聞こえない。


 ――お亡くなりになられた初世 愛歌さんですが、……そうですね、まだまだこれからだったでしょうに、惜しい子を喪いました。


 ……み、見てない。なにも。見てない。


 ――お、人殺しが帰ってきたぞ。……こら、そんな事言っちゃだめでしょ。……だってさ、2組の時折……


 ちがう。違う。おれ、おれじゃ。


 ――あなたが殺したんでしょ!! うちの娘を返してよ!! 墨音を返してっ!!


 あゝ。


 ――新タくん、あなたは何も悪くないわ、咲月が居なくなったのはあなたのせいじゃない。


 み、かさん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。悪いのは俺です。殺したのは俺です。だからそんな目で見ないでください。


 そんな目で、俺を……


「ァァァァアアアア……」


 ああ、そうだ、そうだろう、俺は何度も何度も自問自答している。繰り返している。彼女達を殺したのは俺だと言う事を、何度も何度も、そんな俺のこの手は、もうとっくのとうに――穢れてしまっている。


 ……だって、だってそうだろう?


 俺はもっと昔に、彼女たちへの大罪と、そしてもうひとつ、罪の根源はもっと昔にある。


 ほら、思い出してごらん、だって――


 ――徐々に、何処からか、ゆらゆら、揺らいでいる、ボンヤリとした何かが見えてくる。赤、赤、赤、赤、赤、赤、染まりゆく赤、潰される赤、咲き乱れる赤、中心には――? 

だが突然、――覆い被さるようにして見えてくるまた違う赤、新しく刻まれた鮮烈な光景。


 ……それを思い出す、また思い出している、なにを、知らない、俺は知らない、何も知らない、いや、知っている、知っているだろ、ほら、段々と湧き出てくる。あの頃の、いつの頃からの、罪悪、罪過、罪の意識、その深さを―――。


 この罪は、もうとっくに俺の許容量を超えている。


 その罪は狂いを孕み徐々に膨らんでいく。


 感化され、伴い、蘇る、グチャグチャに混ざりあったアノ景色。


 ――赤黒く染まったアノ子達の――。


「……いやだ、いやだいやだいやだっ!」


 必死に頭を掻きむしる。破裂してしまわないように、抑え込む。

 だが、その狂気を孕んだ記憶は、感情は、燻り、蟠り、プクプクと風船のように膨らんでいき、やがて―――


 ――パンッと綺麗に弾け飛んだ。


「……ヒッ」


 それを合図に待ってましたとせきを切ったように踊り湧き出てくる狂乱。


 ―― 一瞬。荒れ狂う魔力の乱れが外界で踊り狂う。


「……ァァァァァァアアッ――――!!」


 この狂いに歯止めは効かない。


 俺はこの狂気に、何時までも偏在し続けるのだろう。


 狂いに抱き込まれ、引き摺り込まれ、より深く濃く、沈んだソコでは複雑に四肢をから娶られ、抜け出そうなどともがけば更に複雑に雁字搦め、ソコからは決して逃げ出す事は叶わない、あってはならない。


 この混沌とした無秩序な狂瀾きょうらんに笑いが込み上げてくる。


「ァァ、アッハ、ァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ⎯⎯⎯!!」


 不純物の混ざりあった気持ちの悪い声が辺に響き渡る。


 そんな狂音に吐き気がして、その発生源である喉を、首を、這ってきた虫を取り除こうとする様に掻き毟る。


 ――ガリッ、ガリガリガリガリ……


 皮がめくれ、爪が深く入り込み、途端に血が吹き出すが関係ない。


 だってまだ煩わしい害虫は、下から上へと這ってくる。


 ――――軈て、害虫を皮ごと剥ぎ終わる。


 眼下には首から滴る真っ赤な血。ヒリヒリ悲鳴をあげる首。


 だが、再生は軈て追いつき――また害虫どもの苗床となる。


 だから、再びそこに点在する汚らわしい蛆虫どもを皮膚事取り除くようにして、更に首をガリガリと引っ掻き回していると、唐突にゴリッと引っかかる硬い音。…………骨。


「……ハァ……」


 そこまで到達したらやっとの事、首を這う痒みはおさまり、穢らしい笑い声も収まるが、次にふと耳へと、意識を切り替えてみると。


 ザワザワと、耳朶へと侵食する羽虫の音。


 ――ザワザワザワザワザワザワ。


 耳障り、耳障り、耳障り、耳障り。


 狂う。狂う、狂、狂、狂、狂、狂――……


「ヒッ、アハッ……」


 その音は、狂騒は、狂喜を与え、再生を与え、軈て、熱狂へと至り、沸点を越え、へと変貌。


「……ァヒッ、ァハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!」


 ……何時までも留まることを知らない熱狂。だが、その熱は自然の摂理か――――…………


「ハハハ……ハァ……ハァ……ァァ……」


 ……徐々に寄せた波が引いていく様にして、聞くに耐えない羽虫のざわめきは収まっていく。


 狂気に玩弄されている。


 いや、俺こそが、――狂気そのものなのだ。


 そう思うとスッと冷え切り、醒めた頭で己の無様さにクスッと冷笑しつつ、過ぎ去った熱狂の余韻に独り浸り、そんな己の滑稽さに、醜態にどうしようも無く可笑しく感じてしまい、先程からの――頭上からの視線、己の痴態を晒しだす天に浮かぶ忌まわしき月を見上げると、また、口を大きく開口し――――


「ハッ……アハッ、ァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――――!!」


 ――ってな感じで、


 ――頭抱えて笑っちまう――。


「ハハハハッ…ハァ…あ?」、何処からか、ヌラッと蠕動する感覚。何だ、この俺の中に住み着く俗物共は、なぜそこに居る、何故そこに居れると思っている? ああ、 そうかそうか、そうだったか、今まで上手く行かなかったのは、きっと全部コイツ等の所為だ、「…アァ…ウザイなぁ…」ということで、少しウザく感じたので、頭の中で動き廻る感情が凄くウザイので、サクッと手で頭蓋を突き破り、脳味噌を捏ねくり回し探し出してみる事とする。さぁて、何処だ、何処にいる? 怖く無いから出ておいで……おっ、発見、目標目視にて確認。……なんちゃって、残念、眼球は裏側には御座いません。ってオイオイ、逃げるなよこっちだ、良い子だからこっちに来な、そんなにここに居たいのか、何処までも必死でイタくて健気なヤツ。おっと、いたいた、コイツだな? 隅っこに小さく蹲っちゃて、可哀想に、――ソイツが余りにも痛々しく弱々しく感じたので、仕方が無いから、引っ張り出して診てあげよう。でもいきなり掴むと恐いと思うから、先ずはちょんっとソイツを突っつくと、ピクンと震えて更に小さく蹲る。なぁに、心配は要らない、Naチャネルは開き活動電位の電動は止まらず、麻酔は少々効き目が薄いが痛いのは一瞬だ、て言っても、鈍感なコイツに痛覚は無いんだっけ、ダイノウヘンエンケイ、馬鹿なヤツ、ドウデモイイカ――てな事でそっとソイツを包み込み、適度に引っ張って見るけれど、ピッタリと癒着してしまって中々取れそうに無い。何てこった、何だコイツは、もう目も当てられない、何処までも醜い、恥ずかしげも無く命乞いか? まぁ良い、俺とオマエは長い付き合いだからな、時間を掛けてやらん事もない、どうだ寛容だろう。そうだな、今までのやり方に囚われてちゃ駄目だよな、何事も、色々な視点から見てやる事が重要だ。因循姑息せず、複眼思考、試行錯誤し、首鼠両端にならず、進取果敢せよ、という事で、無理に引っ張ろうとはせず、少しやり方を変え、接着面と接着して中々剥がれないシールを剥がす様に、カリカリカリカリとその輪郭を引っ掻いて見る。でも直ぐに崩れてしまうので、仕方なく引っ掻く側面を変えて見る、カリカリカリカリカリ、ガリ、カリカリカリカリ「…アァ、フフッ…」何だろう、段々気持ち良くなって来たな、でももう良いや、なんかもう面倒臭いし。――ベリッと力任せに、張り付く物を引き剥がす様にして、頭の中に突き刺していた手を引っこ抜き、その血と脳漿塗れの手中をじっくりと確かめてみる。いきなり外に出たから寒いのか、プルプルと震えているご様子。色は、ピンク色、コイツは蚓かな、なぜだかコイツは身体の至る所にいらっしゃる。「ハァ…」そう思い至って見ると、身体中のありとあらゆる場所に、煩わしい害虫が這いずりまわり、ジュクジュクと寄生しているのを感じれる、「アハッアハ、アハハハハハハッ!! ……気付かなかった、こんなに沢山……」居付いていたんだ。待ってろよ、今摘出してやるからな、取り敢えず、手の中にいるコイツは潰してポイだ。――ピンクの蚓はプシュっと赤に花開く、最後の悪あがきか、当て付けのように飛び散った液体は顔に斑点を付けていく、真っ赤に斑に染まる顔。なんなんだコイツは、最後まで俺の気分を害しやがって、己の事を益虫と思い込んでいた哀れな害虫風情が、まぁ良いケドな、最期は派手に消えてくれたんだ、「フフ…」笑えるな。よし、次だ次、お次の獲物は皆さんご存じ、お腹の中に蠢く大物だ、取り出し方はまず先に、指先でお腹の上を縦に切開致します、途端に沢山血が噴き出てしまうけれど、それはまぁ、ご愛嬌と言うことで。ん? 切開する時に少し巻き込んでしまったのかな、ちょっとだけ、ひょこっと何か飛び出できちゃった。内蔵が飛び出てパックリと開いたその身体は、まるで切り傷から綿が飛び出たお人形さんみたいだね。――そしてお待ちかね、コイツを獲るコツは、まだ自らが狙われている事に気づかない内に、素早く掴んで捕えてしまう事だ。でも待って、焦りは禁物ですよ、慎重に、テンポ良く、順序よく行きましょう、そしたら上手く行くからね。よしでわ行ってみようフェーズ1、まずは獲物を索敵致します、お次にフェーズ2、目標発見次第狙いを定めて、そして最後にフェーズ3、その裂け目に素早く手を入れ引っ掴む。ほら出来た、意外と簡単。ヌメっと粘着く肌触り。でも何だろ、思ってた感触と何か違う、いや、感触は合ってる、違うのは形か、この丸みは確か胃袋だ。すまんすまん、これは失敬、ごめんな、お前じゃ無かったな、先に駆除した虫の所為で、視界不良で手元が狂ったみたい。でももう掴んでしまったし、どうせお前ら繋がってんだし、同じ事だろ、だから一緒に出て来なさいゴミ虫共。――ズルズルっとヌラつく胃袋を引っ張り出すと、一緒になって仲良く蠢く大蚓が顔を覗かせる。やぁ、こんにちは、いきなり引っ張り出して悪いけど、君の居場所はここでわ御座いません、だからほら、もっと出ておいで、――ズルズルズルズル更に引っ張る。ほんとに長いね君は、こんなになるまでいったい俺の何を啜って生きていたんだ、ほら、教えてくれよ、答えなさい、早く教えなさい、でないとこうですよ、口を割らない悪い子にはお仕置です、教育的指導です。――掴んでいた胃袋をプシュっと握り潰すと、空いた口に酸っぱい汁が入り込む、「...ヴッァ、ッ」、何てものを溜め込んでるんだコイツは、きっと何か良くないモノでも食べたのだろう。まぁいいや、他のモノは食べていない様だし、今回だけは許してあげましょう。よし、さぁ待たしてごめんね、大蚓クン、お友達の様に成りたく無ければ、正直に何を食べてしまったか言いなさい。――カレを手に乗せて、中々口を割らない子供に語りかけるように訴えかけてみる。するとカレは、まるで芋虫が這うようにグネッと上下に伸び縮み、したのはいいケドその後カレは直ぐに黙り込む。ほらほら、そんなにしょげないで、そっぽを向かないの、うん? そう言えば君のお口は何処にあるんだい、さっきから全然喋らないと思ったら君にはお口が無いじゃないか! 怪我でもしたのかい、そうならそうと言ってくれたら良かったのに、だから残念、無口な君にはやっぱりお仕置です。――大蚓クンを、お友達と同じ様に潰そうとして見るけれど、何故か手が震えて滑り落ちてしまう。「……なん、でだ……」そうか……これもきっと君たちのせいなんだね、いったい俺の何が気に食わないんだい。いや、違うか、そうやって何かに縋って無いと生きて行けないんだね、寄生虫だもんね。……なんだかイライラして来たな、なんで俺に寄生してるんだ、なんで俺を選んだんだ、こんな所に居ても意味無いのに、仕方無いのに、だって悪いモノしか食べて無いからね、おこぼれで甘い汁を啜ろうと思ったんだろうけど、出てくるのは顔を顰めてしまう程の苦汁だけだ、可哀想に、これは君たちの失敗だね、反省し、この失敗を糧にこれからは別の場所で生きて行くんだよ、でもその前に、この怒りの矛先を君に向けよう、いやぁホント、まさかこの憎悪と怒りの矛先がこんなにも近くて分かりやすい場所に居ただなんて驚きだ。――てな事で、両手を交互に使い、ズルズルズルズルと引っ張り出していく。……んーやけに長いな、「……ははっ……」面倒くさ。もう、引っこ抜いちゃえ。――心機一転。ズルッと力任せに引っ張り出すと、大蚓クンは真っ赤な液体を噴き出し途中で派手にちぎれてしまう。あぁこれはアレだ、まるでトカゲの尻尾みたいだ。こいつらは最後の最期まで保身が優先みたい。恥ずかしいやつら。お似合いだな。誰に?まぁ、いいか。取り敢えずこの子ももう要らない。必要ない。――ポイッとピンクのカレを真っ赤なプールに投げ捨てると、パチャンと音を立てビチビチと痙攣し途端に動かなくなる。うん、これで、「……オワッたぁ……?」……ポタポタと、辺りに響く音。滴り落ちていく感覚。お腹に空いた大きな穴。それでも俺は生きている。生きてしまっている。……なぜだ、なぜ、うん? 「……ァァァア゛」なんだ……? ……かゆい、カユイ、痒い。うでが、ウデガ、腕がっ、……むず痒い。コイツだ、コイツのせいだ、触れるものを全て壊してしまうのはきっと、全部コイツのせいだ。だから抜き取ってしまおう。取り外してしまおう。だっていらないだろう?こんなモノ。――そうと決まれば一息に、右手で左の上腕辺りを鷲掴み、クイッと捻って、「ゥ゛、アアァァァ」痛い、痛い、痛いっ、いや。痛くない、こんなのこれぽっちも痛くない。痛い筈がない。というかそんなことよりも、これは案外時間が掛かりそう、だって引っこ抜こうとしても、ブチブチ鳴るばかりで中々引き抜けそうにない。なんでだ。なんででしょう。……んー、あっ、わかりました。俺はなんて稚拙なやり方をしていたのでしょう。これじゃあ一向に引っこ抜くことも出来ないワケです。邪魔だったんだ、この中身の硬い部分が邪魔だった。だからまずはコイツを壊してしまおう。――てなことで、裂けて隙間の出来た腕を数回叩いてみる、けどコイツがまた中々にしぶとい。なのでガシッと再び鷲掴み。くの字に外側へ向けて力を加えてやると、バキッと音を立ててへし折れる。……やった、やったぞ、遂にやってやった。ことを成し遂げた事のお祝いに、ニィッと口角を上げ祝福だ。……とまぁ、そんなこんなでそこからは、いとも容易く引き抜くことが出来ました。――ドバドバドバドバと流れ出る、まるでパイプの壊れた蛇口みたい。……おっと、そうだね、まだキミが居たね、待たせてごめんね、お次は居残りクンの右腕サン、と思ったけど、「ヒァッ、ァァア……」なんだか視界がグラグラ揺らいで見えてくる。白い光がチカチカとざわめき出す。あぁ、これは凄く煩わしい。この発生源はどこだろう。このせっかくの綺麗な絵画を醜く映し出すのはどこのどいつだろう。……あぁ、本当にゆらゆら揺れる。チカチカ瞬く。ギョロギョロと忙しない。ギョロギロ、ん?ギョロギョロ……なんだこの感覚、どこからだ。ヤツはどこに居る。ギョロッと辺りを見渡す。ギョロギョロ追ってくる。いや、待てよ……あ、なんだまた、灯台もと暮らし。お探しのアイツは眼窩ここに居た。ヤツラに植え付けられた卵はこんな所にありました。右腕の前にまずはコイツを潰してしまおう。だってコイツが居る限り、俺の未来に安泰はないんですから。――カランと何処からか鳴り響く、つられて下をみると銀に輝く小型のナイフ。どうやら懐にしまっていたのが落ちてしまったみたい。でも丁度いい、コイツを使って摘出してしまおう。ガン細胞は早期発見、早期治療を心掛けましょう。――まずは真っ赤な血に濡れたナイフを手に取って、鋭利な刃先を右の眼球に向けて、少しづつ近づけていきます。その眼球との距離は僅か1cm程度で一旦停止。「…ァァ、ハァ…ァァッ」何だか少しドキドキもしてきました。手元もプルプル震えて来ます。でも仕方ありませんよね、だってこんな医療行為は初めてなんですから。だから少しくらいブルッちまっても無問題。さぁ、そろそろ行きますよ、せーので――サクッと眼球通過、奥まで深く突き刺さる。続いて勢いよく引っこ抜く、また突き刺して、引っこ抜く、何度か繰り返して、引っこ抜く。――黒く欠けた視界、力が抜けカランと得物を落とす。「…ゥェ…」何だか気持ち悪くもなってきました。胃の中のモノを戻してしまいそうです。あ、でも安心、胃袋クンは先程摘出した後でしたね。――そんな事を暫時続けていると、何だか気持ちがスッキリ、熱くなっていた身体も徐々にヒンヤリと冷えてきました。これで取り敢えずは一安心。蠢く虫けら共は苗床から遂ぞご退散。うん? でも待って、全身が何故だかまた熱くなってくる。体中の至る所が疼き出す。醜く蠕動する感覚。むず痒くなる。ボリボリ引っ掻き回す。掻き回す、掻き出していく。全身の至る所。でも追いつかない。何度も繰り返す、だけれど、……なんて事だ、――気付けば全部元通り。ヤツラは再生を繰り返し、居心地の悪い寄生先へと帰って来ました。どうやらこんな劣悪環境がお好みらしい。「…フザケんなっ…なん、でだ」なんで、何故、何故、故に? ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼッ、「もうやめろっ……!」――苛立ち感化され、再び煮えくり返る腸を鷲掴みにいく。皮膚に爪を食い込ませる。厚い筋繊維に深く突き刺さる。プシュッと血が吹き出ていく。構わない。全て一緒くたに蚓共を勢いよく引っ張り出す。引きちぎれた蚓を宙へと投げ捨てる。両手を使い交互にちぎっては次々に宙へと投げ捨てる。蚓共は再び再生を繰り返そうとする、だが構わず続ける。ちぎっては捨て、ちぎっては捨て、ちぎっては捨て、ちぎっては捨て、終わり来る事ノ無い永遠ノループ。


「……ァハッ!! アハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!」


 膨れ上がり続ける際限の無いワライに呑み込まれる。

 ふと、また何処からか慣れ親しんだ視線を感じ、頭上を見上げる。月夜を。


 そして銀に輝く丸いアイツに、見せ付けるようにして続ける。


 ちぎっては捨てちぎっては捨てちぎっては捨てちぎっては捨て、終わらない、終わらない、終わらない、オワラナイッ、ちぎっては捨てちぎっては捨てちぎっては捨てちぎっては捨て――――


「アァ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ――!!」


 ――虫ケラどもは空に舞う。

 月の光に醜態を暴け出され赤く滑稽に踊り狂う感情のkrump dance――……


 真っ赤に染まった瞳は月を紅く映しだす。


 ――感極マる絶景。


 空に浮かぶ真っ赤なアイツを抱き込むようにして両手を広げる。


 視界の横に掠めていく影。


 赤い月夜に舞った虫ケラ共は、バタバタバタバタと落ちてゆく。


 地に堕ちた虫ケラは、濁った赤を残し黒く派手に爆ぜてゆく。


 あ、ぁあ。


 はっ……?


 ――グルン、

       と傾倒――。


「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA――――!!」


 ……HA……HA――――……




  ……You're just insane……?





         ?⬛︎?■?■?





 ……下がらない口角、揺れる身体、天を仰ぎ、グルグルまわる、月を抱えてグルグルまわる、ヨロケながらもグルグルまわる、世界と一緒にグルグル廻る、グルグルグルグルグルグルグルグルグルグル――。


 ――ダンっと壁に背をぶつける。


 途端に脱力する身体、静まり返る空間。


 静寂。


 キーンとした耳鳴り。


 唐突に無音。


 無音。無音。無音。暫時。


 ポタポタ滴り落ちる音。


 血に濡れた地面、赤く染まった月。


 上も下もマッカッカ。


「マッカカ……」


「マッカッカ、マッカッカ、マッカッカーノ、マッカカ……」


「ウヒッ、アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!」


 アアっ! 止まらない、止まらない、止まらない、止まらない、止まらない、止まらない、止まらない、止まらない、笑いがァ――――


「――みつにぃ……? なにしてるの……?」


 遠く。少女のコエ。


 発生源をギロリとミル。


 ――階段から覗かせる顔――。


 ?????????


「……みつにぃ……?」


 窺うようにして近寄ってくる足音。


「ァ…………ぁあ?」


 そんな中、迫り来る音。急かす様な音。


 ドクン――ドクン――ドクン――ドクン。


 ――鼓動を感じる、ソレは体のウチガワ、心の真似事をしたその肉は、何やら何処かに養分をポンプしている。そうか、そうかこれがきっとヤツラの栄養源、行き渡ったソレをヤツラは、パクパクパクパクと美味しそうに食べている。


「……アァ、……?」


 そうだそうだ、コイツだコイツだ、全ての根源は、罪は、狂いはコイツにあったんだ。


 ――その全ての根幹を成すモノ、心臓目掛けて胸骨ごと手で胸部を突き破り、手中に確かに収めると――勢いよく引き摺り出す――。


「……ァア゛ッ」


 噴き出す血。フタが無くなり溢れかえる。


「……え……?」


 疑問のコエ。少女の。


「ね、ねぇっ! 何してるのっ!!みつにぃっ!!」


 駆け寄って来る足音。


 手中からドクドクと、未だ拍動する肉塊と少女を見比べる。


 いつの間にかゆっくりとなった時間。世界。


 そのスローになったボヤけた視界。その視界からは健気に走ってくるアノ子が見える。



 そんな必死なアノ子を見て、ニィッと口角が吊り上がり――――



 ――俺は、鼓動する肉塊を高く持ちあげ――




 ――アノ子に見せ付けるようにして――



 ――クシュッ――。



 ――――。



「ぃやぁぁぁぁぁぁあああああっ――――!!」


 前方から張り裂けるような悲鳴が響き渡る。


 供給元が無くなり、全身の力がいっきに抜け落ちる。


 そのまま膝から崩れ落ち、前のめりに倒れそうになった体は、少女の小さな手で受け止められる。


「――みっちぃ!!」


 喪った過去からの声。


「ァ、ァァ、ハァ……ッ」


 制御出来ない呼吸。冷えていく身体。


「ねぇっ! 何やってるのっ!! ばかっ!ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかぁあっ!!」


 コチラを咎める少女の瞳からこぼれ落ちる一雫。


 ソレをみる。だが、なにも感じない。なにも感じることが出来ない。


「……ァア……」


「……ねぇ、みっちぃ、辛いんだよねっ……辛かったんだよね、今までずっとずっと、気づいてあげれなくてごめんねっ……ごめんね、みっちぃ」


 目の前の少女は何かを必死に語りかけてくる。


 でも分からない、少女が何を言っているのか分からない。


 だってさっきから、……何も感じる事が出来ないから。


 暖かさも。冷たさも。


 目の前の少女はいったい何をそんなに必死になって抱きしめているのだろう。


「……ねぇ……? みっちぃ? さっきからなんだか身体が冷たいよ……どうしたの……?」


 耳元からのコエ。籠った熱が冷めていく感覚。それは徐々に凍えるような寒さに変わっていく。血が凍てついていく。戒めから解放され楽になっていく。


「……はははっ……みてくれ、こんなにも真っ赤だ……」


 手中には潰れた肉の蔵。綺麗ダナ。


「……やだぁっ……」


 真っ赤な手は震える手で包み込まれる。


 視界は酷くボヤけている。


 夢心地。


 現実との乖離。


 ――あぁ、これで、やっと終われるのだろうか。


 俺はこんな夢のような悪夢から、目覚めることが、いや、居なくなってしまうことが出来るのだろうか。


 ……あぁ、やっとのこと……おれは……


 そんな時、ぐわっと血液が沸騰するような感覚。冷めきっていたモノが暖められる感覚。


 そして、ウチガワの、空いた心の穴に、肉の蔵が再生していく感覚。


 そんな再生する戒めに、どこまでも己を束縛する屈辱的な感覚に俺は―――


「アハッ、アハハハハハハハハハハハ」


 断続的な、乾いたワライが零れていく。


「……やだ、もうやめてよみっちぃ……戻ってきてよっ……今までも、これからもあたしはみっちぃの為にもっともっと頑張るから……だからお願い、戻ってきて……戻ってきてください……」


 語りかけてくる誰かのオト。


 空の器からは気持ちの悪い肉の塊が再生していくカンカク。


 あぁ、嫌だな、この感覚は。


 ……そう、そうだ、そうだな、嫌な感覚なら、嫌なことならば、取り除いてしまうのが正解だ。


 俺は再び、ぽっかりと空いた己の胸へと手を向ける。ゆっくりと、近づけていく。


「……ねぇっ! 何してるのっ! みっちぃーっ! やめてよっ、やめてよっ、これ以上自分を傷付けないでっ……やめてよ、やめてっ、やめてったらっ!!」


 目の前からの制止の声を聞かず、再び閉じかけていた胸へと五指が深く沈み込んで行く。


 心地のいい感覚だ。


「ハハ、アハハハハハハハ……」


 感情も歓喜を上げている。


「ねぇっ、なんでよっ……なんでみっちぃをこんなふうにしたの……神様……」


 何かに縋るように懇願するコエ。


「……なんで彼をこんなになるまで壊してしまうの……」


 聞いてはならないコエ。


 深く突き刺さり止まらない侵食。


 ネジの壊れた狂ったワライ―――。


「やだよぉ! やだっ、やだやだやだやだっ、お願いだから戻ってきてよ!!――《《新タくん》》っ!!」


 ――現在からの呼び掛け。声、電流の走るような感覚。


 それに呼応し―――


 ――ドクン――と、再始動。


 醜悪な肉の塊は再びその拍動を開始する。


「えっ……? みっちぃ……?」


「ハッ、ハッ、ァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!」


 ……ぁあっ!、だめだっ、だめだだめだだめだだめだだめだっ!! なんてことをシテクレタンダ――っ!!


「……みっちぃ……?」


 少女は、自分のやってしまったことが未だに分からないのか、泣き腫らした顔を困惑させている。


 ……俺、は……


「……俺は……」


「……どうしたの……?」


「オレはオマエがキライだ」


 目の前の表情は唐突に固まる。


「……え、なんで……」


 理解の追いつかない疑問のコエ。


「……なん、なんでそんなこと言うの……?みっちぃ……?」


 オレはそんな哀しみのコエに、何度も繰り返す己の罪深い行為へと――――


 また清算無きワライを繰り返す。


 腕が、更に深く、突き刺さり、侵食させていく。


「ァァッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――――!!」


「やめてよぉっ!……ねぇ、ごめんねっ、ごめんね、ごめんね……みっちぃ、あたしじゃだめだったんだよね……もう余計なことはしないから……あなたの嫌なことはもうしません……だからっ、せめていつものあなたに戻って、……帰ってきてくださいっ……」


 ――小さな手が、体に突き刺さり沈んでいく手を、腕を、必死に止めている。


「これがあたしの最後のお願いだからっ……!! だから、だからお願いっ、止まってよぉっ……!!」


 でも、そんなに小さな手では、細くて弱くて壊れてしまいそうな手では、そんなに震えてしまっていたら。


 ――もう始まってしまった衝動ウゴキは止められない――。


「やだぁあ!! 止まって!、止まって! 止まって! 止まって! 止まって! 止まって! 止まって! 止まって! 止まって! とまってったらぁぁああっ!!」



 ――わんわん泣きじゃくるアノ子。



 ――せっかくの可愛いおかおを、



 ――必死になって歪めっちゃて、



 ――わんわんわんわん、



 ――どうやら涙の止め方が分からないみたい。




 胸に刺さった五指は――――



 ――深く、――深く、――侵食して行く。




 ――痛みは感じず、




 ――――効きすぎた麻酔は、




 ――――――徐々に感覚を狂わせ、




 ――




「――アハッ、ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!」



 ああ、とまらない、わらいがとまらない。



 ――このままではいずれ――



「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」



 ――アッ、



 ――コワレテしま――



 その時、――リンと、鈴の音が聞こえた。





 世界は白く落とされた。















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