第22話 かつてはあったそんな過去




 ⎯⎯⎯⎯深い眠りについている。


 辺りは黒一色⎯⎯⎯⎯


 ⎯⎯⎯⎯そんな中、何かを見ている、朧気に見ている。


 何度も何度も繰り返し夢見た光景⎯⎯⎯⎯


 色とりどりのキラキラとした情景⎯⎯⎯⎯


 ⎯⎯⎯⎯これは夢か現実か、それともそれ過去以外か。



 いや、そんなことはどうだっていい。



 だってそれはもう、とっくに喪っている。






          ‪✕‬‪✕‬‪✕‬






 咲月ちゃんが眠りにつき、梓川宅で少しの仮眠を取った早朝7時、俺は学校へ行く前に準備の為一旦自宅へと駆ける、駆ける、駆ける、走る、走る、走る、走れ、走れ、走れメロス、さもなければ友人が死んでしまうぞ――――。


「あ、せんぱーーい!!」


 何処かで俺を呼ぶ声、でも、関係ない、俺は走らなければ、走れ、走れ、走れ、目の前にいる白いセーラー服少女達を追い越して、走れ――――。


「ちょっとぉ!!」


「ぐえっ!」


 服の襟を思いっきり引っ張られた。


「……かハッ、ばっ、ばかちん……し、しぬぞ、セヌくんの前に俺が死ぬ……っ」


「何言ってるんですか……」


 と、目の前で溜息を吐きながら彼女は続けて言う。


「ほら、先輩、こっちです。私を見てください」


「……く、はぁ、ぁ、あたりまえだろ、……見るよ」


 そう言葉を返し、腕を組んだ彼女に目を向ける。

 そんな彼女はかつての職業柄故か、長いピンク髪を耳下でツインテに結び(カントリースタイルってやつだな)、琥珀色の瞳をしている少女。初瀬はつせ 愛歌まなか


「今日は……コン太はいないんだな?」


「はい、神社でお留守番です」


「そうか」


 ――パシャッ。


 更にその隣、構えたカメラを俺に向け無言でシャッター音を鳴らすのは、色素の薄いクセっ毛の茶髪を腰辺りまで伸ばし、首にはライトグリーンのマフラー、目を惹くおっきな赤いリボンをキュッと高めの位置でサイドテールに結んだ、ジト目でじっと見てくるちんまりとした少女。時折ときおり 未織みおり


 ……目視推定F以上、何がとは言わないが、すっごく大きいんだ、おっぺぇが! 

 こんな事を考えてしまったことが彼女に知れたら俺はかつてあったように、無事に家に帰ることが出来なくなることだろう。


 ……あの夜の、熱烈とした記憶とは今は取り敢えずおさらばだ。


「……やぁ、おはよう2人とも、ふふっ、今日も風が心地いいね……」


 俺は風と少女達を受け止めるようにして、両手をめいっぱいに開く。


「先輩、キャラどうしたん……いつも通りですね……」


 そう言う初瀬の隣で、コクコクと頷く時折。


「そうだろう……さぁ、遠慮せず、飛び込んで来い」


「無理です、きもいです、超きもいです、キモイアンドカワイイです」


「……最後、ほめた?」


 ……ま、いいか、そんな事よりもなんだか時折との距離が先程までよりも近い気がする。ずいずいしてる、ずいずい、ずいずい来てる……。


「……みおりん、今の先輩に飛び込むのは飛んで日にいるなんとやらですよ」


「そうだぞ、多分俺、今汗かいてるから汗臭いぞ、それでもいいなら来なさい」


 俺は少し距離を詰める。カモーン?


 嫌がったのだろう、少女は後退し――――


「スゥ……はぁぁ……、いい匂い……」


「ヒィッ、」そう言えば強キャラだった。狩る側だった。なので俺は軽く後退した。


「……まったく、今の先輩はマイナス5億点ですよ……変態です」


 やれやれと言った感じで、はぁ……と溜息を吐いて見せる初瀬。


「ん、いやだが初瀬、そんな事言ってるけどおま――」


「センパイ」


 キッと睨まれた。


 うん、リコーダー事件についてはきっとまたいつか掘り返してあげよう。


「ぁ、ぁあ!! みんなぁあーー!!」


 何処からか、まともや聞き覚えのある少女の声。後ろからトタトタと走ってくる足音。


「あ、雪先輩! おはようございます」


「……おはよう……」


「おはようっ!」


「おはっん、なんだ白雪か……」


「なんだとはなにかなぁ!?」


 他の御二方と同様、真っ白なセーラー服を来た白雪は、はぁはぁと息を切らし、俺へと抗議の声をあげた。


「……もう、雪先輩、慌てて走ってくるからせっかくの綺麗な髪が乱れてますよ」


 そう言った初瀬は慣れた手つきで手提げ鞄から自前の櫛を取り出し白雪の髪を梳き始める。


「あ……ありがとね〜……」


「いえいえ、いつもみおりんにやってるんで慣れたもんですよ」


「へー、そうなんだ……あ、未織ちゃんも髪ちょっと浮いちゃってるよ、ちょっとまってね、私が梳いてあげるから」


 そう言って白雪も自前の櫛を取り出すと時折の髪を優しく梳きだす。


「……ありがと、唯千花ちゃん……」


「いいよ、いいよ〜」


 俺を蚊帳の外に置き、3人のピンクで禁忌な空間が無事誕生。


 ……な、なんだこの花園は……美しい、ああ、なんとも美し過ぎる。俺はこの華やかな白百合に溺れてしまいそうだ。……この空間じゃあ俺は、その辺の雑草に過ぎないのだろう…… いや、雑草すらおこがましいのかもしれない。じゃあ、なんだ俺は、空気か? 酸素か? 窒素か、いや窒素だと割合が大きくなってしまう、二酸化炭素やアルゴン、排気ガス、空気中の塵芥ぐらいが相応しいだろう。


「……俺はゴミ、俺はゴミ俺はゴミ俺はゴミ俺はゴミ……」


「なんか先輩急に自分の本当の存在価値に気が付いた見たいなんですけど……」


「酷いなっ!!」


 なんて後輩だ、お前は言うまでもなくゴミだと言ってのけたぞっ。


「……さて、そんな事より学校に間に合わなくなるんでさっさと行きましょう」


「そうだね、行こっかー」


 初瀬の言葉に三人で頷き同意し合うと出していた櫛をしまいさっさと歩き出していく。


「……しくしく」


 俺は泣く泣く泣いた。


「ほらっ、先輩も行きますよ」


 落ち込んでいると仕方なく手を引いてくれる出来た後輩。


「あ、ごめん、俺一回おうちに帰らないと……」


「じゃあ、先行っときますね〜」


 パッと手を離したかと思うと、呆気なく先輩を置いて時折と歩き出していく先輩としては良くない方向に出来すぎな後輩。


 俺の手は無事空中浮遊。




「…………國満くん? どうしたの? なんだかニヤニヤしてるけど?」


 隣から此方の顔を覗き込んでくる白雪。


「み、みるな……ばか」


 今の彼女達を見てちょっと思う所があっただけだ、決して変なへきが目覚めたとかでは無い。


 そんな事を思っていると少し離れた前方からの声。


「おーい國満っ!! また何か抱え込んでるみたいだけど!! オレはいつでも相談にのるからなぁあ!! 遠慮すんなよぉぉ!!」


 くせっ毛の青みがかった黒髪の少女は、アホ毛をぴょこぴょことさせながらそう声高に叫び、初瀬と共にまた歩きだして行った。


「……白雪、喋ったな? それとも黒奈瀬か?」


「……ごめんなさい、今回は私です……」


「まぁ、別に隠すような事でもないけどな……」


「……ウン……」


「……どうした? 白雪……?」


 白雪はぼーっと先を行く彼女達を見ている。いや、どちらかと言うと時折へと視線を送っている気がする。


「……あーくんはさ……」


「あーくん言うな、ばか」


 今更なんかむず痒い、ていうか恥ずかしいだろっ。


「ご、ごめん、國満くんはさ……」


「……ん?」


「……例え、例えばさ、私達の姿形が変わったとしても、國満くんは、見つけることが、気付くことができるのかな?」


 そんなふとした問いかけ、少しの間、辺りに気持ちのいい風が吹く、そんな風に急かされるように、チュンチュンと鳴いていた小鳥達は空へと飛んでいく。


 それをただ、目に容れながら⎯⎯


「あったりまえだろ……!」


 ⎯⎯⎯パンッと、


 その疑問サーブをストレートで返してやった。


「……ふーん……」


 返答に満足しているのか、訝しんでいるのか、そんな表情。


「じゃ、じゃあさっ……」


「なんだ? まだあるのか?」


「う、うん、すごい突然なんだけど」


 両の人差し指を合わせ、なにやら何処か落ち着かない様子で言う。


「私が例え、いつか、おばあちゃんになったとしても、一緒にいてくれる?」


「――――――は?」


 言葉の意図が掴めず俺はポカンと開口。


 い、いや待てよ、なんかこれすごい告白ぽい? 私と一生を共にしてください的な?


「はははっ、白雪それはお前、えぇ?」


「……うん? え、あ、ち、違くてっ、別にそういう意味で言ったわけじゃなくねっ、く、國満くんにそんなこと言うわけないよっ!」


「白雪っ! 俺だって傷つくんだぞ!!」


 ……なんてこと言うんだまったく。


 俺の心情などつゆ知らず、あわあわと更に落ち着かなくなっている白雪さん。


「そうじゃなくてねっ、えっと、私がその、歳とってもね、た、たまにはまた可愛いとか綺麗だなとかいってくれるのかなってね……?」


「いやまてまて白雪、俺そんな事言った覚えないぞっ」


「あ、あるよっ! 結構前だけど……」


「は、はぁっ!? それは絶対に勘違いだっ、だって俺はそんなラウンジにいるキザ男みたいに女の子に可愛い綺麗を安く振りまく男じゃな……」


 ……い、よな……? あ、あれぇ、そういえば前っていつの話だ……仮に、仮に白雪が言ってることが本当だとしたら、それは多分、小学生時代、長期休暇頃の話だ、あの頃の俺は親父の鬼のようなピアノレッスンと、海外ウィーンでの暮らしが長く続いたせいで頭とノリが大分面白おかしい事になってた時期だ。


 ……お、思い出してきたぞ……そういえばあの頃の俺は白雪に会う度に、『――やぁ、おはよう白雪姫、今日の君もとってもキュートだね、ははっ、ううん、違うね、いつにもまして可愛くて儚げで凄く綺麗だよ』膝を着き手を取り、『はぁあ……ほら、こんな風に溜息が出るほどにね……』――……。


 ――く、黒歴史だァァァァーー!!


 封印せし記憶の片鱗に俺は頭を抱える、一方、そんな裏事情など知ったことでは無い白雪は、ずっと問いかけるような目。


「ね、ねぇ、どうなのかな……」


 白雪の不安を含んだ表情は更に深まる。


 これもまた乙女心? ってやつなんだろう、たぶん、知らんけど。


 まったく、秋の空だけにタイムリーな話だ……なにを言っているんだ俺は……。


「はぁ……」と、重い溜息がでた。


「ご、ごめん、困るよね、こんな事急に言われても」


「ああ、そういう訳じゃなくてな」


 そう、俺は別にその白雪の問い掛けに対して返答に困った訳ではない。


「……ううん、ごめんね、さっきの言葉は忘れて――――」


「枯れた花が醜いわけあるかよ」


 俺は、言葉を遮った、白雪は驚いて顔を上げた。


「綺麗な女の子はな、……イイ女ってやつはな、例え老いたのだとしても、おばあちゃんになったのだとしても、その枯れ方は、その在り方は、すっげぇ綺麗なもんなんだ」


「……え?」


 白雪はパチパチと瞬き数回。


「……どこまでもな、だから心配しなくても白雪なら大丈夫だ、ずっと、その……」


 ……なん、か恥ずかしくなってきたな……目をまともに合わせられない、なんだか後頭部が痒くなってきたので取り敢えず掻いておく。

 ちらっと覗き見た白雪の顔は何処か期待気だった。


 ……はぁ……ま、いいか……言ってしまっても、たまには。


「綺麗、……なんだと思うぞ……」


「……そ、そうなんだ……」


 二人して、顔が赤くなる。


「……か、可愛いは……」


「言わない」


「……ガーン……」


 ガーンじゃない、さすがにそこまで酔えない、……た、多分な。

 俺は正真正銘の呆れた溜息を吐きながら、白雪を見る。

 そうしてやっと目を合わせようとしたはいいけど、白雪は何やら鞄からノートを取り出し、しゃがみこんで膝の上で何かを書き込み始めていた。


 A4サイズの真っ白なノートだ。


「うん? なんだそのノート?」


「え、っとねー、これは〜」


「うんうん」


「國満くんが言ってくれた好きな言葉を、皆で書き込んだノートかなー」


「うんうん」


「さっきの言葉もすっごく良かったから書いてるんだよー」


「うんうん」


「ちなみにランキング形式、でもどれもすごく素敵で甲乙付け難いかなー」


「うんうん」


 ……うん……はい?


「た、ちょ、ちょっと待てーーい!!」


 聞き捨てならぬ白雪の説明に俺は慌ててそのノートに手を伸ばそうとするが――


「だめー!」と、ひらりと躱され距離を置かれてしまう。


「……し、白雪さんや? ほら、返して貰おうか、その呪術本」


 俺は手を広げて少しずつ距離を詰めていく。


「返してって……別にあーくんのじゃないでしょ」


「あーくん言うな」


「このノートはね、きっと鬱病にも効くノートなんだよ」


 まじかよすげぇなおい。


「だからあーくんがどうしてもって言うなら、見せてあげてもいいけど」


「いや俺にはぜったい逆効果だぞ。あとあーくん言うな」


「でも今は大丈夫そうだから、また今度かな」


 いそいそとノートを鞄にしまい始める白雪さん。


 ――しめたっ、油断は禁物だぜお嬢さんっ。

 俺は鷹、鷹は俺、眼光を放ち(もちろん比喩)、手を広げたままノート獲物目掛け飛び掛る―――


 ――ふっふっふっ、ゲットだぜ、お嬢さんごと、な―――……

 何れ訪れる確実な未来へ、俺は不敵に不気味に笑っちゃうのん……だが―――


 ――ひょいっ。


「ふへぇ?」


 間抜けな声、そのまま地面目掛け冷たいコンクリートちゃんへと熱く抱擁。

 ――ズサァ…………。


「あがぁ……」


「……な、ぜ、躱した……」


「だ、だって急に飛びかかってくるから……」


 まぁ、それはそうなんですけど。


「……あのさ、おれ、痛いんだけどな、特に顔、いや、鼻が、……ね、だから変わりにさ、そのノート、俺にくれはしないですかね、白雪さん……」


「……國満くんでもだめなもんはだめです」


「くそぉぉっ!!」


 諦めず鞄に手を伸ばす。


 ……まあ、また躱されたんですけど。


「鼻、ごめんね?」


 しゃがみ込んだ白雪はささっと俺の鼻を消毒し、その鼻っ柱にピタッと絆創膏を貼り付け立ち上がる。


「これでいいかな……その、じゃあね、そろそろ学校間に合わなくなるから、皆にも追いつかないと、また後でねっ、バイバイっ」


 言って、白雪は逃げるようにして学校へタタッと駆けていった。


 わりと、速い。


「――クソぉぉーーっ!! 返せよそのデ〇ノートォォォッッ!!」


「そんな物騒な物じゃないよー!!」


 そう返ってきた声はもう遠く彼方。


 地面に這い蹲ったまま、その彼方の白い背中へと手は空しく掲げられている。




 向かい合う少女達。




 仰向けになる。




 俺は、笑えていた。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る