第20話 ワンポイントアドバイス


 ——その綺麗な音色は耳に心地良く。


 ――歯に浮くような台詞はかくも美しい。


 だから、魅了された、別物だからこそ、どこまでも焦がれた。


 ――ううん、ちがうよ、貴方だからこそ、すっごく綺麗なんだ――。


 ——だからほら、早く行ってきなよ、天才ピアニストくん——。


 ――誰かが、そんなことを言った――。





‪           ✕‬ ‪✕‬ ‪✕‬





 我等が勉学戦士の休戦日、土日が明け、まだ日の落ちない秋の紅葉もより濃くなってきた青々とした放課後、この町の坂を登りに登った高い所にある、なんだかすっげぇ白い神社、天狐白朗々琥珀転老々胡伯鎭浪々瑚皛巓神社(名前長すぎてたまに何処まで言ったのか分からなくなっちゃう)、境内、その拝殿前にて。


 目の前に立った、清楚な巫女装束を着た白い少女はくすっと笑う。


「――國満くん、また何かに首を突っ込んでるでしょ……?」


 幼少の頃から印象の変わらない雪のように真っ白な長髪をサラッと流し首を傾げる。


「ん、ああ、そろそろドーナツ屋のゆるキャラになりそうだ……」


「え? ああ……! ライオンさんかな?」


「そうだ、俺は獣だ」


「じゃ、じゃあ、逃げないと食べられちゃう?」


 目をキョロキョロとさせ、モジモジとしている白雪。


「いや、俺は卵と小麦粉で出来た物しか食べれないから安心してくれ……」


「そ、そっか……」


 何故そう、残念そうな顔をする……


「まっ、いいや、じゃあな、白雪」


「……え、あ……うん」


 手をひらひらとさせ、俺はこの切り取った日常風景からご退場。


「って……! どこ行くのかな!? 待ってよ國満くん!」


 その手をひんやりと冷たくなった両手でガシッと掴まれる。


「ふぅ、ライオンさん捕獲完了……」


 引き戻された。どうやら俺の役目はまだ終わっていないらしい、保育園の演劇では枯れた木の役だったのに……まぁ、あれもあれで中々舞台からは退場させてくれないけど、ただただずっと不動の精神で直立するという根性のいる役目であり、なんなら主人公よりも長時間舞台上に居るから裏の主人公と言っても過言ではない。だから俺は、そんな木が好きだ。


「……くん、ねぇ……? 聞いてるの!?」


「木、居てる……? そう、俺は木が好きだ……」


「なんの話かな!?」


「はぁ……まったく、さっきからなんなんですか、いったい、そろそろ怒りますよ? グガァー!!」


 俺の顔面を白雪へとズームインしてみる、きっとその青みがかったグレーの瞳には恐ろしい獣が映っている事だろう。


「きゃっ! び、びっくりした……」


 急に眼前に獣が現れビクッと震える。まるで川から躍り出たワニに驚く子鹿のよう。


 ……ちょっと可愛く思ったのは内緒。


「もう、すぐそうやって話逸らして……」


 白雪は胸を抑え、「ふぅ……ドキドキ……」と呟きながら恨みが増しく訴えかけるような目をこちらに向けている。


「……逸らしてないから、で、どうした?

なんかあったのか……? 幼なじみとして聞いてやる、お悩み相談か? 恋の? まさかな……え、まじ? 幼なじみ特有の絶対なる運命、橋渡し役にされるのおれ? だれ、相手? どこの男だ、お父さん許さないからな! 結婚なんてさせません!!」


「……ぇえ? 幼なじみって橋渡し役になる運命なの……? そ、それに結婚なんてまだ早いよ新タくん……そ、それこそお父さんにGOサイン貰わないとダメだよ……」


「……ま、まて白雪、なんか色々早とちりしてない……? GOサインってなんの……?」


「って……! また話逸らして! 私は! 新タくんが今やってる事の助けになる事をしたいの……!」


 会話に散々振り回され、会話という糸に雁字搦めにされた白雪はその窮地をようやく脱し、話の本題を思い出したのか、そう口にした。


「……優しいな、白雪は……そうだな……」


「……うんうん! なにかな、なにかな?」


 必死になって迫ってくる。近い近い顔ちっちゃい、俺恥ずかしい。


 ……でもそうか、今回ばかりは白雪も潔く引いてはくれないらしい……だけど。


「……いや、やっぱ大丈夫だ、白雪。俺は別に危ない事してる訳じゃないからな、安心してその痴態を晒していてくれ」


「た、ち、痴態ってひどい!」


 プンスカぷんぷん顔マッカ。


 白雪は、触れれば温かな温度を感じそうな程に頬を赤く染め上げ、何処か不服そうな顔でこちらを伺っている。


 ――そんな中、その赤く火照った頬を冷ますようにして冷たい風が二人の間を吹いていく、そのまま風が過ぎ去り、静まった空間、空白の時、彼女はその一拍の間で思考も覚まし、それを合図に一歩、また一歩と後方へと紅葉こうようで染まった道を踏みしめ、改めて俺との間に距離を置き、静寂の中、少し身をかがめ、その色白く綺麗な手で髪を耳にかけ、ゆっくりと口を開き、不純物の混ざらない曇り無き透明な声を、話の聞かない子供に言って聞かせるようにして言葉を口にする――。


「……ねぇ、ちゃんと聞いて、國満くん、ほんとに大丈夫なの? 危ない事してない……?」


 白い彼女の真摯な瞳は俺の目を捉えて離さない。


「……あぁ、ほんとうに、大丈夫だ」


 だってあの子は、白雪と同じぐらいに優しい子だからな。


「……だ、だって、國満くんっ! なせちゃんの時だって……それにあのと……!」


「……白雪……?」


 言わなくてもいい事を口にしようとしたので、少し強めの口調で彼女の名を呼んでみた。


「……わかった……」


 しゅんと俯く。まだまだ言いたい事があるようだが、俺の変わらない態度に観念したのか、無理やり自分に納得させた様子。それでも、どこまでも際限なく、溢れんばかりの優しさを感じさせる彼女は、その優しさに抑えが効かなかったのか、遠慮がちに言葉を口にする。


「……でも、やっぱり一つだけ、アドバイスさせてくれるかな……?」


「……ん? アドバイス……?」


「うん、あのね、私……あなたのーーーが好きだから、だってそれは、あなたの努力の証だから、どうせまた誰かを助けるんでしょ? その子が落ち込んでるならきっと助けになると思う、これは私の経験則だから、その子のために、ね?」


「……いや、でも、それは白雪の方が」


「そんな事ないよ、新タくん、わかったかな?」


「……あ、ああ、でも前に弾いてから少し時間が経ってしまってるから、感を取り戻さないと……」


「……うん、それでいいよ……」


 目を閉じ、はにかむ彼女。


 俺は、何処までもひたむきな彼女な気持ちに、まっすぐ向き合い、感謝の言葉を伝える。


「……白雪、ありがとな……」


「……うん!……」



 ――何処か満足気な顔で頷く、そんな彼女と別れを告げ、今度こそ俺は、この、寒くも暖かな日常風景の舞台袖へと、降りて行ったのだった――。







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