第19話 危なかっしい状態




 薄暮が過ぎ、夕食時も終わり、夜の闇に支配された24時、梓川宅。そろそろ起きる頃だと言うことで、美香さんに言われ咲月ちゃんの部屋へと単身、向かう事に。


「さぁつきちゃーん、起きてるー?」


 扉を開き、変な抑揚で呼びかけ、少女の寝室へとお邪魔する。


「……失礼しまーす……寝てますかねー……あらー……よく寝てますね〜」


 声を潜め、某ドッキリ番組かの様に、ひっそりと、眠っているであろう咲月ちゃんへと歩み寄る。


 縮まるキョリ、芽生える恋心、ソンナモハナイ。


「あ、み、みっちぃ、今日も来てくれたんだ」


 ちゃんと起きてた。


 上体を起こした咲月ちゃんは薄闇に入り込んできた俺を見る。


「あぁ、当たり前だろ、約束したからな、咲月ちゃんの為なら、例え何キロ離れていたとしても、例え世界最深のマリアナ海溝だろうが、例え世界の裏側、ブラジールだろうが、いやもっともっと最果て、宇宙ソラの彼方、月にだって行ってやる」


「え、ストーカーってこと?」


「ヒドイ!!」


 咲月ちゃん、意味わかって言ってるのかな、お兄さん悲しいよぉ……


「みっちぃ? ご、ごめん……」


「いやいいさ、取り敢えずお風呂とご飯だ、咲月ちゃん、その後お兄さんと遊んでくれたら許してあげよう」


「う、うん、分かった……」


 そう返事を返すと咲月ちゃんは月明かりが差し込む暗がりの中、ふらふらとベッドから降りようとしたので、慌てて近寄り「明かり付けるからね」と言って、咲月ちゃんの返事を聞いてからベッドサイドのテーブルの上にあるランプを付ける。


 ちなみに美香さんによると、明るすぎる部屋の電気は咲月ちゃんが苦手な為、極力付けない方が良いらしい、寝起きは特に。最初に来た時に付けたのは自己紹介だったからかな、だから必然、ベッドランプを付ける事になる。


 暖かなオレンジに灯された部屋の中で咲月ちゃんの手を取って支えてやり、立ち上がらせる。


「あ、ありがと……」


「どういたしまして、後は歩けるな?」


「……う、うん、大丈夫」


 こういう時に身体の弱い人は、無理に引っ張ったり、介護し過ぎると、返って良くないと聞く、支えてあげ、出来ることはやらせてやるのが重要だ。


 病弱な親父を看病してる時に患者本人、親父から言われた言葉を思い出しながら、俺の背後から階段を降りる咲月ちゃんに気を配りつつリビングへ。


 あとは座して待つのみ、咲月ちゃんがひと通りの事を終えるまでリビングのソファで、出されたお茶をズズっと啜る。


「うぇっ! アッチィ!!」


 少し肌寒い秋の夜、美香さんが気を利かせて湯呑みに熱々の緑茶を入れてくれていたが、リラックスして油断していてたせいか熱いのを忘れていた。


 俺史上最悪の失態、油断大敵だ。ちなみに俺史上は結構ある。


「ふぅ、誰も居ないせいかツッコんでくれる人が居ないからなんか恥ずかしいな」


 行き場の無い羞恥を感じながら、改めてお茶を啜り、時計の針がカチカチと鳴る静寂の中、暫くボケーとしていると、風呂から上がったのか、リビングの外から二人の声が聞こえて来た。


「――で良いかしら、咲月?」


「う、うんわかった、でもお風呂どうするの?」


「大丈夫だと思うわよ、何かあったら大人しく受け入れなさい」


「わかった……」


 何の話してんだろう、風呂? もう入ったんだよな。


「新タくーん? お風呂上がったから次使っていいわよ〜」


「え、マジですか!! やっぱ今日一日中外出てたんでちょっと臭いますかね」


「……スゥ……ハァ……漢臭くていい匂いよ……」


「ひっ……」


 女豹の様な肉食な視線と息遣いに思わず身震い。


「あ、ありがたく使わせて頂きます……!」


 弱肉強食、狩る側、狩られる側、生存本能に従い獲物を狙う獣からか弱い小鹿は一目散に逃げて行った――。





         ⋆☾·̩͙꙳‎✩





 一日ぶりの風呂から上がり、咲月ちゃんが小さなお口をパクパクと動かしながらご飯を食べ終え、――現在、深夜一時過ぎ、咲月ちゃんの自室。


 苦手らしい部屋の電気は咲月ちゃんの了承を得て今回は付けさせてもらっている。


「今日は咲月ちゃんに渡したい物がある、会ったのは昨日だけど、今日は俺と咲月ちゃんの友達記念日という事で」


「え、な、なんだろう……?」


 腰掛けていたベッドをギシッと揺らし、持ってきた二つの袋を順番にガサゴソと漁り、数冊の本とカラフルな服を来たウサギの人形を取り出して俺と咲月ちゃんの真ん中へと置く。


「え、え、えと……」


 大きな瞳で疑問の眼差し、俺は構わずウサギを持ち⎯⎯


「ジャジャーン、どこでもウサギ〜!」


 と言いながら咲月ちゃんの胸元へと持っていく。


「……えと、こ、これ い、良いの、 貰っても……?」


 戸惑いの表情。このまま受けとってしまっても良いのか迷っている。


「あぁ、構わないさ、推し活ってヤツだ」


「……オシカツ……?」


「……まぁ、なんて言ったら良いか……そうだな、カツドンの仲間みたいなもんだ、きっといつか流行語にもノミネートされるさ」


「……え、そうなの……?」


 若干まだ戸惑いつつも、胸元へとやって来たウサギを両手でそっと受け取ると、嬉しそうにギュッと抱きしめる咲月ちゃん。なんか、さっきもこんな光景見た様な……


「へへへっ……ありがとぉ」


「グハァッ!」


 抱きしめた人形から咲月ちゃんが嬉しそうに覗かせた上目遣いの迫力、可愛さに胸を射抜かれ、ベッドに倒れ込み満身創痍。


「うっ、カハァッ…ハァハァ……」


「だ、大丈夫……?」


「あ、あぁ……大丈夫だ、お兄ちゃんちょっと心に矢が刺さったみたい」


「そ、それ、大丈夫じゃないよ、ね?」


「推し活最高……!」


「……お腹減ってるの?」


 別にカツ丼が食べたい訳じゃない。誤った情報を与えてしまったのは俺だけど……仕方ないんだ、この道はまだ咲月ちゃんには早い、時には身を削るレベルの事をしなければならないのだから。


「よし、気を取り直して次だ次、咲月ちゃん童話好きだったよね? 何冊か買ってきたから是非呼んでくれ、ちなみに他のジャンルの本も買ってきた」


 言って、買ってきた本をベッドの上にずらっと並べる。童話を中心として、絵本に小説に、漫画もある。ちなみに漫画は咲月ちゃんが好きな少女漫画だ、男の選ぶ少女漫画だから不安はあるがちゃんと調べて選び抜いてきた。


 選りすぐりの本、俺の選りすぐりのデッキ、俺はコイツらを信じて戦う。


 でもそういえば、さっき咲月ちゃんの可愛さトラップカードに射抜かれたおかげで、俺のライフはもうとっくにゼロだった。


 戦う前にはもう終わっているという良くありがちな展開をこの身で体験しつつも、「……わぁ……すごい……いっぱい……」と言って数々の本に興味津々な咲月ちゃんへと視線をやっていると、咲月ちゃんは探り探り一冊の本を選び取りページを開く。


 不思議の国のアリスの子供向けに訳されていない方の奴だ、子供向けの方はもう持っているようだったから、要らないかなとも思ったが一応買っておいた本。

 まぁ、こっちの方もさほど難しい言葉は使われてはないけど。元々がイギリス発祥の児童文学だからな、でも児童文学の癖に書いてある内容はちょっと理解し難い、あれかな、子供だと逆に分かるんだろうか。

 原本のほうは流石に買っていない、あんな呪文みたいな英語の羅列のある本を読むのは俺の知ってる人の中でも興味を持った物を片っ端から知ろうとする黒名瀬ぐらいだ。


「あ、咲月ちゃん、なんか分からない漢字があったら聞いてね」


「え、う、うん……」


 それと敢えて漢字の難しい本を選んだのはこういう理由だ、人に聞く事によって勉強にもなるからな。

 咲月ちゃんは病気の影響で学校に通えてないない為、勉強もままならないだろうから、まずは興味のある事からだ、美香さんが言うには無理にやらせても『やっても意味ないから』の一点張りってだって最初ここに来た時に言ってたしな。


「……あ、あのね、こ、これってなんて読むの……?」


 差し出された本の見開きを見て、指さされた箇所に目を落とす、『煌々』と書いてある。


「こうこう、だな、そうだな……夜の空とか見上げると、お星様がキラキラと光ってるだろ? ああ言うのを例えるのに、『夜空の星々が煌々と輝いて見える』とかって使うんだ、間違っても頭髪の薄い人に向かって、わぁ〜煌々と輝いて見える〜なんて言っちゃダメだぞ?」


「い、言わないよ」


 ……どうやら言わないらしい。いい子だ。幼少期の頃に親父に向かって『あれ、なんか禿げてきてね?』とか言っちゃって一ヶ月小遣い抜きにされた俺とは大違いだな。


「えと、じゃあ……、次コレは?」


 遠慮げに指されたお次の文字は、『法廷』だ。


「ん、あぁそれは、ほうていだな、例えばそうだな、……俺がここで咲月ちゃんを押し倒せば、無事に入る事ができるだろう……」


 にじり寄る。何も知らない少女に覆い被さる陰。


「……? そうなの? じゃ、じゃあちょっとやってみて」


「……え?」


 首を傾げ、純真無垢な瞳でジッと見詰められる。


 「……む、無理だぁ、……そんな目で見られちゃ穢れた心も浄化されてまう……」


 ガクッと項垂れる。いやまず俺の心は穢れてなどいないがな! ……きっと?


「……え、だ、だめなの? ……じゃあまた今度ね……?」


 ……どうやらこれはこの部屋世界咲月ちゃんによって決めされた運命らしい。

 何処と無く、咲月ちゃんの頭上には神の一文字が浮かび上がっているようにも見えるような気がしなくもないように見えるような気がするような見える。


 ……弁護人、今から考えといた方がいいだろうか、うーん、黒奈瀬辺りにやって貰おうかな……いや、どうだろう、返ってややこしくなりそう。


「そ、それはじゃあ、また今度って事だから、えーと、じゃあね、次はこれ……」


「……んー、どれどれー、それはだなー」


 俺は数度目の確定演出をさり気に突き付けられながらも、どこかウキウキとして見える咲月ちゃんを微笑ましく思い、疑問への回答を続けていくことに。


 その後は暫く持ってきた数冊の本を使い、和気藹々とお勉強会、主に読み聞かせに勤しんでいると、気付かぬ内に、時計の長針は短針と何度かすれ違い、現在、深夜4時半、昨日と同じならそろそろ咲月ちゃんは眠りに落ちる頃――


「……みっちぃ……」


「……どうした、咲月ちゃん……?」


 数時間の会話を終えを腿に乗せたまま、ひと通り喋り終えて疲れたであろう咲月ちゃんは眠たげな目をして此方へと呼びかける。


「そ、その、ありがと、今日……」


「あぁ、どういたしまして」


「……そ、それとね……」


 言葉が喉に引っ掛かって出てこないのか、声が詰まる咲月ちゃん。俯いた顔から覗かせる表情は何処か不安げ。


「……ゆっくりで良いからな」


「……ううん、や、やっぱり、何でもない」


「……そうか? 言いたい事があったら何でも言ってね」


「……うん……」


 咲月ちゃんはそう返事をすると、ゆっくりと目を閉じ、まるで糸が切れた様にして倒れ込んで行く――


「おっと……」


 その身体を慌てて受け止める。



 ワタの様に軽い体。



 ――そのとき、ゴトンと、咲月ちゃんから床に落ちた本の見開きには、小さな金髪の女の子と、おっきなパンプティ・ダンプティが載っていた――。











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