第11話 再演と静寂
何処からか言葉を聞いた。
暗く落ちていく。
気付けばあたしは、見渡す限り真っ白の花の中にいた。
どうやらしんじゃったみたい。
あたしは途端に独りになった。
友達を奪われた。家族を失った。
あたしは、寂しかっただろうか。
もちろん、寂しかったし悲しかった。
それに凄く辛かった。
でも、大丈夫。
だってあなたが居てくれたから。
⋆☾·̩͙꙳✩
衝撃的な事実を前に、精も根も尽き果て重くなり始めた頭に目が覚めるような衝撃が走ると、改めて己のマヌケさと不甲斐なさを痛感してしまう。
「……ありがとう、何度も何度も助けてくれて……怪我大丈夫……じゃない、よね、凄い血だよ……」
「……え、あぁ……怪我は再生するから、大丈夫だけど……そんなことより……」
「……ちょっと待って嘘だろ……待ってくれ……少し整理させてくれ、ください……」
「……みっちぃ……少しだけだよ……」
「えーと、とどのつまり……ツキ・V・アルクでは無く、梓川 咲月・V・アルクであると……」
「そうだよ? 理解した……?」
「……え、いやでも待って、だって皆んなツキって呼んでたし……親父も母さんも、だから俺も……」
「それ、皆んなそう呼んでただけだし……愛称ってやつ……?」
な、なるほど。
「……そう、だよな……そうなんだよな……我、理解した……対象を梓川 咲月と断定。解析完了でアリマス、今まで気付かずゴメンナサイ……この不甲斐ない男を、愚兄をお許しください……」
俺は頭を下げ許しを乞う。
……そう言えば……今思うと色々と思い当たるフシがあったな……この世界は転生者の知識が豊富にあるにしても、この世界の人にしてはやけに俺がいた以前の世界の言葉や知識を良く知ってるし……ノリもよく似てる……それに時々『なにか気付かない?』と聞かれては『なにも分かりません』と答えると蹴ってくるのにも合点がいく……なぜこれだけの違和感がありながらも俺は気付かなかったんだ……咲月ちゃんとこの世界で会ってから2年間もだぞ……ダチョウのような頭を通り越してもはやミジンコだ……いや……ミジンコに失礼か……
しかもっ、しかもだっ、多少変わったところはあるけど(八重歯が目立ったり耳がちょこっと尖ってたりとか)、姿形はどこからどう見ても咲月ちゃんである。
……再会までに20年以上の歳月があるにしろ、顔を忘れてしまったとか、もはやワラエナイ……
「……へ、……へへへっ……バカだなぁ……もう……」
どこか弛緩した空気に、俺は顔を少し上げ、ちらと表情を窺いながら冴えない頭を堂々巡りさせていると、咲月ちゃんは何かがおかしかったのか、ふと破顔――そして――。
目の前の大マヌケに向かって、心の広い少女は、大きく両手を広げた――。
「ジャ、ジャ〜ン……!! なんということでしょう! やったね! 目の前の女の子は梓川 咲月ちゃんでしたぁー! 可愛そうだし、仕方ないから許してあげまーす!!」
「さ、咲月ちゃん……うぅっ……」
熱くなった目頭を押さえる。
「……ほんとに……申し開きもない……」
「……ううん、いいよ、……あとね、今まで通りツキでいいよ、そう呼ばれるの気に入ってるし、みつにぃ?」
「……あ、……あぁ、分かった、ありがとう……ツキにとってこれからもっともっと最高の兄貴でいられるように精進するよ」
「……それはどうかなぁ……」
「…………ん、……何が……?」
「いや……なんでもないけど……」
「そうか……?」
「……うん、いいのいいの、それにさ、みつにぃ……あんなに強かったんだ、ビックリしちゃった……」
「……? あ……」
どうやら薄らと意識はあったらしい。
「……でもね……あのやり方は、すごく痛そうだよ……みつにぃが、あなたが……出来たらね、本当は戦って欲しくない……だけど……」
その先の言葉は彼女に言わせては行けない。
「大丈夫だ、これからはもうちょっとカッコイイ戦い方をしてみせるから」
君の前では――。
「それに、その為の筋肉だからな」
俺はグッと力こぶを見せ、にっとスマイルをひとつ。
「……うーん? なんのこっちゃあ」
ツンと腹部をつつかれる。
そこからは、ズキッとした痛みを感じた。
でも、それがちょっと嬉しかったりして。
……とまあ、そんな感じで、咲月ちゃんとのひと通りの感動の再会を終えると(もう会ってたが……)、やっとのこと体力も回復してきたので、立ち上がり座り込んでいるツキに手を差し出す⎯⎯だが、ふと思うことがある。
「ん……咲月ちゃん、なんで俺の妹になっちゃったんだ」
「そんなのコッチが聞きたいよ!!」
「ひぇっ……ごめんなさい」
思わず縮み上がるような形相で、今まで聞いた事のない怒鳴り声で叫ばれた。
……ははは……なんだか今日は謝ってばっかりだな…………。
「でもうれしい」
………………………ん?
⬛︎
――改めて、艱難辛苦、紆余曲折あり、不甲斐ない
「……あれ、アイツ……どこに行った……?」
「うん……? みつにぃ……? どうしたの?」
「いや、さっきの化け物がいない……そこに倒れてたはずなんだが……」
「……そうなの? どこ行ったんだろ……倒したら消えるタイプとか……?」
「……まぁ、魔力に変換されるタイプも居るにはいるし、そうだと良いんだが……」
……どこか言いようの無い不安に駆られる。
「……どういう事だ……」
徐々にその迫り来る不安は、何かに急き立てられるようにして肥大化していく、ふと、直感から空を見上げた――その時だった。
「上だっ!! ツキッ――!!」
――もう二度と、同じ過ちを繰り返してなるものかと、もう二度と身代わりになる行為をさせてなるものかとツキを強く前方へと強く突き飛ばす――。
「⎯⎯きゃっ……みつにぃ……っ!」
――ツキの視界、迫り来る死の中、走馬灯のように時間がスローモーになる、ツキは新タに飛ばされながらも何度も何度も、力無い自分を助けてくれるこの世で一番愛する人へと、必死に手を伸ばす——だが、互いのキョリは離れるばかりで、決して近づくことはない――。
「逃げろっ……!!」
――突如として舞い降りた死はあっさりと、目の前でにこりと微笑む愛する人の胴を背中から貫通させた。
その運命を断ち切った醜悪な化け物の背には、何故だか、先ほどまでは無かった視界を覆うほどの大きな黒い翼が備わっていた――。
「なん、で……」
そんなツキの疑問を他所に、目前で天高くスプラッシュする赤黒い液体―――。
「ぃ、やだぁ……っ!」
残酷な光景に叫び声すら上がらない、絞り出すようなその声と共にそのままベクトルに従い遠くへ飛ばされる軽い体――地面を転がり、体の側面で木にぶつかり止まる。
「ぁぐっ……」
ツキは痛さで痺れる中、両手を地に着き必死に地面から身をあげつつ衝撃でクラッとする頭を持ち上げ、数秒前、眼前で貫かれた兄を目視すると、思わず目を背けたくなる程の惨たらしく無慈悲な暴力が新タを襲っていた。
「みつにぃっ……やめて!! やめろぉぉぉぉぉおおお!!」
胸が張り裂けるような悲痛な叫びを上げるツキ、化け物は未だ頭の無いままに、白い炎を再び
新タの背には既に数十箇所にも及ぶ穴が空き、血は噴き出し、段々とその原形は惨たらしい様へと変わり始めていた――。
「……ひどい、みつにぃになんてことするんだ……このバケモノ……!」
――『ナンダ、アイツ、ありえない、目先の醜悪な肉の塊に生理的嫌悪をカンジル』――反響するツキの心底からの唾棄。
そんな持ち主の感情の昂りに呼応し、揺らぎだし、黄金色に輝きを放ちだす瞳、グワっとスローテンポになっていく視界、ユラっと瞳孔を起点に花開く幾何学模様、周囲には、ぼんやりとした青白い輝きを放つ燐光のようなものが見えてくる。
「――辺りに浮かぶ
立ち上がったツキは、横方向へと真っ直ぐに腕を伸ばし手を開き切り、記憶にある魔術式を呼び起こす。
「――目録第二条、
「――魔法陣、展開――」
右手に浮かぶは魅入られる程に美しく、複雑怪奇な魔法陣。
――異変に気付き、手を止めツキへと向く翼の生えた顔の無い
「逃げるなよ、バケモノ」
――ツキは右手を前方へとかざすと、手の開閉をトリガーに凝縮された魔力の塊を、「魔球、解放――」対象へとズドンッと放つ――。
輝く光球は音を置き去りに、光の残滓を残しながら瞬く間に進んでいく――その場から動くことなく、立ち尽くす白く燃え盛るノイズの走った黒い躰。
その生命を容易く絶命させる威力の感じる光の球は、化け物の直前まで迫ると――
まるで何事も無かったかの様に、――白い炎に包まれ掻き消えた――。
「…………え……なんで……」
渾身の一撃を化け物に危機すら感じさせない程呆気なく消されてしまい、思考が停止する――そんなツキを嘲笑うかの様に大きな翼をはためかせ、周囲を白く染め上げた炎をぐわっと揺らした化け物は、足元に倒れ伏し再生能力を失いつつある玩具に成り果てた新タへと再び意識を切り替え――……
その命壊れるまで、人形遊びを再開させた。
「……ィ、イヤぁっ……」
フラフラとする足元にこけそうになりながらも必死に彼の盾になろうと走るツキ――
振り上げられる
――――その時だった。
「神も仏も居やしねェよ」
周囲の空気はズシリと、重く一変。
「居るのは人だけだ」
どこからか、重く低く渋みのある声が響き渡る。
そんな一瞬か、数秒か、辺りの白い景色は暗い紫に移り変わり、化け物の背後に現れた巨大な黒い影は鬼の幻影に変貌したようにも見えた。
――束の間のパノラマは現実へ――。
「……な……に、これ……」
そんなツキの疑問。続いて――
「――――オイ……
低く轟き続ける声。そんな重圧に化け物は遺伝子に刻み込まれた本能、さらにより深く――原始の意識によって対象を強制的にそちらに切り替えざるを得なくなる。
「……この身を焦がすようなヒリつく熱さ……内側から籠り沸騰させるような熱さ……だが、己の心から燃え滾る熱さと比べれば、ぬるいモンだ」
「……ハァッ、ハァ、……だれ……?」
この場を抑圧するような声に行動を強制的に停止させられ、息も絶え絶えにツキも化け物と同様、そちらへと跳ねるようにして目線を向ける――前方の化け物は少し身を後方へと下げたように見えた。
――そうしてツキは、この重苦しく支配された場、その意識の中心にある人物を鑑みていく。
――始めは頭部を認識、そのとある箇所、良く目立つのは額の右に生える一本の赤いツノ、肩ほどまでに伸びた少し癖のある金髪はパーンアップに纏め上げられ、射殺す様な鋭い眼は冷めるような碧眼、その左目の近くには縦一文字の刀傷、背には常人では扱えそうにない鋼の大剣、二メートルをゆうに超える筋骨隆々な体には暗めの配色の衣服と、その上からは毛皮のある灰色のマントを羽織っている大男だった。
その大男は、自らの顎に程よく生やした髪と同色の髭をひと撫でし――。
「――ハッ……」と、攻撃的な嘲りを浮かべるのと同時に息を吐き出す――すると周囲を包んでいた炎、化け物から湧き出る炎が蝋燭の火が消えるかのごとくふっと消え失せた。
「……う、そっ……」
「待ってな嬢ちゃん、すぐ終わる」
脅威の片鱗に触れ、更に後退をみせる化け物。
「縮み上がるなよ木偶の坊」
大男は背負った大剣に手をかけ抜き放ち、そのまま臨戦態勢になるかと思いきや――「――――フッ」
それをまるで小枝でも投げるかのように軽く、もはや戦う意思の削がれた化け物へと投擲した――。
「……えぇっ……? 投げちゃうの……」
あまりの大男のワイルドさに驚きの声を上げるツキ。
抑圧し、コントロールされた空気の中、投擲されたその二、三メートルはあるだろう大きな鋼の塊は呆気なく化け物の躰の中心へと勢いよく突き刺ささり、地面へと串刺しにする。
「嬢ちゃん、そこのボウズを早く退かしな」
「……え、はっ、はい……!」
大男の声を聞き、ハッと我に返り死に体の兄へと慌てて駆け寄るツキ。
「……ごめんね……みつにぃ、ちょっとだけ、体動かすね……」
ツキは、無数に開いた穴から血が抜け軽くなってしまった新タを背負い距離を置く。
「よく見ておきな嬢ちゃん、コレがホンモノの魔力球ってモンだ――」
言って大男は天を鷲掴むように、その太い右腕を上方へとかざすと、グワッと大きく開口――魔術式を唱える。
「―― Let’s list, article 2, greed, Type 1 magical formula construction, summoning circle deployment――」
――唱えた魔術は辺り一帯に大きく響き渡る。
――堕ちゆく天は曇天へ――。
声は辺りを暗い帳に落とし込む。
続いて、グワンと出現したのは頭上を埋め尽くすほどの回転する魔法陣、鮮やかに迸る紫色の魔力の疼き、その幾重にも重なった複雑怪奇な魔術式は、すでに人智を超えたのか、それとも神が与えたもうたのか――。
その魔法陣はバリッと大きくひと鳴きする――、すると空間が歪んで見える程の多大な魔力の奔流となって大きな右手へと集まり、螺旋に渦巻き始める。
――そしてそれはやがて凝縮しても尚も大きい頭上を埋め尽くす程の、惑星と見間違う程に巨大な紫の光球となる――さらにツキは驚愕的な事実に気が付く、その巨大な光球を創り出す大男は何処からか魔力を吸収しているようにも見えるが、見た所によると周囲から魔力を集めた様子は感じ無く、殆ど己のみで完結しているようだった。
「……えぇぇ……」
余りの非現実的な巨大な爆ぜ狂う暴力の前に言葉にすらならない声が漏れてしまう。
「……まだ終わってないぜ嬢ちゃん」
「え、まだあるの?」
「ああ、ひょっとしたら魔術学校でもう習ってるかもしれねぇが、まァ……おさらいだ」
大きく肯くツキ。
「一見、今のコイツの状態は巨大な魔力の塊にも見えるが本質はちょいと違うくてな、今は大きな囲いの中で飛び回り反発し合ってる粒子の状態だ、物質の三態、気体の状態とも似てるな、相手を威かすには丁度イイ、だが、このまま飛び道具にしちまったら少々壊さなくていいモンまで壊しちまう、だからよ……こんな感じで用途を変えちまった方がいい」
「――consolidate《集約せよ》――」
大男がそう呟くと、巨大な魔力の集まりは再び主の元へと還り出す――だが、体に還るかに思われた魔力の球体は力強く握られた拳へと集まり、バチバチと稲妻が垣間見える紫の光へと姿を変化させる。
「クハハッ! やっぱり、こんだけの魔力を拳に集めるとちょっとばかし痺れるなァ……」
轟くような雷鳴を拳から響かせながら、その痺れにニヤリと笑い、腹の底に響くような声を発する大男。
「……へ、変なひと……」
「……ん……何か言ったか嬢ちゃん……すまんなァ、コイツが煩くてかなわん」
「ぁ……いや、なんでも……」
「あん? そうか? まぁいいか、……嬢ちゃん……この光の鎧はな……見かけ通りの立派な防御にもなるがな、こういう風に、攻撃に転じさせることも出来るんだよっ……!!」
言って大男は、腰を低く落とし、「power sideways《力を横へ》」と呟く、そして轟く魔力の集まりを前へと突き出すと同時に口を大きく開口し―――
「Magic spear,emission――!!」そう言葉を吐き出すと共にギュインと一条の光が見えたかと思ったら、「to the maximum《最大へ》――」瞬時に肥大化し凄まじい破壊力を伴った一方向の太い光帯となり、既に生命活動を停止しているであろう串刺しの黒い躯へと魔力の奔流が襲いかかる。
――ゴォォォォォォオオオオオオ――――……!!
―― 一帯にがなりする音。
――――怒り狂う巨大な魔力の流れ。
その多大な魔力の流動により大気は振動し続け、 ――いつ止むのか分からない地響きがやがて静まりを見せると。
――大男の眼前は真っ直ぐに地面を削り取られ、煙を上げ、破壊し尽くされ、晴れ渡った空の下、突き立てられた大剣だけが取り残された荒野が残った――。
「クハハハハッ!! こりゃあいい、久しぶりにスカッときたなァ……」
大笑いの大男とツキの目先、ギラリと輝く銀の大剣は、柄に巻かれた帯状の紐をたなびかせ、異様な存在感を放っていた。
「こ、これじゃあ、球体の時と被害変わらなくない……? おっちゃん……」
「いいや、そうでも無いぞ……よく見てみろ嬢ちゃん」
クッと顎を指されたので、言われたようにツキはその真っ直ぐに伸びた荒野の先を見てみる。
だが、そのまま続くかに思われた荒れ果てた道は半ばで途絶えていた。
「え、なんで……?」
「なぁに……単純な話だ、ちぃとばかし拳を上方にずらしただけだよ嬢ちゃん」
「あ、ナルホド……」
考えてみれば当たり前の事だったのですぐに納得するツキ⎯⎯そのとき、モゾっと背中に背負った新タが動いた。
「ぅ……ん……ツ……キ……?」
「み、みつにぃ!? 大丈夫!?」
「あ、あぁ……わりとなんとか……でも、なんか……すげえ……喉、渇いた……」
「喉が渇いたんだねっ!? ちょっと待ってね! 今お水取り出すから!!」
要望を聞き、ツキは急ぎ背中に背負った新タを木陰になった場所へと連れていき、そっと自分の腿の上へと寝かせた後、腰に付けたポシェットに閉まっていた水の入ったフラスクを取り出して、新タの口へと含ませる。
「はいっ……遠慮しないでゆっくり飲んでね……」
「……んぐっ……」
ゴクゴクと、枯れ果てた砂漠のようになった喉へと潤いが入ると、その渇きは徐々に癒えてきたように感じる。
だが、なぜだかまだ何かが物足りなく感じてしまう。
「……ありがとう……ツキ……ゴホッゴホッ……!」
「だっ、大丈夫!?」
「……なんだろ……なんか……まだすげぇ……クラクラする……」
「……ちょいと見せてみろ……」
のそりと、大剣を背負い直したツノの生えた大きな人影がツキと新タを覆う。
「……はーん、やっぱりか……体の再生も追いついていねぇようだし……ひょっとしてまだ喉が渇いてんじゃねぇか……? ボウズ」
「……あ、あなたは……助けてくれたんですよね……ありがっ……ゲホッ!、ゴホッゴホッ、やべっ死ぬぅ……ゲホッッ!!」
むせ返り、不安顔の妹の顔へと盛大に血を吐き出す――半生半死、殆ど死に体の兄。
「やぁあっ!! みつにぃ!! 血がぁ……!! 死んじゃやだよぉっ!!」
「……オイオイ……ボウズ……あんまり嬢ちゃんを心配させんな……ひとまず喋るんじゃねぇ、多分だがその喉の渇きは吸血鬼特有のヤツだろう、再生も追いついてねぇようだし、ちぃとばかし血と魔力を消耗しすぎたようだなァ……」
「……そ、そう……ってことは血を与えればいいんだね……! みつにぃ! ……ほら、ガブっといっちゃって!!」
左の腕を捲りサッと俺の口元に色白く細い前腕を当てる健気で献身的なツキだが……
「待て待て、お前さん達兄妹なんだろ、まさか知らないってことはないだろう? 血の繋がりが近すぎると喉の渇きは癒えないってことぐらいよォ」
どうやら兄妹である事が災いしてしまったようだ。
「そ、そっか……どうしよぅ……死んじゃいやぁぁああ!! ……みつにぃぃーー!!」
「……ははっ……じゃあな……世界で一番可愛い俺の自慢の妹よ……来世でまた会おうな……」
ゆさゆさと体を揺らされつつ、柔らかな妹の膝枕の上でゆっくりと目を閉じ顔を横たえる。
そんな洒落にならない恐ろしい演技をする演技派の悪魔のような男……いや、あくまで悪魔の男。
「質のいい永眠が取れそうだ……新タはそんな事をオモッタ……なんちゃっ」
「そのジョークはユーモアに欠けるよみつにぃ……絶対赦さない……」
「ゴメンナサイ」
「……お前ら結構余裕あるだろ……」
「……で……どうしたらいいの……おっちゃん……あたしじゃダメってことは……他のオンナの血を与えないといけないの……??」
瞳孔が開ききり、世界が滅びたようなハイライトの灯らない目。
「おぉ……凄い目をするじゃねぇか……思わず縮み上がっちまいそうだ……まァ……そう慌てんな、血ならここにもあるだろ嬢ちゃん」
大男はそう言ってニヤリと笑った後、自らの太い腕を額のツノに当て薄く裂き出した⎯⎯ダラっと零れる赤黒い液体。
「えぇ……ま、まさかソレをみつにぃに……?」
「あぁ、そのまさかだ……ほれ、ボウズ、上を向きな」
「……いいっ、いいい嫌です! いらないです! 全然いらないデス!!」
「クハハハハッ!! まァそう遠慮すんなァっ!」
「ぐすっ……う……ごめんね……みつにぃの初めてはおっちゃんみたい……あたしが妹なばっかりに……でもっ、これも生きるためだから……どんなに辛くても残酷でも絶対目を背けちゃダメっ……」
決して逃れることの叶わない非常な現実を、目をウルウルとさせている女優さんな妹に突き付けられてしまう。
「イヤだっ!……やめてくれ!! 俺まだ経験なんてないんだよ!! 初めてがおっさんなんて絶対イヤだ!! 頼むよやめてくれっ!! 後生だから!! こんなの絶対間違ってる!! 嫌だアアァァァァァァァァッッ……!!」
その先の目を背けたくなるような未来を想像し、ジタバタともがきその場から逃れようとするが、兄よりも先に意を決した妹に体重をかけられ押さえつけられてしまう。
普段の新タならそんなあるか分からない雲のような体重など押し退けてしまえたが、幸か不幸か先程の戦闘で抵抗するほどの力は残っていなかった。
「ごめんね……耐えて……!」
「ちょいと失礼するぜ……」
「嫌だあぁぁ……」
まるで虫歯で悪くなった歯をドリルで削られるかのような恐怖と絶望の中、片手で下顎を掴まれガッと開かれたと思ったら、先程よりもいっそう血がダラダラと零れ落ちている筋肉質の太い前腕を口元に押し付けられていた。
「あぐぅ……んぐっ……」
ゴクッ、あっ、やべ……飲んじゃった。
その目醒めるような恵みの一雫は、まず口の中に入り喉元を通り抜けて行ったかと思ったら、後は枯れゆくだけの植物が天から雨の恵みを授かりその生命の息吹を吹き返すかのように、頭から脚先まで全身のありとあらゆる細胞がその一雫によって生きていく為の活動を再開しだす――さらに、その命の源を追い求めるように一滴、一滴と飲み込んで行くと全身の毛穴が粟立ち、ドクドクと中心の肉のポンプから血液が廻り巡り、失いかけていた再生能力が欠損している部位を再び修復を始めていく。
「お、おっちゃんコレ……す、スゴい……血を得る行為ってこんな事になるんだ……」
「嬢ちゃんたちはまだ吸血行為したことなかったのか……勿体ねぇじゃねぇか、それこそが吸血鬼の一番の特権なのによぅ……」
「……それだけどさ……おっちゃん、みつにぃはさ……他人の血が苦手なんだよ……今は大分マシになったけど、最初の頃なんて見ただけで倒れてたりしてたし……だから今も、頑張って受け入れてるんだと思う……」
「なるほど……体質か……トラウマでも持ってんのかねぇ……そういうヤツもこの世界じゃ良くいるもんだが……吸血鬼だと尚更不便だろう……」
内側、外側の細胞が癒えていき、精神までもが緩やかな安らぎを得ていく――続けて思い出したように嗅覚、味覚が刺激される。
むせ返るような鉄のニオイ、脳に刻み込まれたイヤな記憶に触れかける⎯⎯だが、それよりも先に味覚が機能し――
「苦っ……ぅ、ヴェェェェエエエエッッ!! まっじぃぃぃぃいいいいっっっっ!!」
「こらっ! ちゃんと飲んでみつにぃ!!」
パッと離される太い前腕、無慈悲に新タの口元を両手で押さえ付けるツキ。
「クハハハハッ!! 鬼人族の血はクソ不味いって吸血鬼の間じゃ有名だからなァ! まァ、鬼の親戚みたいなモンだしなァ、でもイイじゃねぇか!! 良薬口に苦しって言うだろ!! ボウズ!!」
錆びた鉄の味とゴーヤの苦さを極限まで凝縮させたような味にむせ返り転げ回る。
「アガぁぁァァァ!! 苦い!! 不味い!! 苦い!! マズィィィィイイイッッッッ!!」
「クハハハハハハハハッ!! そんな転げ回るほど不味いのか!! 自分じゃよく分からんからなァ!!」
「だ、だいじょうぶ……?」
人がこんなにも苦しんでいると言うのに、その横で高笑いを続けるオニと、兄の背中をさすり心配の言葉をかけてくれる心優しき妹。
……あぁ、やはりこの世は、慈悲と無慈悲で出来ている……。
⬛︎
――悶絶するほどの味覚への刺激を、持参のフラスクの中に残っていた水で流し終わり、幾分かマシになってきた所で俺は立ち上がると、改めて自分とツキを助けてくれてた命の恩人へと頭を下げお礼を伝える。
「……あのっ!! 俺とツキを助けて下さってありがとうございました!!」
「あっあたしもっ!! ありがとうございました!!」
「クハハハッ! イイってことよう!! コッチも人助けできて気分が良いしな! 魔物も倒せた事だし、一石二鳥どころか一石三鳥ってモンよ、投げたのは石じゃなくて大剣だけどなァ!!」
「おお! おっちゃん! 上手いこと言うね!!」
パチパチと手を叩きながら、命の恩人のセンス抜群のギャグを必至に褒め称えているツキを横目にしながら言葉を口にする。
「……なにか、お礼をしたいんですけど……」
「あん? いいや……礼なんていらん、こっちも好きでやった事だしな……んな事よりも随分と珍しい事もあったモンだ、焔の不死鳥、フレイムフェニックスと白昼夢の悪鬼……二体の幻魔獣の同時出現とはな……」
礼など要らん言った後、あからさまに話を逸らした心優しき恩人に心の中で感謝しながら、一先ずはその話に乗ることにする。
「……幻魔獣ですか……知識として、本で見た事があるのが少し記憶にある程度ですし……もちろん実際に会って戦ったのも初めてですよ……何なんですかあいつらちょっと強すぎません……? 特にその白昼夢の悪鬼だか言う方……」
「あたしも、あんなの初めて……強すぎ」
「そうだな……しかも一体はホンモノときた……元々は俺はフレイムフェニックスとジャイアントロックドラゴンの討伐に来てたんだが……向かってみればジャイアントドラゴンばぶっ倒されてるわ……やけに騒がしいなと思ってこっちに来てみればボウズ達が生死の境にいるしな……」
言って大男は目を閉じ一つ大きく息を吐く。
「まっ! なんにしても間に合って良かったってヤツだ 所でボウズ達名前は何て言う? ちなみに俺の名前は五十嵐喰邪・D・ウォーズ、悪魔グループの鬼人族だ、随分物騒な名とナリだが同じ悪魔だ、これからもまた何度か会うこともあるだろう」
「……え?」「……その名前って」
その一回聞いたら忘れる事は無さそうな名前が耳に入ると、探していた人物だと言うことに気が付き驚き口をぽかんと開口。
「……師匠っ!?」
「な、なんだ……ボウズの師匠になった覚えはないが……あん……? いや待てよ……その顔どこかで見たな……どっちかって言うと母親似だが、ひょっとしてヴァッシュの息子か……?」
「はいっ、そうです! お師匠っ! ヴァッシュ・V・アルクの息子、國満 新タ・V・アルクと!!」
シュパっとまるで鬼軍曹を前にした軍人のように足を揃え背筋を伸ばし敬礼のポーズを取り。チラリと、未だポカンとしているツキへと視線を送る。
「あっ、え……あっはいっ! その妹! 梓川 咲月・V・アルクですっ!!」
俺の見よう見真似で辿々しくも敬礼のポーズを取りツキも名乗りを上げた。
あまりサマにはなっては居ないがちょこんとしていて大変可愛らしい。
「クハハハハッ!! そんな固くなるんじゃねぇ!! なんだ二人はヴァッシュのチルドレンだったのか! そういや息子と娘が訪ねて来ると思うから鍛えてやってくれっていわれてたな」
「……まさかヴァッシュだけでなく、その息子と娘の師匠にもなれとはその図体と同じく図々しいヤツだ……まぁ俺も教えるのは嫌いじゃねぇから良いけどよォ!」
「え? 親父の師匠なんですか?!」
「あぁ……そうだぜ、昔はことある事にぎゃーぎゃー泣くオツムの足りねぇガキだったが、あのナリからも見て分かる通り、散々鬼のように鍛えてやったな、まっ……鬼のようにじゃなくて鬼だけどなァ……」
「へぇ、お父さん昔はよく泣いてたんだー……」
「あの親父が……」
昔はよく泣く子供だったなんて想像がつかないけど、でも確かに雰囲気とかバトル漫画みたいな豪快な笑い方とか似てる所あるな。あとギャグセンスも。
ああ、でも親父の方が酷いな。
「……よし、自己紹介は取り敢えずこの辺にしとこうぜ、さっそく弟子に戦い方の伝授もイイが一旦、ドラレストに帰って飯食って風呂に入ってよく寝て、心も体も休めてからだ」
「そうですね……ツキ歩けそうか? ほれ、おぶってやるからこっち来い」
しゃがみ込み背中をツキに差し出す。
「だ、大丈夫だよ……みつにぃの方が酷い怪我だったんだから……」
「何言ってるんだ! あんさん気絶しとうたから気付きへんやったと思うけど、ツキさんは心臓抉られかけとったんやぞ……その方が一大事やわ、やから兄として……妹の一大事に何もしてやれなかったことの罪滅ぼしをさせてくれ!!」
「……なんでちょっと関西弁混じってるの……みつにぃはいつも頑張っとうよ……何もしてやれなかったってそんな事なかばい、やけんそんな頑張らんでも、……ウチはずっとずっと好いとうよ」
言ってみて少し照れ臭くなったのか、俯き頬を赤らめるツキ。
そ、そそそれはっ、博多弁言われてみたいランキングトップ入りの方言、好いとうよじゃないか! 以前の世界ではもう使う人が少なくなったとか古くさいとか言われて少し悲しくなってしまった事もあったが……実際に言われてみるとやはりとても感じ入るものがある。
可愛い! 素晴らしい! 最強!! この三拍子!!
「……嬢ちゃん達の会話はツッコミどころ満載だな……」
「……それにみつにぃ……」
「ん……どうしたツキ……?」
「……いつまでパンイチなの……」
「……え?」
未だ頬の赤いままそっと顔を背けられたので、指摘されたことの事実確認の為、改めて自分の姿を見下ろしてみると、確かに、衣服は殆ど焼失し、パンイチと言っても過言では無い有様だった。
「……ワァオ……」
……いやん、恥ずかしい……。
「……ばかにぃ……」
――とまぁ、そんな感じで、暖かな陽光の下、野ざらしに痴態を晒す兄として威厳の欠片も無い俺と、クスリと笑うツキに、「クハハハハッ! 巨神獣の幼虫でもあるアイツの炎はちぃと特殊でな、焼くも焼かんも自由自在だからなァ! まぁ、それだけ敵として認められたってことじゃねぇのかァ! クハハハハハッ!!」と声を大に、大笑いする大男であった――――…………。
……なんて……。
――なんて綺麗な結末なんだ――。
こうして俺達はこの旅の中、辛いことや苦しいことも、四苦八苦しながら手を取り合って歩んでいける。
本当に、そうだろうか?
そうだといいな。
誰がそうだと決めた?
――青い空を見上げる――。
目も当てられないほどに、甘ったれたこの考えは、いつしかこの身を滅ぼす。
――幸福に裏切られる――。
今回は助かっただけ。
――色はいつか落ちる――。
そう、――助けられました。
――それが生きていくことへの代償――。
おかげさまで。
危うかったんです。
あやうかった、危うく――今度こそ――こんど、こそ――――
――ほんとうに失うところだった――。
――俺は、――――――――――お、れは――――
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