第6話 果たすべきこと
まだまだ朝日がサンサンと降り注ぎ、青々と広がる空の頂点にだんだんと太陽が昇りつつある、そんな心地の良い天気と遜色なく、居心地の良い暖かな家族、両親に見送られながら後ろ髪を引かれる思いで長くなるであろう旅路を思う。
――目的は明確、表向きには、両親と妹には心身共により自分を鍛え上げる為、最終目標はこの世に蔓延る巨神獣の討伐隊に参加すること、それまではギルドのモンスター討伐クエストで鍛え上げつつ出稼ぎに出ると伝えてある。
その事を親父に言ったときに師匠も紹介して貰っているのでその人に会いに行くのも目的の内の一つだ。
そして⎯⎯誰にも言わずに隠している本来の目的は、こっちの世界にいるであろう、あっちの世界で不運な出来事に巻き込まれてしまった彼女達を探し出す事。
もし危うい状況なら助けなければ行けない。
そういう確認も含めてだな。
会うかどうかはさておき。
隣で、ぎゅっと俺のコートを掴んでくるツキに関してだが、『危ないから、連れていくことはできませんっ』と言ったら、ツキは何故か置いていかないでとわんわんと涙を枯らすのではないかと思う程に泣いて駄々をこねたので、危ない事には極力、関わらないこと、何かあったら直ぐに俺に相談すること、を約束に連れて行く事にした。
まぁ、あの両親の遺伝子を引き継いでいるので強くはあっても弱い筈はないからな、旅は道連れ世は情け、持ちつ持たれつの関係だ。
ちなみに学校は魔術学校とかいう魔術教会が運営する学校が何個か存在するが下位独立許可証を取得したら後は自由登校。
「……お金は一週間は何とかなる分持たせて貰ったし、まずはヴァルマニアの都市部まで行って宿見つけて、ちょいちょい討伐クエストしながら共和国まで行くかなー」
色々な種族住んでるから情報収集の為にね。まずは転生者の情報を集めないと、ギルドの冒険家とか酒場のおっさん共に聞けばわかるだろうか。
あ、ヴァルマニア都市部周辺に居るらしい師匠も探さないと……すげー行き当たりばったりになりそう……
「へへへっ、みっつにぃー! みてみて、こっちこっち」
「……またか、どうしたんだツキ」
ニマニマしながらも何かを訴えかけるように上目遣いでこちらの顔を覗いてくるツキ、時々こういう行動をしてくるので、意図が掴めずにボケーとしていると。
「んんっ……まだ気づかんか! この鈍感馬鹿にぃ! とぉっ!」
「痛っ!」
こういう風に蹴ってくる、本当によくわからない、年頃の女の子って奴かな、最近ではこの行動の頻度も増えてきている気がする。
「そろそろ、この愚かで甲斐性の無い、いい所と言えば筋肉ぐらいの男に分かりやすくご高説ください、最近好きな子ができた自慢の可愛い可愛い、神様、仏様、妹様」
最後にさっきから気になってしまって頭の片隅から離れない情けの無いことを付け加えておく。
「あたしからは言えないからこうしてるって、何回も言ってるでしょっ! 頭ダチョウなの!」
「うんうん、俺は嫌なことがあったら明日には忘れてしまうそんな楽観的で都合の良いクルミ程の小さな脳みそをしています、……ってなんでやねんっ」
酷いノリツッコミ。酷いエセ関西弁。
「……頭、かち割って見てあげようか、みつにぃ」
ツキの小さなお口からギラリと尖った八重歯が覗く。
「や、やめてくれっ、再生してしまうから凄いリアリティを感じる……」
吸血鬼は個体値はあるが腕や頭の一部の欠損くらいは勝手に再生して治してしまうのです。
そんな事から魔力欠乏、身体の9割以上の破損などを加味すると、完全無欠な不死性では無いが、重症を追うことは中々ない。
「……このあんぽんたん」
ぷいっとそっぽを向く。
「……ツキ……?」
ありゃ、ちょっとご機嫌ナナメ。
身をかがめ、ムスッとしてぷっくりと膨らんだ頬をツンツンと突っつくと、ポフゥ……と空気が漏れでる。ツキはそんな俺の行為に対して「もう……」と言葉を零すと、まだそっぽを向いたままだったけど、スっと手を繋いできた。
……可愛いヤツめ。
「……可愛いヤツめ」
俺は正直者なので馬鹿正直に声に出していた。
ツキはまん丸おめめをパチパチとさせていた。
……うん、まあ、そんな感じで、何だか微妙な間があったにはあったけど、それからも戦々恐々な会話を和気あいあいと、キャッキャウフフ、キャッチボールしながら、目的地であるヴァルマニア都市部、ドラレストのメインゲート前へと赴く――。
「お二人ですね、身分証、通行証の提示を」
「これでいいですかね、ツキもほら」
「んっ」
「はい、こちらご確認させていただきます」
関所のお役人さんに両方の証明ができるカードを2人で見せると門番さんに見送られながらメインゲートをくぐり、ざわざわとした喧騒が聞こえてくるドラレスト内部へと入っていく。
――ドラレストは吸血鬼の国の中心地なので勿論、吸血鬼が多いが吸血鬼と仲のいい人間族も多々見受けられ、冒険家や行商人、大槌を担いだ人(鍛冶屋かな?)、ありとあらゆる人々が行き交いあっている。
都心だけあって流石に人通りが多いな。
「今日朝一っ! とれたて新鮮っ! ヴァルマニア産ハラマキ貝、甘みの詰まったぷりぷりオマール大海老売ってるよー!! おぉとうっ? そこのナイスガイとべっぴん嬢ちゃんちょっとこっち見て行かないかい?」
フッ、どうやらこうやら俺の事らしい。
両手を広げ、優美な歩きで商人の前へ。
商人は鋭く尖った八重歯をギラつかせて、お、キタキタ、と言ったような表情。
「うーん? ナイスガイだなんて照れますねぇ! 仕方ないからちょっと見てみようかなぁと!!」
「……みつにぃ、皮肉かもしれないよ……?」
ボソッと呟かれる。
「……ナ、や、やっぱお腹いっぱいだしやめとこっかな……ごめんなおっちゃん、……またにするわ……」
「……あ、そうか? いつでも歓迎だぜ」
手を振ってご退散。
「で、でもでも、世界中の誰もがみつにぃの事を醜悪だと思っててもあたしはみつにぃの事宇宙いちカッコイイと思ってるからね! 安心してね!」
……無理やりなフォロー、それが心にズキズキ痛み入る……それとその二字熟語は余計だったりして……
「俺もツキの事は
「え? ……へへっ、そう?」
とりあえず相互フォロー。
……一体誰のせいかは未だ判然としないが、何処かのツキさんのせいで若干萎えもしたけど(うん?)、こうやって歩いてるとまさにザ・異世界て感じだな、ちょっと感動。こっちの世界に来てから16年、それでも住んでる所が田舎町のルナマニアという場所で、都市部から離れていたせいもあってこういう異世界特有の雰囲気に囲まれたらやっぱりまだまだ驚きがある。
元の世界にいた時間の方がまだ長いのもあるしな。
そんな事を思いながら、ちょこんとしたツインテールとフリルのついた服をゆさゆさ揺らしながら歩くツキに目をやる。
「前から思ってたんだがその服暑くないのか、ツキツキ、キツツキ」
「うん、大丈夫だよー、通気性のいい生地使ってるし、暑くなったら魔法で体温調節してるから」
「……え? そんなこと出来るのん?」
モチロン冗談だ、知っている。本当だぞ?
「やっぱ、あたまダチョウさんだね」
「俺ら兄妹は吸血鬼ではなく鳥だったんだ……」
「みつにぃはとり頭だけど、あたしはツキだよ、キツツキじゃないよ」
「……俺の脳みその小ささはひとまず置いておくとして、やっぱツキって器用だよな、その服もお手製だし……そういえば、そのゴシックロリータな服って確かよくサキュバス族が来てるよな」
……そうそう、そのサキュバス族だが、サキュバス・インキュバス族は人の精力を糧に生きている種族の為、その国の中心地の都にはそれはもう男心くすぐる
まぁこの話は14才の時に親父から聞いた話なんだが、その時に親父は、「も、勿論、父さんは行ってないぞ? 行ったとしても若い頃の話だ……それとこの話はお母さんには絶対に内緒だぞ……? ツキにもな、その代わり新タがもう少し大きくなったら父さんが連れて行ってやろう、父さん選りすぐりのお勧めの場所を教えてやる」と、口早に言っていた。
……あの約束はいつ果たされるんだろうか。
「……うんうん、そのせいでおっちゃん達に良く声を掛けられるから何処に逝きたいかちゃんと聞いてから手を出してるよ……」
「ひぇっ……」
吸血鬼族特有の能力、
という事でちょっと再確認。
――吸血鬼眼の色には3色あり、感情の昂り、魔力の高ぶりによって魔術紋様の入った迸る赤色、魔術紋様の入った輝く黄金色になる。
もう一つの吸血鬼眼についてだがこれは殆ど都市伝説レベルなので、覚える必要はあまり無い。
……文献にも殆ど記載がなかったからな。
まぁ、とにかくその一色を除いた二色の内の一つ、俺の吸血鬼眼は、身体に宿る魔力の扱いが上手くなり、それに伴い身体能力の向上、戦闘能力の向上を主とする赤色の目。
――
それに対し、ツキの黄金色の目は⎯⎯⎯⎯
――
精霊、魔力粒子の検知、コントロール。それと思考加速だ。
この思考加速は一般的には魔力保有量の多いものなら誰でも扱う事ができるが、吸血鬼眼は普通の魔力を通してでの思考加速より際限がない、例えば普通の思考加速の魔力許容量限界値が50とするならばそれ以上の魔力を脳に回すと耳や鼻から血がでたり、意識が途絶えたりして、命の危機に陥ってしまうが、黄金色の吸血鬼眼持ちは、例えば脳に魔力を50以上回しても問題なく加速させることができ、極めていけば視界は本当に時が止まったかのように感じるらしい、持続時間は3秒程だが殆ど隙間なく魔力がある限り何度も思考加速できる。
更に、この2色の吸血鬼眼は自信の精神、魔力の成長に伴い、際限なく進化をしていく。
そんな感じで、吸血鬼眼だったり再生能力があったり他にも眷属を作れたりなど、これだけ盛りだくさんの能力を持つ種族だが強さでいうと他の種族と比べて神々を除き中間ぐらいだ……この化け物共め。
「……よし、とりあえずはこの宿で良いかな……安そうだし、最低限の設備が整ってれば良い」
木材で作られた2、3階程のとても通気性が良さそうな宿を眺めているとツキが隣で何かをボヤく。
「えぇ……これ大丈夫なの、隣の部屋の声とか聴こえたりしない? 後ろのあれにしようよ」
後ろを振り向きながら指を指すので俺も釣られてそちらを見てみる、4、5階程の高級そうなこの都市の主なデザインと同じくゴシック建築をした、とてもじゃないが庶民には手を出せそうに無い建物が見えたので、ツキの両目の前をそっと手で塞ぎ、現実から目を逸らさせるように言葉でも誘導してみる。
「……ん? 前見えないよ〜、みつにぃ」
「こらこら、ツキ? あの建物はまだ開放条件を満たして無いからもう少しステージを進んでからにしましょう、きっと甲羅に棘の生えた怖い亀のボスもいるぞっ」
「ただお金がないだけでしょ……」
「真実は一つとは限りません!」
「……お金が無いのは合ってるんだね……」
不満たらたらでまだ納得のいっていない様子のツキを連れ、とりあえずは受付のおねーさんに二泊三日の朝夜、食事付きを頼み、渡された鍵を持ってミシミシと鳴る階段を登り部屋へと歩いて行く。
部屋の前まで辿り着くと貰った鍵を使い、キィ……と、鳴り響く扉を開け中へ……途中、ツキがとても不安そうな顔をしていた事は記憶の中からそっと追い出す。
「……へー、割と綺麗だねっ、みつにぃ!」
「転ぶなよー」
凄い失礼な事をおっしゃいながら、とてとてと部屋の中へと入っていくツキさん。
まぁ、確かに外装に比べて内装は割と凝ってるな。
清潔感のある和モダンな内装にふかふかの暖かみのある赤の絨毯、窓際には丸いテーブル、その中心にはヒラヒラと蝶のような赤い花が
「みてみて、このお花きれいだね」
「……うんうん、値段的にも割といい所だったんじゃないか? そうだろう? なぁ、ツキ、そうだと言ってくれツキ」
「ソウダネー」
……軽く受け流された。しくしく、悲しいよぉ。
悲しさと疲れを振り払うように、ふかふかとまではいかないが割と寝心地の良さそうな窓側のベッドへ身をなげうつ————。
スーッ……沈みゆく体、溶けゆく重み。
「……あー、癒されるー、このまま消えてしまおうか、成仏してしまおうか……」
「……みつにぃ……悪魔だし、吸血鬼だし、アンデッドみたいなもんだけど別に死んでるわけじゃないでしょ……」
「ちょっと隣、失礼しまーす……」
ギシッと揺らしながら、のそのそとベッドに上がり背中を向けた俺の隣にごろんと寝転ぶツキ。
「……隣りにもベッドあるぞ」
「んー、ここがいい……」
「……あっそ……」
居心地の良い時間、ぽかぽかと差し込む陽の光が心地よく、そのまま眠ってしまいそうになりながらも、そんなささやかな幸せに対して癖がついてしまっているのか、つい、ふと嫌な感覚を思い出してしまい、気持ちが重く沈んでいってしまう……
「……ねぇ、みつにぃ……」
「……どうしたんだい、ツキさんや……」
「……みつにぃ、なんか悩み事でもあるんでしょ……」
「……ん、別に……」
「また、はぐらかして……わかるよ、もうずっとずっと一緒にいるんだもん、わかるよ……知ってるよ……」
不安げにぎゅっとコートを掴んでくるツキに対し、沈みかけていた気持ちを切り替える。
「……よしっ、ツキ、晩飯の前にギルドによってひと通り手続きを終わらしてくるぞー!」
ベッドから起き上がりそそくさと逃げるようにして部屋の扉へと向かう。
「……いつもそうだったよね……みっちぃ……」
⎯⎯ ふと何処からか、心揺さぶるような、胸の奥がきゅっと締め付けられるような、懐かしい響きが聞こえた気がした。
✎︎---------------------------------------------------
補足として簡単に、主人公が今に至るまでの時系列、主な出来事。
◉0才 バブ〜と異世界転生。
⥥
◉そこから9年間はこの世界の事を学びつつ、日々研鑽。
⥥
◉9才、魔術学校入学。家には帰らず寮に泊まりながら猛勉強。通常10年かかる内容を5年で網羅。上位独立許可証取得(様々な特典があるが、基本、これに類する許可証を持っていないと共和国に立ち入る事が出来ない)。ツキが持っているのは下位独立許可証。一般教養、基礎的な魔法の知識があれば取得可能。(特典無し、厳重な審査の上、共和国立ち入り可能)
⥥
◉14才 家に帰るとあらびっくり、妹が出来ていた。
⥥
◉14才 モフ子さんには、16年後だかどうだか言われたが、居てもたっても居られず旅に出ようとするが、運悪く強力な魔獣に遭遇。ズタボロになった所を父に助けられ、家に帰ると妹と母に号泣される、以降は自重(なんなら二足歩行が出来るようになった瞬間に家を飛び出ていた)。
⥥
◉そこからは父と共に猛特訓の日々。
⥥
◉16才 現在に至る。
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