第7話 仲良しこよし
「――はい、ではこれにて正式に手続きを完了致しましたので、ランクに見合った依頼なら受けられるようになりましたよ、尚ランク更新に致しましては、基本は依頼をこなした量で上がったり、一つ上のランクの依頼ですと例えば推奨として、冒険者様以上のランクの方とならパーティで受ける事が出来ますので、そちらの達成度合いによっても上がる事があります」
都市部だけあってか華やかで煌びやかな青と白を基調にした魔術教会兼、ギルド内の喧騒がガヤガヤと聞こえる中、受付のお姉さんから諸々の説明を聞きながら⎯⎯ふと、親父に紹介して貰った師匠のことを思い出す。
「――説明の方以上となります。新たなる冒険者様に魔神様の祝福と良い旅路があらんことを」
「あ、あの……つかぬ事をお聞きしますが鬼人族の
「はい、存じておりますよ、インデックス・サーティンの神位階級冒険者、五十嵐さんですね、五十嵐さんは先程、依頼の掲示板を見ておられたようですが……どうやら帰られたようですね……」
「……そうなんですね……」
入れ違いになったのか……
……神位階級って一番上の階級だよな……とんでもなく強い人じゃん……そんな凄い人紹介して貰ったのオレ……前世でもそうだったけど、師匠には恵まれてるよなぁ……まぁまだ弟子入りするって決まった訳じゃ無いけど。
というか、前々から名前聞いた事あると思ってたけど、インデックス・サーティンって……
「五十嵐さんは頻繁にこちらに来られるので、冒険者様がまた来てくださればまたお会い出来ると思いますよ。……他にご質問などはございますでしょうか?」
「……あ、それともう一つ」
望み薄だけど。
「はい、なんでございましょう?」
質問の先を促され、俺は彼女達の名前を順番に述べた。
「申し訳御座いませんが、存じ上げておりませんね」
「……そうですか、じゃあ、大丈夫です。ありがとうございます」
「はい、では改めて、新たなる冒険者様に魔神様の祝福と良い旅路があらんことを……」
受付を後にし、一緒に説明を聞いていたツキ(なぜかモジモジとしていた)を連れ、先程から気になっていた、依頼が所狭しと貼ってある掲示板まで行ってみる。
「すげぇ……まるで異世界だ」
さっきから、色々な所で異世界を感じる……なんだ、異世界を感じるって。
「へー、討伐クエストだけじゃないんだね、みつにぃ」
「……そうだな、お店の手伝いから子供の世話、行方不明のペット探しから、バーでオカマの相手♡、んん……見なかったな、何も見えなかった」
なんか色々可愛い動物やらハートやらが描いてある特殊なテーマパークへの招待状が見えてしまったのはきっと疲れているのだろう。
凝り固まった目をほぐすように目頭をモミモミしていると隣からちょいちょいと脇腹をつつかれる感触……そこ、ちょっ、いやん、こそばゆいっ。
「みてみて、みつにぃ、今度あれ行こうよ、あれ、せっかくだし見てみたい、お金もいっぱい手に入るよ」
「……ん、なになに、緊急討伐、撃退クエスト、焔の不死鳥、フレイムフェニックスと巨大岩石龍、ジャイアントロックドラゴンの討伐。尚この2体は三日間にわたって、囁きの大森林、近辺で争っている為、同時に相手にする事になります、と」
「……ツキさんや、とりあえず観光気分で行ったらとりあえず死ぬことになるけど、それでもいいかな、俺はイヤだぞ」
「みつにぃとなら一緒に死んでもいいよ」
「兄妹愛にしては重い……重いよっ! だがそれも愛だと言うのなら、いいぜ、いざ共にゆかん、カタストロフへとっ!!」
「悲劇じゃん……冗談だよ、半分。……それならこっちにしよ、この隣のやつ」
「どれどれ……栄華の果実の採取。おっ、報酬も割と良いな、これにしよう」
あまり確認せずにベリッと剥がして丁寧に折り畳み内側のポケットへと入れておく。
「みつにぃ、ポケットに入れたらダメでしょ、明日行くにしてもまずは受け付けて置かないと……」
「ん、ああそっか、賢いなツキ、もっと賢くなる為に俺の脳ミソを少し分けてあげよう」
「欠片も無くなるけどいいの」
「ふんっ、こんなもんあってもしょうがないだろっ」
なんだか自分で言ってて悲しくなってくるぞ。
「自分で言ってて悲しいね」
「ううっ……」
「出来の悪い頭はこの頭かな、ヨシヨーシ」
この憐れで未熟な出来損ないの頭を撫でてもらい……そこはお腹だ、ツキ……身長的に仕方ないけど……。
⬛︎
「——Hey! そこのご兄妹、Youは何しにイセカイへ?」
突如として現われた吟遊詩人を謳うNだとか名乗る人物(多分偽名だが)はギルド出口前でそんな事を言ってのけた。
つばの広い帽子を被った緑色の髪をした彼の背には、楽器である大きなハープが背負われている。
「なんか色々探りどころあるセリフなんでけど」
俺たちが兄妹だとか言い当ててるし(そんなに似てるのだろうか)、異世界というワードも気になる(ひょっとして転生者かな)。
「わぁ〜、なんか変な人来たね〜!」
一方ツキは大分失礼な事を言って、何か珍しいものでも見るように目を爛々とさせている。
「……えっと、来た理由ですか、ふーん……」
俺は考える仕草をひとつ。
「……運命、ですかね……」
……俺は何を言っているんだ。
「みつにぃ……ナニ言ってるの……」
当然の反応だった。
「運命!! ぁあ! 素晴らしい、meの心に響くとってもgoodな言葉だ!!」
両手を広げて言う、……どうやらお気に召したらしい。
Nは咳払いをひとつ。
「……では、そんな素敵な言葉を言ってくれたyouとの運命の感謝と共に、meからこんな言葉を送ろう……」
ふむ、ここは黙って有難くその言葉を頂戴するとしよう。
「——鬼には気をつけろ、一方は救いだが、一方は災厄だ」
「「……え?」」
Nから解き放たれた意味深なセリフに二人でハモる。
「なんかこういうのイイね!」
ツキは大分楽観的だった。
「では、meはここでお暇する事ととしよう……、君たちの行く末に、幸あらんことを」
手を振ってギルド内から出ていく、——ふと、こちらへと振り返って——
「ああ、そうそう、近親××は辞めておくんだよ、——あ、でもyou達なら大丈夫なのかな?」
とんでもない放送禁止ワードを吐いて、人混みに紛れ何処かへと旅立って行った。
「なんかスゴい人だったねぇ〜」
「あ、あぁ、そうだったな……」
ポツンと取り残される俺とツキ、ついでに置いて行かれたのは、若干の気まずい空気だった。
……多分ツキに関しては意味が分かっていなさそうだったけど。
——日が沈み、夜の帳が降りた闇夜の街、月の明かりと街の灯りが爛々と辺りをと照らしだし、昼の活発的な喧騒から夜の何処か魔性的で穏やかな喧騒になりつつある街並みをツキと手を繋いで歩く。
「色々気になって見て回ってたらちょっと遅くなったな」
「みつにぃが武器やら防具やら本やらに時間をかけたからでしょー、あんなの全部おんなじだから」
「いやいや、全然違うからな、中古でもたまに掘り出し物があるんだよ、本にしても知識はあるに越したことは無いしな。……それにツキだってサキュバス族が出店してる洋服屋から全然動かなかっただろ、どれもこれもヒラヒラしててあれこそ全部同じに見えるぞ、あれじゃまともに戦闘もできない」
「あー、そういうこと言うんだ。せっかくみつにぃのも取り繕ってあげようと思ったのに」
「絶対着ないからな! 想像してみろ、俺があれを着て街中を闊歩し、戦闘中縦横無尽に飛び回る姿を、ほら、想像、ポワポワポワンと」
「んー、ポワポワポワン〜……割と良いっ」
「そ、そうか?」
今度着てみようかしら。
「それにみつにぃ魔術本なんて買っても魔法全然ダメじゃん、使えても火の玉出すぐらいでしょ、もうそんなの歩くライターじゃん、使い捨てだよ」
「酷いこと言うな?!」
くそぅ、なんで俺は魔法が上手く使えないんだ……体内の魔力の扱いだけは昔からピカイチなのに、それを体外に出す魔法が中々どうして上手くできない……魔法少女、夢だったのに……
「みつにぃが出来るのは料理ぐらいでしょ、パーティメンバーには必要だからね、コックさん、今度は料理本でも買ってみれば?」
えぇ……? 異世界で食堂でも開けと……?
「いやいや、その前に俺たちお金ないだろ……」
「そうだね……」
「……あたし、頑張るね、みつにぃの為ならこの身を売ってでもっ、おうちで食っちゃ寝しとくだけでいいからね! みつにぃは!」
「ありがとうっ! ってなると思うかこの、どあほぅ」
冗談でも宜しくないのでその場で足を止め、その可愛らしいおでこにデコピンを入れておく、ていっ。
バシィッ!
「痛っー!! ちょっとは手加減してよっ!」
「ご、ごめん、力加減ミスった……」
未だに人間の頃の感覚があるせいか時々加減がわからなくなってしまう、気をつけないとな。
「ツキさんや、代わりに俺が身を売るから許してください……だからそんな目で俺を見ないで」
額を抑えながらうるうると凄い涙目で見てくる……そんなに痛かったのだろうか。
「撫でてよ……」
「え……?」
「痛かったから撫でてよっ!!」
叫び、ツキは俺の手を取ったかと思うと、そのまま自らの頭へと乗せた。
「ほら、はやく」
「……ハイ……」
艶やかなサラサラの銀髪の上から赤くなってしまった額を優しく撫でてやる。
「ほぉら、イタイのイタイの飛んでけぇー……」
「フヘっ……へへ……ありがとぉ」
……どうしたんだ……凄い気味の悪い笑い声が漏れてしまっているぞ、いったい誰に似たんだか……。
――そのまま暫く撫で撫でサラサラにこにこ。
……ふぅんむ、それにしてもアレだな……見てるとなにかとこう……小動物を撫でている気分になっていく……猫とか頭撫でると目を細めるんだよ、あの感じ、たまたま降って湧いたようなマッチポンプだけど、正直な所これはコレで俺へのご褒美だ。
……ん、なんか既視感……?
いつまで続ければ良いのか悩んでいた所に何かを思い出したのか、ツキの小さな口が開く。
「……そういえば掲示板に凄いハートだらけの依頼が貼ってあったね、きっと楽しい所だよ、行って来なよ」
「……そうだな、帰ってきたらちゃんと慰めてくれよ、きっと何もかも失った後だから、お兄ちゃんはお姉ちゃんになってるのかもしれない……」
「うんわかった、オネェちゃん」
んー? まぁいいか。
「……さっ、そろそろ晩ご飯も用意される頃だし……宿に急ぐわよーっ、ツキちゅわーん!」
「おっけー、まってー! オネェちゃーん!」
――まだまだ深夜には程遠いのに、何故か深夜テンションの俺たちなのであった。
⬛︎
「うわぁー! 美味しそう!!」
「よく噛んで食べるんだぞ」
「……それを言うなら、みつにぃの方でしょ、いつも喉詰まらせてるじゃん……ほら、据え膳食わぬわ男の恥っていうでしょ」
「適当言ってるだろツキ……」
運ばれてきた、栄養バランスをよく考えられている魚と野菜を主とした色とりどりの食べ物を腹が減っていたので、度々喉に詰まらせながらガツガツとかき込んだ後は、今日の旅の汗で汚れたであろう身体を洗いにシャワーを浴びに行く、宿にはないので専用のお店に。
「混浴じゃなくて残念だったね、みつにぃ」
「ツキの成長度合いを見られるいい機会だったのにな、それはまた今度という事で」
「も、もうちょっと成長したらねっ」
真っ赤に染まった顔を俯かせ、両手に宿で用意されたタオルを抱え、ギュッと胸部を抑えながらタタッと赤の暖簾をくぐって行ってしまう。
「ん、ナルホド」
何か、真理に気付きながら、サッと青の暖簾をたくしあげ、服をロッカーに預け、俺もシャワーを浴びに行く。
「こっちの世界に来てもあまり不便を感じないよなぁ」
ここはシャワー専門店なので、残念な事に風呂は付いていない、のでささっと浴びて直ぐに出る事になる。
とういう事でさっそく、チャリンとコインを投入すると、グワンとシャワーヘッドが光り、一瞬螺旋状に魔力が渦巻いた後、ジャーとお湯が流れ出す、その流れ出したお湯で汚れと体の疲れを洗い流すようにシャワーを浴びていると、筋肉が弛緩し、身体の力が抜けて行き、徐々に気持ちのいいリラックスした状態になって行く⎯⎯そんな状況も相まってか、段々と漠然とした思考に耽っていく⎯⎯
この世界はあれだな、電気じゃくてだいたい魔力で解決してるな、元から魔力が込められていたり、自分で魔力を流す事で使えたり、空気中にも魔力が漂ってるし、やっぱ電気より便利なんだろうな、どれもこれも先人、先輩たち、転生者の知識や知恵の結晶なのだろう。
「あー、きもちイイー……」
ちなみに石鹸はもちろんの事、シャンプーやコンディショナーに似た物もある。
タオルで体を拭き、10分程で洗濯から乾燥までやってくれる洗濯機型のアーティファクトから服を取りだして着用し、再び暖簾をくぐり外にでて、熱いシャワーで茹で上がった体を夜の冷気により冷たくなった外気に触れさせ、とても心地の良い爽やかな気分に浸る。
「……ふぅ……ツキは……まだか……」
ツキが出てくるのを待ちつつ、星々がキラキラと照らし出す夜空を見上げると、空一面に輝く星々の中心に銀色の光を仄かに照らし出す、月に住んでるウサギに齧られでもしたのか、満ち欠けた月が雲間から顔を覗かせていた。
……当たり前すぎて何も思わなかったけど、この世界にもちゃんと月はあるんだな、なんでこの世界は、元の世界と似通った部分がこんなにも多いのだろう。
自然環境、生活面だけでなく、歴史面でも、昔は戦争もあったし、今でも小さなところでの争いはある。
幾度も繰り返す歴史、過ち、分かり合える人々、決して相入れることの無い人々、そんな相反するものや矛盾するもの、様々なジレンマを抱えながらも心を持った生物たちは無様にも必死に生きていく⎯⎯何故ならばそれが遺伝子に刻み込まれた絶対にして、あらゆる事柄よりも優先されるべき事だから。
どんなに残酷で非常であろうと、人はひとり、生きていく。
……冷たい風が髪を揺らし、肌を撫で、少し肌寒く感じる。
「……さむっ……湯冷めしないように気をつけないとな」
両手で自分のからだを抱きサワサワとしていると背後から暖簾をくぐる音。
「馬鹿は風邪引かないから大丈夫でしょ」
「……ツキ、馬鹿でも風邪は引くぞ、引いた事に気付かないだけだ」
「あー、なるほど〜……」
……静寂。
夜に灯ったほんのりと暖かな灯火は、ぼんやりと朧気に見える。
「……みつにぃ、そういえば神殿にピアノあるらしいね」
「ん、あぁ……聞いたことあるな、そんな話、……それがどうかしたか?」
……俯いていて表情の窺えないツキ、いや、わざとそうしているようにも見える。
「……ううん」
「……もう一回聴きたいなって……」
そんな少女は、頭を振って何かをボソッと呟いた。
「……ツキ? ごめん、なんて言った?」
上手く言葉が聞き取れず聞き返してみると、ツキは顔を上げ、にっと笑んで口を開く。
「何でもな〜い!」
「……そうか? ツキがいいなら良いけどな……」
「うんっ、いいよいいよ、……だってあたしだけズルいかなって」
……ズルい? なんの事だろ……
……また暫しの静寂、未だ乾ききらない濡れた二人の髪が再び冷たい風に揺れる。
そんな中、何処か引っかかるものを感じつつも、その引っかかりを気のせいにし、背後から追ってくる何かから逃げるようにして気持ちを切り替える。
——逃避に、意識を向けないでいる。
「……まっ、いいか……そろそろ宿に帰ろう、湯冷めしそうだしな」
「はーいっ」
元気よく返事をして、サッと手を差し出して来たまだまだ可愛げのある妹、こちらもそれに応えるように手を差し出してしっかりと繋ぐ、いつかは「うっせぇっ、死ねっ、カスっ、糞虫っ!」とか言われる日が来るんだろうか、イヤだな、お兄ちゃん泣いちゃうぞ。
「あのね、みつにぃ……」
「ん、どうした」
「これじゃあ、握手だね」
「……そうだな、仲良しこよし」
――そんな、仲の良い兄妹、明るい夜道に行き交う人々の物語を雲間から窺う満ち欠けた銀の幻想。その心奪われるような月は、すでにその姿を隠しているようだった――。
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