第19話 悪を倒すという仕事

 ダダダダダッ……。

 

 草原の中に砂埃がたっている。そしてその砂埃を追いかける1つの影。先行する砂埃を作っている影よりかは大きいな身体だが。スピードは小さい方が早い。しかし距離が離されているわけではなかった。


「ち、チートかー!」

「ふはははははっ。若造なんぞには負けん!ずっと走るくらい余裕だ!ふっはははっ」


 ダダダダダッ……。


「なんかムカつくー」

「ふははははっ。遅い遅いぞ若造!」

「——烏森さん。あまり無理しないでくださいねー。競争じゃないですよー」


 草原の中を走る1人と1匹を駅舎で見ている女性の声が聞こえてくると――。


「椎葉ちゃん!わしにも声援を」

「しないでーす!」

「何でだ!?」


 声援拒否の声が草原に響く。ちょっと俺の前を行く暴走犬がこけそうになったな。


「問題犬の応援するかよー!」

「なっ。若造が迫って来ておる。だが――こんなのまだまだ本気を出しておらん」


 ダダダダダッ……。


 現在何が行われているか。

 何も知らない人が見たら、飼い犬が脱走してそれを飼い主が追いかけているように見えるかもしれないが――ここは異世界。何が起こったのかは少し前にさかのぼるとわかる。


 ◆


「カピバラさんにペンギンさん。気を付けて」

 

 俺達は駅のホームで見送りをしていた。


「ふむ。行ってくる。あっ、椎葉ちゃん。もう少し上」

「ここですか?」

「行ってきまーす。薫さんと椎葉ちゃん駅長さんの見守りお願いします」

「それが超大変な気がするが……」

「大丈夫ですよ。今日は駅長さんちゃんと駅長室に座ってますし」

「そのまま明日まで過ごしていてくれたらいいが……」


 俺はペンギンさんと話しつつ。駅長室の方を見居ると。こちらへは来ることなく指定席に座りしっぽを振りつつだらけている駅長(柴犬)が見える。ってか、怪しすぎるんだよな。大人しすぎるというか。でもまあちょっと真面目になったのかもしれないなどと俺は思いつつ。


「まあ、そっとしておいて――行ってらっしゃいです」

「はーい。ほらほら、カピバラさん行きますよ」


 ペンギンさんがカピバラさんの方へと向かう。


「ふむ。椎葉ちゃんのブラッシングは神だ」

「そんなことないですよ。はい。行ってらっしゃいです」


 俺とペンギンさんが話している横。ホーム上では出発前に身だしなみを――などと言っていたカピバラさんが汐ノ宮さんにブラッシングをしてもらっていたが。それも終わり。ペンギンさんに押されつつカピバラさんが電車に乗り込んでいく。そしてペンギンさんも乗り込む。

 ってか、ブラッシング中のカピバラさん幸せそうだったな。ほのぼのするような光景だった。


カピバラさんとペンギンさんが電車に乗り込むと今日も空っぽの電車がゆっくりと走り出す。いや、何度かているが。カピバラさんが運転手。無駄に似合ってるんだよな。二足歩行は普段は見ないが。運転中はあの姿勢らしい。大変そうだが――でも運転席に入ると仕事モードにちゃんとなるカピバラさんだった。

 そんな光景をしばらく俺と汐ノ宮さんでお見送りをしていると――。


「よし、邪魔は居なくなった」

「……今頃出てきたよ」


 のこのこと駅長(柴犬)登場である。そして駅長(柴犬)はすぐさま汐ノ宮さんの前へと移動して――。


「椎葉ちゃん。ブラッシングを求めるぞ」

「お断りします」


 笑顔で即断る汐ノ宮さん。いやー、はっきり駅長(柴犬)断られたのだった。


「何故!?カピはしてもらっておったぞ!朝はペンも!差別だ!差別であるぞ!」


 余談だが。カピとはカピバラさん。ペンとはペンギンさんの事である。


「駅長さんは朝からだらけていましたからね。お仕事しない人にはブラッシングはありませんよ」

「なんと!?」


 最近駅長(柴犬)に厳しい汐ノ宮さん。というか。ここ毎日振り回されてばかりだし。悲鳴ばかりの気がする汐ノ宮さんだから……。さすがに、という感じなのか。近寄ってくる駅長(柴犬)と適度な距離を保ち続けている。駅長(柴犬)近寄れば汐ノ宮さん離れる。駅長(柴犬)近寄れば汐ノ宮さん離れるである。まあこれはこれでいつも通りの光景だな。


 ということで、今日はカピバラさんとペンギンさんが隣町へと向かうため2人と1匹である。この後は――いつも通りなら駅舎とかの掃除をして、いつも通りのんびり。することなしという感じだろう。よし。とりあえず掃除だ。今日は気持ちい気候なので掃除をしていても寒くも暑くもないだろう。などと思っていたらだ。


「良し!決めたぞ!若造!」

「へっ?」


 汐ノ宮さんと駅長(柴犬)が何かしているし。俺は関係なさそうだから、駅舎の方へと向かおうとしていたら。俺は急に駅長(柴犬)に呼ばれたため間抜けな声で返事をしたのだった。


「今から若造と持久走じゃ!それで勝ったら椎葉ちゃんにご褒美をもらう。よし。わし勝った!やるぞ!若造!」

「——は?」

「駅長さん何適当な事言ってるんですか」

「決めた。駅長権限で決めた。若造!椎葉ちゃんのご褒美を賭けて勝負だ!今すぐ走れ!先に力尽きた方が負けだ!走らなければ不戦勝だ!そもそもわしの勝ち。ブラッシングゲット!」

「いやいや何を勝手にいろいろ言っているのか」


 どうやらカピバラさんとペンギンさんが出かけて数分もしないうちに平和が壊されそうだった。急にやる気満々の駅長(柴犬)だったとさ。しっぽがちぎれそうなくらい振り回されていた。


「若造に拒否権はなし!よーい!」

「待て待て」


 そしていきなり走り出そうとする駅長(柴犬)という。何と言う輩。さすが問題犬だよ。全て自分中心で回っていると思っているのだろうか――思ってるな。


「駅長さん。そんなことしても何もしませんからね」

「いいや、駅長権限は絶対だ。それに最近の若造はたるんでおる。わしがそれを思い知らせてやろう!」

「……急に今日は激務か」

「よーい。どん!」

「あっ」


 ダダダダダッ……。


 するといつもよりかはゆっくりと。でもそこそこ早いスピードで駅長(柴犬)が駅のホームから颯爽と走り出した。これは――。


「若造!来ないなら不戦勝だ!ふはははははっ」

「……」


 勝手に勝負が始まったらしい。って――俺何も言ってないし。俺がもし勝ったところで――なのだが。


「烏森さん。ほっておいていいですよ」


 もちろん汐ノ宮さんも呆れながらそんなことを言っている。


「何を考えているのか。でもまあいつも通りこの後は多分暇だし。ちょっとくらい相手してもいいか。今日は気持ちいい気候だし。運動にはなりそうだし」

「そうですか?なら――飲み物とか準備しておきますね。頑張ってください。駅長さんをぎゃふんと言わせてください」

「はははっ。あれは――暴走犬だからな。カピバラさんくらいしか勝てないと思うが」

「若造!来ないのか!来ないんだな!負け犬!」

「——適当な事言うな。ホント。走るから待て」

「ふはははははっ。無駄な走りをするのだな」

「調子乗ってるな」


 という遠くにいる駅長(柴犬)とやりとりのち。いつも通り暇ということで、俺はちょっと駅長(柴犬)の相手をすることに今日はなったのだった。本日の仕事。駅長(柴犬)と走る。


 ルールは簡単。草原を走り続けて倒れた方が負けらしい。時間無制限。これ――俺が倒れるまで続くのでは?

 

 ◆


 ダダダダダッ……。


 そんなこんなで走り出してしばらく。駅舎の周りを大きく回りつつ俺と駅長(柴犬)が走っているという状況だ。

 ってか、俺の前を走る犬。多分わざとだろうが。あまりスピードを出さずに。俺に砂埃がかかるように走ってやがる。この駅長(柴犬)ウザい。でもまあルートは決まっていないので、俺は砂埃を避けつつ走るだけだ。

 ちなみに走っていると、そこそこ暑いが。でもいい運動となっている。別に早かった方が勝ちとかではないので急ぐ必要はない。自分が走りやすいスピードで走るだけなら特に問題はない。でもまあ気が付いたら上着は脱ぎ捨てていた。先ほど駅舎の近くを走った際に汐ノ宮さんにパスした。なので俺の上着は現在駅舎近くに干されている。日光消毒だな。ありがとうございます。汐ノ宮さんである。


 ダダダダダッ……。


「ってか。砂埃ウザい!マジウザい!前の駅長(柴犬)!」

「ふははははははっ。わざとじゃ!ほれほれ若造ギブアップせんのか?」


 後ろ足でバサバサ砂をかけてくる輩。


「えっ?まだまだ走るのは余裕ですけど?」

「……なぬ」


 あれ?こちらを振り向きつつ走っていた駅長(柴犬)の表情が曇った。もしかしてつらい?いやいや普段もっとカピバラさんと走ってるよな?何で?まさかの手抜き?などと思いつつ。俺は普通に先ほどと同じペースで走り続ける。


「烏森さんファイトです」


 そして少し前から駅舎を通過するときは何故か汐ノ宮さんの声援と飲み物が渡される。ってか、駅長は走りながら水分補給が出来ないため。駅舎で汐ノ宮さんの準備した飲み物を飲んで走る。という感じだった。止まって水分補給をする駅長(柴犬)は飲み物を飲むたびに俺に抜かれるが。すぐに抜き返すという感じだ。そして俺に砂埃をかけるだった。


「——わ、若造が」


 それからさらに少し。俺と駅長(柴犬)は走り続けていた。時間はもうお昼過ぎだったと思う。そして決着がついた。駅舎前で駅長(柴犬)を抜いて少し。俺の前を走る影はなくなった。普通ならすぐに抜き返してくるがそれが今回はなかったため。ちょっと振り返ってみると――。


「はい!烏森さんの勝ち!」


 嬉しそうな汐ノ宮さんの声が聞こえてきた。


「あれ?」


 何が起こった?と思いつつ俺が振り返ると、駅舎のところでひっくり帰っている駅長(柴犬)がいた「——水飲み……すぎたー」そしてなんかつぶやいている。どうやらあの駅長(柴犬)駅舎前を通過するたびに汐ノ宮さんの準備してくれた水を飲み干していたらしく――まあ飲みすぎで動けなくなったらしい。

 ちなみにひっくり返る駅長(柴犬)の横では、嬉しそうに飛び跳ねている汐ノ宮さんがいた。って――終わったと頭が理解すると。


 ドタッ。


「疲れたー」


 草原の真ん中で即寝っ転がる俺だった。ってか。勝ったよ。普段カピバラさんしか勝てないと思っていたが。まさか俺勝ったよ。ってか、自分が思っている以上に俺は持久力があったようだ。って、そうか。現実世界で朝から晩までここ数年動いていた俺。時には長距離移動やらバタバタがあり。ってか結構な頻度であったし。それなりにそれが運動となっていたのかもしれない。いやー、何事も無駄というのはないのか。などと思っていると。足音が聞こえてきた。


「烏森さん。すごいですね。駅長に勝ちましたよ。ってか、2人とも走りすぎですよ。何時間走ってるんですか?」

「いや、自分のペースだと走れたというか。自分でもびっくり」

「あっ、走ってる時の烏森さん。かっこよかったですよー」


 俺が起き上がると。汐ノ宮さんがそんなことを言いながら飲み物とタオルを差し出してくれたので受け取る。


「かっこよく走った覚えはないが――とりあえず、ありがとう」


 そしてタオルで汗を拭きつつ。飲み物を飲んでちょっと休憩してから汐ノ宮さんとともに駅舎の前で倒れている駅長(柴犬)のところに行くと――。


「椎葉ちゃん。わし頑張った。ご褒美」


 なんかほざった。


「頑張りましたね。でも負けましたからご褒美はなしですね」

「そこを何とか!」

「なしです」

「そこを無理矢理」


 駅長(柴犬)諦めが悪かった。すると――。


「あっ、そういえば勝ったら私から褒美でしたよね?駅長さん?」

「そうだ。さすが椎葉ちゃんやはりご褒美をくれるんだな」


 すると急に立ち上がる駅長。だが――。


「ってことは、勝った烏森さんにご褒美あげないとですね」


 汐ノ宮さんは駅長(柴犬)ではなく俺の方を見ていた。


「それはいらん。ご褒美はわしだけだ」

「駅長さん。お黙り」

「……」


 さらっと、笑顔で駅長を黙らす汐ノ宮さん。駅長(柴犬)が小さくなっていく。


「で、烏森さん。ご褒美何がいいですか?」

「えっ?」

「ご褒美ですよ」


 唐突に俺にそんなことを言ってくる汐ノ宮さん。あれ?俺ご褒美欲しいとか言ってないのだが――ってか、今の俺。走った後だし。汐ノ宮さんが近づいてくるととあることが気になっていたので――。


「えっと――ご褒美うんぬんより……汗臭いと思うので、俺はシャワー浴びて来てもよろしいでしょうか……?」

「じゃあ、シャワー浴びつつ考えてくださいね」

「……」


何故だろう?汐ノ宮さんが楽しそう。ってか、とりあえずこの場に居ると――なので俺は荷物を持って寝台車の方に。移動中後ろの方ではまだ諦めの悪い駅長(柴犬)汐ノ宮さんに「ご褒美を!」などと言っている声が聞こえたが――「なしです」何度か断る汐ノ宮さんの声が聞こえてきていたのだった。

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