第19話 リリー 9



  「……これは、どうしたの…?」


  「ニャーン」


  「?」


  あ、この子は庭で見た猫だ。何故ここに…?


  「そんな事はどうでもいいの。それより、ここは何処?」


  にゃんしか言わない猫に答えを求めるほど焦ってる。


  青空、原っぱ、孤児院どこいった?


  「ルールさん?」


  警備員の名を呼ぶけど、やっぱり何処にも見当たらない。小一時間ほど座っていたのか、いや、一時間ほど座っていたのか、誰も現れない草原に私は目が覚めた。


  「あの魔方陣、あのそばかすの子…」


  これは魔法で、何処か遠くに飛ばされたファンタジー展開。ショックと怒りと不安が同時に沸き立ったけど、とりあえず移動しよう。


  しばらく、いや、日が傾くほどてくてく畦道を歩いていると、畑から老夫婦が現れた。


  「ごきげんよう」


  田舎道に場違いな美しいドレス姿で堂々と現れた私に、老夫婦は不審者を見る目付き。


  だけど彼らから得た情報に、私は内心で愕然とした。


  彼ら、我が家ダナーを知らなかったのだ!


  考えられる二択。


  ここはステイ国でも左のハーツ国でも学院があるスクラローサ国でもない異国か、スクラローサ国でも端っこの端っこの驚異のド田舎。


  (どうか、どうか、あの夫婦の勘違いでありますように……!)


  強く強く念じても現状は変わらない。


  (言葉は通じる。だけど現在世いまよでは山の向こうの敵国トイ以外、その他の近隣国は大体共通言語なので、ここがどの国なのかはっきり分からない…)


  「……」


  振り返るとひそひそしている老夫婦。ゆっくり落ちていく夕陽、迫るのは真っ暗な夜。


  「にゃん」


  「!」


  気づけば、足下に灰色の野良猫がぴったりと寄り添ってくれていた。


  「大丈夫よノラさん。私、こう見えてただのお嬢様ではないの」


  気をしっかり持って。


  一般的な貴族のお嬢様ならば、突然見知らぬ草原に飛ばされ独りぼっちになったのならば、泣いて泣いて途方にくれてそのままバッドエンドになるだろうけど、私には過去世で得た知識と危機管理が備わっている。


  今こそ、転生という強みを最大限に活かす時!


  「そうだ、やばい」

 

  見下ろした刺繍入りのスカート。田舎に場違いなドレス姿、お供も居ない無一文の貴族令嬢、実家ダナーという最強カードも使えない、その先に待つものは?


  「……とりあえず、この格好を何とかしないと」


  ドレス姿が際立つ畦道をやめて背の高い草むらへ、道なき道を歩いて歩いて、怖いけど林の中で少し休憩してまた歩く。


  なんとなく坂道を下っていると、畦道の方からガタガタ車輪の音がした。さっきの老夫婦が畑仕事を終えて馬車で帰っていく。


  (きっと、坂を下れば町がある)


  途中、ぽつりぽつりと現れた廃屋に入り込み、まるでゲームの様に見知らぬ家のタンスを開ける。


  ホコリだらけのタンスの中、薄汚れた古い服が誰かの形見だったとか、大切な物だったとかは悪の心で聞かなかったことにする。ここがドアも壊れた空き家で、先に泥棒が家捜しして既にタンスの引き出しは開けられていたからという言い訳もある。


  (それに私は泥棒ではない。これは等価交換。むしろ多めに払ってる)


  紳士物、ボロボロのTシャツを何枚か重ね着して、大きめのズボンを腰紐で縛る。そして脱いだドレスを畳んでタンスに入れ換えた。


  崩れた空き家を三件、着れそうな衣服を見つけ、身に付けている装飾と取り替えてその場で着替える。それを繰り返して町ではなく小さな村にたどり着いた頃には、私は立派な小汚ない少年になっていた。


  なぜ少年かって?


  それは腰まであった長い波打つ黒髪を、バッサリ肩まで切ったからなの。


  お供も居ないお金も無い、美しい貴族令嬢が独りぼっちで田舎をうろうろしていたら、拐われて売られる事は物語では当たり前。


  男装することは、危機管理その一なのです。


  そしてこの髪は雑貨屋に持っていって売る。ヘアドネーション寄付じゃないの。売るの。


  まずはお金を得ないと、ご飯も食べれないし手紙も送れないし馬車にも乗れない。


  雑貨屋のおじさんは、思ったよりも高値で私のキューティクル黒髪を買い取ってくれた。そして大貴族令嬢だって絶対にバレると思ってドキドキしたけど、パン屋のオヤジにも気づかれなかった。


  「…?」


  民家の窓ガラス、見知らぬ人が立っていた。

 

  (ひどい顔……)


  痒いと思ったら、何かの草にやられて瞼が一重に腫れている。そして適当に切った毛先がバラバラの髪型。この村まで水しか飲めず、寝ないで二日間歩いて来たからヨレヨレで空腹で、今にも倒れそうなぼろぼろの小汚ない私が映っていた。


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