第20話 リリー 10

 


  「なーん」


  「……ノラさん…」


  足下にぬるっと現れては消え、気づけば道の先からこっちを見てる野良猫。なんでここに居るのかは分からないけれど、私に付いてくる理由は知っている。


  この子は、お庭でクレーが用意したおやつを私と一緒に食べていたお茶会仲間。貴族界のおやつの味を知ってしまった野良猫は、私と一緒に居ればまたティーパーティーに参加出来るって期待してる。


  椅子でもない道端の小岩に腰かける私を、青い瞳でじっと見てる。


  私ではなく、髪の毛と引き換えに買ったパンを見てる。


  (パンならいいのかな…?)


  ちぎって猫に差し出すと、ふんふんと匂いを嗅いで「ふん」て橫向いた。


  「……」


  食べないなら、私が食べる…。


  (今日のメニューは何かしら…)


  ごわごわで口の中の水分を吸い取っていく固いパンをかじりながら、今日の我が家のメニューを考える。


  前菜、お魚、お肉、お野菜、お肉、デザート、デザート、お茶。


  もう二度と、甘味が少ないなんて文句を言わない。


  等価交換で手に入れた肩紐付きの古びた水筒には、途中の川で汲んだ水が入ってる。この二日間、この水分が私の生命線だった。


  パンを食べ終え再び向かったのは、髪の毛を買い取ってくれた雑貨屋さん。そこのおじさんに、郵便関連の相談をしようと思っていたけれど、店の扉を潜る前、入れ違いに出てきた男がにっこり笑顔で話しかけてきた。


  「おいブス!」


  ……お前、


  今、なんて言った?


  全身黒い格好には親近感が持てるけど、ヘラヘラっと近付いてチャラっと話しかけてくる。


  私、こういう雰囲気の人を過去世にも見たことがある。


  職業ナンパかと思っていたけれど、そうとも何とも言えない彼ら。繁華街の近くの雑踏にたまに現れて、道行く人にペタッって張り付き声をかける何かのお店の誘導員。


  私は声をかけられた事が無いけれど、駅や雑踏でたまに彼らを横目に見ていた。


  だけど過去世の彼らは誘導員だったから、お客様になる道行く人に『ヘイ! ブス!』って声かけしてなかった。


  こいつ…、現在世では、蝶よ花よと甘やかされて持て囃されて、常に身内にお神輿で担ぎ上げられているこのワタクシに、今、何て言った?


  「金が欲しいのか?」


  は!


  そうだった…。過去の栄光にすがり付いている場合じゃなかった。この知らない土地で、いかに怪しまれずに情報を得ることが最重要。


  ヘラヘラ笑う黒服は見るからに怪しいが、取りあえずコミュニケーションしよう。


  だけどお金あげるよって知らない人から言われて、はい頂きますなんて怖いことなんて、絶対にしない。


  ただより高い物はないって、過去世のパピーから教えられている。現在世のパピーからは、お金で買えない物はないともしっかり教えられている。


  物、人、学力、努力、友情、名誉、信仰心や愛さえも…。


  つまり?


  二人のパピーの教えを総合すると、ただでくれるって投げ銭には、投げた人の見えない借用書が存在するってこと。


  それが期待値なのか物々交換なのか高額利子に変身するのか、そもそもクラウドファンディングって何なのかもよくわからない。


  そして私の立ち位置は今、神社のお賽銭箱でもない。


  投げ銭されてもそれを相殺出来るダナーが真後ろに立っていない今、一般庶民からの期待値なげせんに応える力がない。


  だからただではお金は貰わないけれど、等価交換ならば大丈夫なのでは?


  「『アルバイト』はしたい、です」


  「……ふーん」


  見知らぬ土地で出会った見ず知らずの失礼な黒服は、私を頭から足まで観察し面接を終了すると「ついてこい」と移動した。


  荷馬車で半日ほど進み、小さな村よりも少し賑わった観光地に到着。


  のこのこと見ず知らずの黒服に付いてきた私。


  知らない人に付いていってはいけないって、初歩的なミスを犯してしまったことに、この時は何故か気がつかなかった。



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