第14話 ( 8 )
「冗談ではない! 誰が好き好んで、男よりもはるかに劣る女などに、生まれ変わりたいという者がこの世に居ると思うのか?」
今にも華奢なリリーに飛びかかりそうになるエムルイフェミアスを背後から羽交い締めた護衛のレイだが、行動とは真逆に大声を張った。
「これは、ご令嬢が仰った文化の尊重です!」
立ち入る間がない。危機迫った状況に、それでも進み出ようとしたファイスを、エイートは強く止めた。
「離せ、エイート」
「出来ません」
エイートの目線の先、リリーの背後、静観して薄く笑っているパイオドの護衛騎士は、確実に殺気を纏っている。
「想像以上に、リリエル様の権限はステイ大公国で強大です」
優れた騎士は、対戦などしなくても実力を測れる。この場には、力でセセンテァに勝てる者は居ない。そのセセンテァは、リリーを止めることなく
他国の将軍が一国の王子の命を狙う。
その先に待つものは戦争しかない。
「ダナーは、リリエル様に開戦の権利を与えているのです」
それに気付いていないのは、言い争う本人たちだけ。
エイートは第一王子の命を護り、レイは第二王子の命を護るために前に出た。放たれる殺気を自分に向けるため、リリーを強く睨み声を張った。
「はっきりと言わせて頂きましょう。我が神ロギアスターは、女は繁殖の為に存在するもの、神の世界には入れない低俗なものとしているのです」
「!」
レイの言葉に見開かれた蒼の瞳。リリーは「ふむ」と呟き、人差し指を顎に当てると首を傾げた。
「それはつまり、女性になりたかったわけでもなく、同性だけを愛しているわけでもなく、単純に女性が男性に劣るから、だから汚らわしく下に見ていると仰ったの?」
「……その様に、考える者も居るでしょう」
「……成る程。で?」
「?」
促された続きに、今度はレイが疑問に目を見開く。
「神に選ばれるのは常に男性だけで? 女性は力も知識も劣るから? それから?」
「それ以上でもそれ以下でもない!」
レイの腕に遮られながらも、エムルイフェミアスは未だ頭に血が上ったまま吐き捨てる。だがリリーは首を傾げたまま。
「貴方が先ほどおっしゃった、異国の文化の尊重。それぞれの国にそれぞれの歴史や文化があって、皆の頑張りが今に至っている」
「…その通りです」
「その間に、女性と男性が努力と妥協を積み重ねて現在がある。その何一つ、必要でなかったものはないと思うの」
「妥協?」
言いかけたエムルイフェミアスをレイは再び遮った。
「勘違いしています。女より、男の方が遥かにこの世の為になり、戦争から国を護り、経済を発展させてその
「…………」
「過去の素晴らしい進化に女は存在しなかった。女は何も出来ない。ただ子供を産むだけに価値があるんだ」
更に鼻で笑うエムルイフェミアスに焦りを感じ、レイは目線をリリーの背後のセセンテァには決して向けなかった。
「その対価としての保護であり、男に保護される女性が、我ら男と共に、対等に社会を作り上げる事は出来ないと言っているのです」
レイの言葉に無言になったリリーの姿を見たエムルイフェミアスは、煩わしく目の前を遮る腕を下げた。
「お前は私に社会性を学べと言ったが、そもそも女は無知であり、真の社会性、国を管理する高潔な人格を持つことは理解出来ないだろう」
「保護、対等、無知、社会性、高潔…」
リリーの赤い唇からこぼれた言葉。今は疑問に首は傾げておらず、身を護るように両腕を組んでいる。ようやく理解出来たのかとエムルイフェミアスは憐憫の目を向け、そうだと思い出した。
「先ほど同性の愛を語ったよね?」
リリーは、素直に深く頷いた。
「子供を産むだけの女には、絶対に分からない真の愛がある。これは歴史を作ってきた男と男にしか感じられない崇高な理念」
「……崇高……」
リリーの沈黙に勝利を確信したエムルイフェミアスは冷静さを取り戻し、疲れを共有しようとレイを見た。だが第二王子の護衛騎士に笑顔はなく、瞳は慎重に前を見つめている。そこで聖堂内に、しっかりとした声が響いた。
「崇高だの高潔に保ったって言っていても、貴方のお父様とお母様がやることやって貴方は生まれてる」
「…………!?」
その場の誰しもが、リリーが口にした言葉の意味が何の事かと考える。そして程なく耳を疑い、蒼白になるものと赤くなるものが現れた。
「な、な、何を言っているのだっ、」
「それを否定すれば貴方たちは生まれていないし、そこに愛はなく、子孫を残すためを理由に女性を利用するだけと全ての男性が思い口にするのならば、それはどんな生物よりも劣る最下位の最低理由」
蒼の瞳は、強く強くエムルイフェミアスを射貫く。
「いっそ、滅べばいいのだわ」
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