第12話 ( 6 )
古いが手入れの行き届いた室内は、ひんやりと冷気が満ちている。石の台座にぽつんと佇む石像は、中性的な顔立ちに優しい笑顔を浮かべていた。
「ダナーの公女殿下のことなのですが…」
神像を仰ぎ見ていると、改まって向き合ってきたエイートにファイスは何の事かと顔を見た。構内の庭園で、ダナー家のリリーがセントーラの第一王子であるファイスを支援すると公言した事は、瞬く間に学院内に広まった。
「ステイ大公国との交流は、将来的に利益がある。ご厚意で接してくれているのだから、問題はないだろう?」
「ですが公女殿下が、グランディア殿下と婚約破棄された直後に、ファイス様が関わることも気になります」
「うん。そこは慎重を期すべきだが、別に私たちはお付き合いしているわけではないのだから…」
友人は多い方がよい。気にするなと笑うファイスに、エイートは更に周囲を見渡した。人目を避けるように選んだ古い聖堂。そこには、奥の台座にひっそりと真白い神の石像が一つ。
誰も居ない。
古き神の聖堂は、授業がある時のみ希望する生徒が集う。静まり返った空間で、更にエイートは声を潜めた。
「ダナー家の者たちには、エスタの一族が関わっています」
「!」
セントーラ聖王国、国軍の光氷剣の騎士団の中でも暗部の仕事を受け持つ一族エスタは、影剣の騎士団と呼ばれる。
「ステイ大公国の者の命を狙ったと。対象は長女のリリエル・ダナー」
「なんだと、なぜ彼女を…」
「詳細は分かりませんが、スクラローサの
「……」
国家間、その水面下で様々な者達が暗躍するが、セントーラ聖王国とステイ大公国ダナー家との関係にファイスは口を噤む。その様子を見てエイートは更に懸念を告げた。
「ステイ大公国を支える十の枝。その領主たちは、今でもこの件を捜査しています。現在進行形で、セントーラ国内にステイ領主の諜報が数人確認されています」
「…そうか。そうだろうな」
「ですからファイス様、ダナーの公女殿下との関わりは慎重に「ごきげんよう!」
「!?」
振り返ると、聖堂の入り口に黒制服の生徒が二人立っている。これに息を飲み、ファイスは驚きを隠して笑顔を作った。
「こんにちは、リリエル殿」
噂の張本人は、笑顔を浮かべて聖堂奥に進んでくる。その背後には十枝の一人、パイオド侯爵領主の息子で将軍位を持つセセンテァ・オウロが、冷たい銀色の瞳で会釈をした。
「間違えたのでしょ?」
「え?」
「次の講義は大聖堂です。ここは旧聖堂。珍しくこちらに人影があると思ったら、お二人が居たの」
「あっ、……そうですね、」
やましい会話の為に踏み込んだ聖堂。見るものが見れば明らかな行動だが、リリーの言葉に背後のセセンテァも眉一つ動かさない。それをエイートは警戒したが、突如リリーが一歩前に出た。
「ファイス様、私の事はリリーとお気軽にお呼び下さいませ」
「え?」
「私、ファイス様とは他人のような気がしませんの」
「ええっと、あの、それは、どういう…?」
「だって髪の色も似ているし、親近感が涌きますわ」
「……はぁ、その、??」
言葉と共に、ぐいぐいとリリーは近寄ってきた。
初めてファイスから声をかけた時とも違う。興味津々と近寄るが、程好い距離を取って話す女子生徒たちとも違う。
明らかに好意を寄せて向かってくる積極的な姿に、ファイスは思わず半歩下がる。だがそこで、険のある声が響いた。
「こんな所で密会とは、呆れました」
扉を背に、エムルイフェミアスと護衛のレイが立っていた。
「密会ではない。またお前は、何故いつもその様におかしな事を口にする?」
エムルイフェミアスの態度に苛立ちを見せたファイスだったが、そこで「お待ち下さい」と凛々しい声がした。
振り返ったリリーは、片腕を伸ばしてファイスの行く手を遮ると、エムルイフェミアスに向かって一歩前に踏み出す。
セントーラ聖王国では、女が男の前に立つことが無い。ただでさえリリーの発言を侮辱と思っていたエムルイフェミアスは、男同士の会話を遮り自分の前に立ち塞がった事で激昂した。
だがその怒りを、護衛のレイが抑えて第二王子を強く引き留めると、代わりにリリーと対峙した。
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