第8話 ( 4 )


 

  「イムル様、私が」


  第二王子の肩をつかみ、前に進み出て来たのは護衛のレイ。セントーラの者たちは平均的に身長が高く、エムルイフェミアスを除く三人は威圧感がある。


  護衛のレイが前に出たことにより第一王子の護衛エイートもファイスの前に立ち、彼らはセントーラ聖王国が信仰する宗教の戒律をぶつけ合い対立し始めた。


  少し離れた広場や通路から、何事かと生徒たちが様子を見ている。どうしたものかとグランディアもその場を見守るが、護衛二人を手で遮り第一王子ファイスは双子の弟に向き合った。


  「エムルイフェミアス、先に信仰を語ったが、君こそその態度は何なのだ?」


  「?」


  「光氷騎士団の騎士であるレイ。お前も態度を改めろ」


  「何のことですか?」


  「こちらはステイ大公国のご令嬢だ。聖ロギアスは他国の方への無礼を承認されてはいない」


  「他国の方…?」


  エムルイフェミアスの金色の瞳は、リリーの頭から足までを一瞥した。


  セントーラ聖王国では、女子供は社交の場に出ては来ない。男同士の絆こそが国家社会を形成し、力無い女は子を産み家を護り、男国民を支えることが当たり前である。


  聖ロギアス神の神殿には、弱さと穢れを引き寄せる女たちは拝礼出来ず、偶像の代わりに姿なき聖なる岩を祀る神殿が用意されていた。


  側に寄ることも出来ず、神の顔を仰ぎ見る事も叶わず石に祈る女たち。


  それと同じ、女であるダナーの長女。


  エムルイフェミアスは、興味がないと直ぐに怒りの視線を兄に向けた。


  「君がそちらの女性の手を握ったことは別の話だ。それに、礼儀と言うのならば、公女から先に私に名乗るのが礼儀ではないのか?」


  「……」


  エムルイフェミアスの言葉に、この場は異様に静まり返り空気はピンと張り詰める。背後で聞いていたグランディアは、表情こそ変わらなかったが空色の瞳でリリーの顔を注視した。


  渦中のダナー令嬢は、軽く微笑んで第二王子を見つめた。


  「ステイ大公国、リリエル・ダナーと申します」


  平民の女子供は王族や騎士団を恐れ敬い、卑屈に顔を伏せて顔色を窺う。王族や貴族の女は、エムルイフェミアスの言葉の意味が理解できずに騒ぎ立て、怒りをぶつけてくる。


  そのどちらでもない。自分の窘めに笑顔で返したリリーにエムルイフェミアスは内心では動揺したが、それを隠すために素っ気なく応えた。


  「我が名はエムルイフェミアス・ロギアスターである」


  「……」


  「!?」


  セントーラの王子が正式に名乗ったのに、ダナーの公女は頭を下げなかった。それどころか軽く顎を上げた女の見慣れない会釈に、動揺は徐々に怒りへと変わっていく。

 

  「なるほど、……そういえばファイスではなく、貴女から手を握ったのでしたね」


  「はい。ここスクラローサ王国では、制服の色に関わらず対等に挨拶するのですが…」


  「あれが? 挨拶ですか? 異性の手を握ることが?」


  「……まさか、ご存知なかったのかしら?」


  「……それは、どういう意味ですか?」


  「まあ、本当にご存知なかったのね? ならば学院規則と一般的社交方法を、もう一度御覧になったらいかがですか?」


  明らかに馬鹿にされた。エムルイフェミアスの蒼白になった顔が、直ぐに怒りで紅潮してくる。


  「そういえば貴女でしたよね? グランディア殿下から婚約破棄されたダナーの令嬢とは」


  「エムルイフェミアス! いい加減にしろ! ここは本国ではないのだぞ!」


  「そもそもファイス、君が信仰を忘れてこのっ、…こちらの女性に声をかけるからこうなっているのだ! 話をすり替えるな!」


  他国の兄弟王子の終わらない言い争い。これを静観していたグランディアだったが、思ったよりも冷たい声が出た。


  「エムルイフェミアス殿」


  「!」


  よく通る声に振り返った二人の王子。そこには、響いた声色とは違う、笑顔のグランディアが立っていた。


  「私の案内が、セントーラ聖王国に不足していたようだ」


  グランディアは二人の王子に挨拶すると、その背後に目線を送った。


  「!」


  リリーは、深く頷いた。


  心無い侮辱を受けたのに、スクラローサの王太子の立場を優先したグランディアを責めない可憐な姿。


  (…………)


  グランディアは、なんとか怒りを理性で押さえ付けその場を後にした。

 

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