第7話 ( 3 )

 


  エレクトは、新しく赴任した執事、操作官クレオが苦手だった。


  操作官と呼ばれる者たちは、ダナーの当主夫妻に十枝の罪の裁量を預けられている。それだけでも常に緊張感を要するが、親以上に年の離れたアローよりも、その息子のクレオとの接し方が難しい。


  「行ってらっしゃいませ」


  リリーの手をとり馬車に案内する。そのエレクトに対して、クレオの優越感に充ちた瞳がそれに微笑んだ。



 **



  午前の講義を終え食堂に移動途中、立ち止まったリリーの目線の先、王宮に続く廊下の奥に王太子グランディアの姿が見えた。


  (また居るな…)


  紺制服グローディアを着用するのは金髪、金色の瞳の美しい青年。セントーラからの留学生、第二王子エムルイフェミアス・ロギアスター。


  境会粛清、三国領地戦争において、セントーラ王国はスクラローサ王国の援軍として人々に広められた。今回、友好国の融和を強化するという招かれる形で留学した二人の王子。


  その一人である第二王子エムルイフェミアスは、常にグランディアと行動を共にしていた。第二王子には、銀髪、青の瞳の偉丈夫、光剣の騎士団に所属する護衛騎士が付いている。


  王太子グランディアとの婚約破棄が叶った今、特に彼らと関り合いを持つ必要はない。


  過去にダナーの馬車を襲った破落戸たちが、北のセントーラの騎士であった事までは分かっていた。その騎士たちが誰に従っていたか、それによりダナーはセントーラへの対応を変えなければいけない。


  (ここは慎重にならないと…)


  エレクトがリリーに食堂への移動を促そうと顔を見ると、当の本人は深刻に何かを考え込み眉間に皺を寄せていた。


  『ビーエル……』


  「??」


  久しぶりに聞いたリリーの聞き取れない言葉。それは、グランディアとエムルイフェミアスを見て発したものだと分かった。


  「姫様「君がダナー大公国の令嬢か?」


  背後からやって来た人物に話しかけられた。その声の主にエレクトは驚き口を噤む。


  黒髪、灰銀色の瞳、第二王子エムルイフェミアスとは真逆の影の色を持つ第一王子。彼の後ろには王宮近衛騎士団所属の護衛騎士が待機する。

 

  「一般庶民と共に教育が受けれる、ここは素晴らしい所だな」


  「その通りですわ。学びは身分に関係なく皆様に、平等に行われてほしいものです」


  「平等か…。色は分けられているが」


  王族貴族グローディアの紺色、ステイ大公国専用ステディアの黒色、ハーツ大公国専用ハーティアの白色、一般庶民専用スクラディアの濃緑色。


  「何処に敵が居るか直ぐに判別出来る。それにより無駄な争いを避け、護られるべき者たちも、これにより直ぐに判別出来る。差別と言葉にするのは簡単ですが、組対抗競技戦だと思えば色分けは必須ですわね」


  第一王子と、それに背後の護衛騎士までがきょとんとリリーのぶれない蒼の瞳を見つめた。


  「ふむ。……君、気さくにものを語るね」


  「お褒め頂き感謝いたします」


  「…………」


  見定める様にリリーを見つめた。そして堪えきれずに灰銀色の目は歪み、プッと吹き出した。


  「とても新鮮だよ」


  すまないと笑ったことを謝罪した第一王子は、スッと手を差し出した。


  「私の名はファイス」


  ダンスの申し込みの様に差し出された手。社交の挨拶は軽く乗せられた令嬢の手の甲に口付ける行為。諸外国ではあり得るが、異性を社交の場から排除してきたセントーラ聖王国では行われない。


  だがあえて、それを試してみたくなった。


  正道だと言われる弟王子を目の前に。


  だが差し出された手を少し見つめたリリーは、何故か王子の手をがっしりと握り返した。


  「っ、!?」


  「リリエルと申します」


  「……」


  何事が起きたのかと護衛騎士は硬直し、三人の王子は両目を見開いた。ぎゅっと握って放された手、それをぼんやり見つめて護衛騎士と目を合わせたファイスに、鼻から深く息を吐き出し瞑目するエレクト。


  勝ち誇った顔のリリーが背後で目を瞑る護衛を振り返ったところで、少し離れた場所から大きな声がした。


  「何をしているのですか! ファイス!!」


  見ると金色の髪を靡かせて、エムルイフェミアスが怒りの形相でやって来た。


  「この様な公の場で、婦女子と手を握り合うなんて…。君はスクラローサここに来て、聖ロギアス神の信徒である事も忘れてしまったのか?」


  婦女子と呼び敵意を隠さずリリーを見つめたのは、ロギアス神の化身と謳われる金の髪、金の瞳を持つ第二王子。


  これに反応したエレクトは一歩前に進み出たが、それよりも、更にファイスが前に出た。


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