第6話 ( 2 )

 

 

  少女が生まれて直ぐに世話係に任命されて、大切に大切に育ててきた。だが自分の成長の過程で発疹した病により、少女との接近を控えていた一週間。



  そこで、大切な少女は木に登り、命を落としかけた。


 

  身も心もダナーに捧げ、その見返りにダナーを管理する操作官という全ての権利を握る特殊な一族。


  ダナー・シュンポーニアコールム・マギステル公爵家。


  ダナー家に集う十枝と呼ばれるステイ大公国屈指の名家、彼らが過ちを犯した場合、罪の重さを量る事も操作官の最大の役目。自らも十枝の一枝であり、将来、その家門を継承することになる自分が、まさか懲罰を受ける事になるとは思っていなかった。



  その理由は、大切な少女の、木に登ってみたいという好奇心で。



  クレオはあれから十年一度も外に出ることなく、ステイ大公国ダナー家に関する全てを罪の塔で学んだ。

 

  そこで考え続けたことは、あの時期に病にかかった自分の愚かさと、そして、少女への恨み言。


  十枝の中で唯一、ダナーの名を分けられた執事の家門がクレオの家、ダナー・シュンポーニアコールム・マギステル公爵家である。


  名を分けられる事は、命を捧げる騎士や一族と深い繋がりを誓約する家紋の分与よりも重い。


  その公爵家が少女の浅はかな行為により数々の制裁を受け、そして奪われた自分の十年。


  罪の塔から出る頃、十六の年に死ぬかと思っていたが、意外にも少女は生き残っていた。


  懲罰期間を終え、ようやく遠目から見た姿。


  クレオは、この感情を表には一切出さずに内に秘めて過ごしてきた。


  (どうやって、復讐しよう)


  十枝の、誰に気付かれてもいけない。


  少女への恨み辛みを考え続けた日々。


  罪の塔から出た後直ぐに、ステイ大公国のダナー城の全てを学んだクレオは、父親のアローと入れ替わり、満を持して王都の別邸に赴任した。


  リリエル大公令嬢を護る十枝の一人として。


  リリエルは今も、とても自由に生きていた。


  一族の懸念を気にせず、領地内ではなくスクラローサの学院で学びたいと出国。その為に王都と自領の行き来を強いられた十枝の騎士団。この移動には、ダナーを始め各家の資産が利用される。その捻出先は民の税金だった。


  そしてたどり着いた王都では、案の定その我が儘の犠牲となり、制裁を受けた家門が増えていた。


  他国の王族が支配する学院内での警備には限界がある。学院で起こった事件により、専任護衛騎士官長であったトライオン・クレルベ・ベオルド伯爵、プラン伯爵家のエレクト・アストラは資産の一部を凍結され、リリーの婚約者としての権利を失った。


  ダナーの娘であるリリーとの婚姻には、配偶者の領地にとても大きな利益をもたらす。


  (今期から、ベオルド伯爵に変わりガレルヴェン・ソル子爵が専任護衛騎士官長か)


  専任護衛騎士官長は、ダナー家の長女の婚姻相手により近い立場にある。ガレルヴェンには領地に複数人愛人が居たが、それを最近清算したと報告書にあった。


  だがそのガレルヴェンも、リリーの行動によりいつ降格されるかわからない。


  ただ一人の我が儘に振り回される憐れな者たちを横目に、十年前と変わらず周囲と接し、表面上の信頼を得る。


  王都の主であるグレインフェルドに挨拶を済ませたあと、遠目から見た姿ではない。食事の席で久しぶりに再開したリリーは、幼少期の面影をそのままに美しく成長していた。



 **



  図面で見ていただけの新しい王都の邸宅の間取りを自分の目で隅々まで確認し、最後に設備の点検をしていた時だった。

 

  「クレー!」


  (…………)


  振り返らなくても判った。


  無視をしようかとも思ったが、些細な事で少女への悪意を気付かれるわけにはいかない。思った通り、振り返るとリリーの後ろにはフレビア家の騎士が付いていた。


  「姫様」


  いつ如何なる時も笑顔をつくることは出来る。物心付く前から、それは訓練の内容に組み込まれていた。


  ーーどん!


  「!!」


  空調器具の確認に手袋に油が付いていた。纏わり付く青いドレス生地を避けるように両手を咄嗟に上げたが、自分の胴に突進し腰に巻き付いてきた両腕。


  波打つ黒髪を見下ろすと、見上げた蒼の瞳が弧を描いた。


  「姫様…、危ないですよ」


  背後では、こめかみを指で支えて溜め息を吐く侍女姿のナーラ。久しぶりに会った女騎士は、クレオの十年を労い軽く頷いた。


  それに微笑み会釈で返すと、幼児のように温かい体温、未だ巻き付いたままの華奢な少女を見下ろす。


  「えへへっ!」


  大公国の令嬢としての品がなく、屈託なく笑う少女。

 

  大人になった自分に真っ直ぐはしたなく走りよってきた少女を見て、クレオには初めてある感情が芽生えた。


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