捕えられたモモ


(どうすれば、モモが安心してグラビアアイドルとして活動できるんだろう……?)


 翌日、教会の掃除をしていたライオは、シヴァーナをはじめとしたグラビアアイドルという仕事に対して偏見を持つ人間たちをどうすれば納得させられるかを考えていた。


 写真という未知の技術もそうだが、肌を曝した自身の姿を売り物とする彼女の仕事は、確かによろしくない目で見られても仕方がないのかもしれない。

 ただ、僅か数日とはいえ実際に活動の手助けをしたライオは、グラビアアイドルという仕事が決していやらしいだけのものではないということを理解できていた。


 自分のやりたいことを胸を張ってやる、それがモモの心の真ん中にある想いだ。

 多分だが、彼女は美しい体を保つために色々な努力をしてきたのだと思う。

 ポーズの研究も、カメラマンに接する際の態度も、ファンへの対応も……全部、彼女が夢を叶えるために学び続けてきたことだ。

 写真には写らないそういった部分の努力を知れば知るほどに、ライオはモモのことを応援したいという気持ちが強まっている。


(モモの仕事は法に触れるものではない。だけど、シヴァーナさまは彼女がグラビアアイドルとして活動することを許さないだろう。少なくとも、水着の写真を販売することは絶対にだ)


 シヴァーナの性格を理解しているライオは、彼女がモモに対する偏見を決して解かないこともまた理解していた。

 それが故にこのザルードの街でグラビアアイドル目指して活動することの難易度が上がっていると、最大の問題であるザルードの修道院を治める長の存在に頭を悩ませながら、その解決策を探っていく。


 一番簡単なのは、ザルードを離れて別の町で活動をすることだ。

 シヴァーナの影響が及ばない、自由な雰囲気の街でならば、グラビアアイドルという新しい仕事も受け入れられるかもしれない。


 問題は、現在ライオの家に居候している状態のモモにはそのための旅費や生活費がないことで、まずはお金を稼ぐところからスタートしなければならないということだ。


 今やっているように写真を売ってお金を稼ぐといった活動も、やはりストップした方がいいかもしれない。

 水着を封印し、誰が見ても問題ないと思えるような写真ならば問題ないかもしれないが、このままだとシヴァーナがモモの居所を掴むのも時間の問題だ。


(グラビアアイドルとして、服を着た状態で行える仕事……どこかの店の看板娘とかか? 制服を着て、写真を撮って、それを店内に飾ってもらう、みたいな……?)


 モモの要望に応えつつ、シヴァーナの怒りに触れないギリギリのラインを攻めるとしたら、この辺が落としどころだろう。

 少し前まではどうやってグラビアアイドルの仕事を止めさせようか考えていた自分が、こんなふうに考えを変えるなんて……と、そのことを驚きつつ、苦笑を浮かべるライオ。


 まあ、仮にシヴァーナが怒ったとしても、面倒なことになるのはどちらかといえば自分の方だ。

 先に述べた通り、モモは別に法に触れる行為をしているわけではない。ザルードの司祭であるシヴァーナは確かに私兵を率いてはいるが、違法行為に手を染めているわけでもない相手をどうこうできるわけではないのだ。


 彼女ができることといえば、せいぜい治安を乱す物品としてモモのグラビアを回収するくらいのものだろう。

 それでもモモはショックを受けるだろうが、シヴァーナが勝手な裁量で彼女に罰を与えたり、捕縛したりといったことはできないはずだ。


(神との誓いを破った僕は折檻間違いなしだろうけどね。まあ、その辺は仕方がないか……)


 シヴァーナが裁きを下せるのは、あくまで修道院の規則に則った範囲のみ。

 女性との淫らな接触を禁じるという誓いを破ったライオは裁けても、モモに関しては手を下すことはできない。


 無論、好き好んであのねちっこい女司祭に説教なり罰なりを与えられたいわけではないので、できる限りの隠ぺい工作はしようと心に決めながら、聖堂の掃除を終えたライオが今度は外を掃除せねばと、大きな扉を開けた時だった。


「おい、知っているか? 最近町を騒がせている淫魔をシヴァーナさまが捕えたらしいぞ」


「!?!?!?」


 突然耳に飛び込んできた会話に血相を変えたライオは、咄嗟に声が聞こえてきた方向へと顔を向けてしまった。

 そこには気の抜けた様子で並んで掃除をする二人組の修道士たちの姿があり、ライオに背を向けている男たちは、彼からの視線に全く気付かずに会話を続けている。


「淫魔って、下着姿になった自分の絵を売っているっていうあの女か? 一体全体、どうしてこんな早くに捕まったんだ?」


「なんか、とある店でその絵が卸されることになってたみたいでな。その情報を掴んだシヴァーナさまが、店主に金を掴ませて淫魔が店に来たら連絡するように指示してたんだと。それで今日、その淫魔がのこのこ姿を現したらしくて、シヴァーナさまが供を連れて直々に捕らえに行ったみたいだぞ」


「へえ、なるほどねえ……でもそこまで躍起になることかなぁ?」


「まあ、自分のお膝元でいやらしい物品が取引されてるってのが我慢できないんだろうよ。あんな物が出回っていたらこのザルードが淫気に満ちた卑猥な町になってしまうって、大声で騒いでたしさ」


「う~ん……別に問題ないような気もするけどな。町には裸婦画を飾ってる店だってあるし、教会だって聖母の絵は裸だろう? それでどういうなるものなのかね?」


「だから言ってるだろ、自分のお膝元でいやらしい物品が取引されてるってのが我慢できないんだろうって……要するにあの人が嫌だから取り締まってるのさ。だからこそ、その女を淫魔扱いして、憲兵に任せずに私兵まで率いて自ら捕縛に行ったんだよ」


「うへえ、やり過ぎだろ……? 私兵まで連れだして、何するつもりなのかね?」


「さあな……っていうか、お前も気を付けろよ? この会話を誰かに聞かれて、シヴァーナさまに密告された日には、俺たちだって危ないんだぞ?」


 そう言いながら、修道士の片割れがくるりと背後を振り返る。

 そこには彼らの話を盗み聞きしていたライオがいたはずだが……彼の姿はもう、どこにもなかった。


 必死に、懸命に、息を切らして駆けるライオ。

 目的地は一つ。昨晩、モモから聞いた写真を卸すはずだった店だ。


(モモ、無事でいてくれ……!!)


 過激なシヴァーナの対応と、先ほど聞いた話から、嫌な予感を覚えるライオはただただモモの無事を祈り続けた。

 普段は封じている高い身体能力を解放し、全力で店まで走り続けた彼は、その周囲にできている人だかりを目にすると、血相を変えてその中に飛び込んでいく。

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