モモがやって来た理由
「自殺……? なんで、どうしてそんなことしたんだ!? 君はまだ若くて、未来がある身じゃないか! どうして自分から死を選んだりなんか……!?」
「あはは、そうだよね。神様に仕えてる……ううん、そういうのも関係なしに、ライオがこのことを聞いたら怒ると思ったよ」
自ら絶望し、命を絶ったというモモの告白に困惑しながらも彼女の肩を掴み、どうしてそんなことをしたのかと問いかけるライオ。
あまりにも予想通りなその反応に自嘲気味な笑みを浮かべながら、モモはその問いに答えていく。
「……デビュー目前だったんだ。初めての撮影も経験して、いい写真も撮れて、それを本にして発売することを発表する会見が、私のデビューになるはずだった。だけど、だめになっちゃったんだよ。全部なしになっちゃったの」
「どうして? 騙されてたのかい? それとも、この間に男たちみたいな奴らに襲われた?」
デビュー目前にしてその全てが消え去ったというモモの言葉を受けたライオがどうしてそうなってしまったのかと尋ねる。
静かに首を横に振ったモモは少し上にある彼の顔を……自分を真っ直ぐに見つめるライオの両目を見つめ返すと、ゆっくりと口を開いた。
「そういう法律が決まったから。国のルールで、一定以上の肌の露出がある女性の写真やイラストを公の場に出すことを禁止しますって、そういうふうに決まっちゃったの」
「は……?」
思っていたよりもずっと大きく、抗いようのない理由。
個人や企業ではなく、一つの国がそういうふうに動いたという理由を聞いたライオが呆然とする中、モモは語り続ける。
「そういう法律が提案されて、あれよあれよという間に施行されることが決まって、世間は大きく変わった。私の写真集は発売見送りになって、会見もお流れ。当然、私が所属してた事務所も新人を用意に売り出せなくなって……私のデビューの機会は、そうやって失われちゃったんだ」
「そんな……そんなことで自ら死を選ぶ必要なんてなかったじゃないか! 君はまだ若いんだ、次のチャンスを待てば――!!」
「そんなこと、じゃあないんだよ。私にとってのそれは、自分の夢を全部否定されたのと同じ。国の偉い人から、お前の仕事は淫らで汚い、社会にとって悪い影響を及ぼすものだ、って言われたようなものなんだから。ライオはわかる? コンプレックスを武器にして、自分自身に胸を張れるような人間になろうって、そうやって目指した仕事が悪いものだって言われた時の絶望が。苦しいよ? つらいよ? ライオが思うよりずっと、暗くて深い感情だよ?」
「っ……!?」
明るさが消えたモモの声が、全てを物語っているような気がした。
自分にとってはその程度と思えるようなことも、彼女にとっては自ら命を捨てるほどに苦しくつらいことだったのだろうと、そう理解したライオの前でモモが小さく鼻を鳴らしてから言う。
「まあ、その法律も問題だらけの悪法だってぶっ叩かれてたんだけどね。それでも法改正には何年もの時間がかかるし、そうこうしてる間に私のグラビアアイドルとしての寿命は減っていく。もう無理だなって、世界の全部に絶望した私は、お風呂場で手首を切って……」
ようやく、全てが理解できた。
モモが裸で姿を現したのも、彼女が死んだ時の格好のままだったからそうなったのだ。
異世界でグラビアアイドルになりたいと望むのは、前に生きていた世界で叶えられなかった夢にもう一度挑戦したいと思っているから。
自分自身を否定される苦しみを、あと一歩で叶うはずだった夢を奪われる悲しみを、絶対に乗り越えて今度こそ自分の望む生き方を掴み取ってみせると、そう決意しているからこそ、モモはがむしゃらに突き進んでいるのだ。
ひどいことを言ってしまったと、ライオは後悔する。
モモが自ら死を選ぶほどの絶望に対して、そんなことと言ってしまったことを、彼は深く恥じていた。
特異体質として生まれてきた自分ならば理解できるはずだ、本当の自分自身を否定される哀しみと、自分を押し殺して生きる苦しみを。
それを理解していながら、モモの気持ちを無視した発言をしてしまったことを心の底から後悔したライオは、気付けば彼女の体を抱き締めながら震える声で謝罪を繰り返していた。
「違う、んだ……! 君を傷付けようとか、君のしていることを恥ずべきことだと思ったわけじゃあないんだ。僕は、僕は、ただ……!!」
「……わかってる。どんな理由があれ、私が命を粗末にしたことは事実で、それは許されることじゃない。ライオがああ言うのも当たり前だよ。だから、そんなに自分を責めたり、謝ったりなんかしないで。私は、あなたが優しい人だってことを知ってる。さっきの言葉がその優しさから出たものだってこともわかってる。だからそんなに落ち込まないでよ、ねっ?」
つらい過去を話したはずのモモが、それを聞いた自分のことを励ましている。
自分がモモを抱き締めているのか、モモが自分を抱き締めているのかがわからなくなりながらも、ライオは息を吸うと彼女の目を真っ直ぐに見つめ返しながら、言う。
「今度こそ、ちゃんと心の底から言うよ。僕は君の夢を応援する。僕が何か手助けできるわけじゃないけど……君の夢は恥ずかしいものでもなんでもない。立派で素敵な仕事だって、そう胸を張って言い切ってみせるから」
「ありがとう! 流石は私の付き人兼カメラマン兼ファン一号だね!」
くすくすと笑ったモモがライオの腕の中から擦り抜け、再びサインを書く作業に戻る。
その背をじっと見守りながら……ライオは、彼女の夢が叶うことを神に強く祈るのであった。
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