転んでもただでは起きない、それがモモちゃん
「ねえ、この写真だけどさ……売りに行くのは少し待たない? ほら、この間のこともあるし、ちょっと心配だから……」
「ん~……? ふっふっふ、甘いねライオ、甘々の大甘ちゃんだね! このモモちゃんが同じ失敗を繰り返すとお思いかな!?」
撮影会終了後、先日のように大量の写真を現像し、その一枚一枚にサインを書いていくモモへとグラビア写真の販売を一時取りやめようと提案したライオは、彼女の意味深な言葉に嫌な予感を覚える。
どうにかほとぼりが冷めるまで身を隠していてほしかったのだが、アクティブにもほどがあるモモにはじっとしているつもりなど毛頭ないようだ。
「街に出て、私が直接売るからこの間みたいなことになる。ってことは、私が売りさえしなければああいったトラブルは起きないってことでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……誰がそれをやるの? 言っておくけど、僕は絶対に無理だよ?」
「わかってるって! そこまでライオに面倒かけられないもの、ちゃ~んと自分で話は通しておいたよ!」
「話は通したって……君、この家から出たの!? あれだけ必要以上外出するなって言ったのに!?」
「ごめん、ごめん。でも、これも自立のために必要なことだから大目に見てよ」
ぺろり、と舌を出してかわいらしく謝罪するモモであったが、彼女の告白を聞いたライオは内心ガクブルだ。
シヴァーナがあの写真と被写体であるモモに目を付けている状況でふらふらと街を出歩くなんて、あまりにも危険過ぎる。
もしかしたら彼女の息がかかった人間に身柄を拘束されていたかもしれないし、そうでなくても後をつけられてこの家に身を寄せていることが知られてしまうかもしれないと、そういった可能性を危惧して忠告しようとするライオであったが、彼が言葉を発する前に満面の笑みを浮かべたモモが得意気に自身の策を話し始めた。
「街にあるお店に写真を卸して、私の代わりに売ってもらう! 露店でやったみたいな派手な客引きはできないし、手数料を上乗せする分、少しだけ値段は上がっちゃうけど……上手くいけば、沢山のお店で私の写真が売ってもらえるようになるでしょ!? そしたらサイン会みたいなイベントもできちゃうかもだし、儲けもうっはうはになるだろうし、いいことづくめだよね!」
「写真を卸すって、いつの間にそんな話をつけてたのさ!? 君は本当に、僕の想像の斜め上を行くっていうか、なんていうか……」
もう既に協力者と話をつけてあることをモモの言葉から読み取ったライオが頭を抱える。
どうにかしてその計画を中断させられないかと思案を巡らせる彼であったが、モモの方は俄然やる気を見せてサインを続けていた。
「こうやって少しずつ知名度を上げて~、名前と存在を知ってもらって~、そしたら今まで出してた写真+追加のグラビアをまとめた写真集を作って、お店側に協力してもらってそれを手渡しで売る! うんうん! なんかそれっぽいことができそうな気がしてきましたな!」
(お、思っていたよりしっかりした計画を立ててる……! 所々に問題がないわけではないけれど、道みたいなものを作ろうとしている……!!)
目の前の日銭を稼ぐだけでなく、グラビアアイドルとしてのステップアップを考えた上で色々な行動に出ようとしているモモの発言に軽く驚くライオ。
自立だけでなく、その先の未来も見据えて動いている彼女に対して、彼はこう尋ねる。
「ねえ、どうしてモモはそこまでグラビアアイドルとして活動しようとしているんだい? 別の何かになろうと思ったことはないの?」
それは別に重大な意味があるような質問ではなかった。
自分の目的に向かって突き進むモモの原動力が何かという、純粋な興味に基づいて投げかけた質問だった。
しかし、ライオからの問いかけを受けたモモは、サインをしながら楽しそうに揺らしていた体をぴたりと止めて、無言になる。
何か妙な雰囲気を感じたライオがその背を見つめる中、彼女はどこか平坦さを感じさせる声で逆にこう尋ねてきた。
「……やっぱりまだ反対してる? 裸みたいな恰好の自分の姿を晒してお金を稼ぐだなんて、不純だって思う?」
「い、いや、そうじゃないよ。君が真剣なのは僕もよく知ってる。ただ……ほら! モモは元の世界でもグラビアアイドルだったんだろう? だったら、こっちの世界では別の生き方をしてみたいとか考えないのかなって、そう思ったんだよ。魔法にも興味があるみたいだったし、未知の世界を冒険したいとか、普通はそう思うんじゃないかなって……」
明るさを引っ込めたモモの態度に、自分の発言が彼女を怒らせてしまったのではないかと焦ったライオが一生懸命に言い訳をする。
決して、グラビアアイドルという仕事を軽蔑しているわけではないのだと、モモのことを軽んじているわけではないのだと弁明するライオの前で、彼女は小さく息を吐いてから椅子ごと反転し、ライオと向かい合うと口を開いた。
「……ごめん、ライオ。私、あなたに嘘をついてたんだ」
「え……?」
モモからの突然の謝罪と告白に驚くライオ。
寂しそうな笑みを浮かべるモモは、聖職者である彼に対して自分がついていた嘘を懺悔する。
「私ね、本当はグラビアアイドルじゃあなかったの。正確には、デビュー前の見習いだったんだ」
モモからの突然の謝罪と告白に驚くライオ。
寂しそうな笑みを浮かべるモモは、聖職者である彼に対して自分がついていた嘘を懺悔する。
「私ね、本当はグラビアアイドルじゃあなかったの。正確には、デビュー前の見習いだったんだ」
「見習い……? それってその、舞台に立つ前の稽古中の身、ってことであってる……?」
こくりと、ライオの問いかけに頷きで肯定の意を示すモモ。
グラビアアイドルとして活動していたと言っていたが、本当はそうなる前の卵のような存在であったと語る彼女に対して、小さく笑みを浮かべたライオが言う。
「い、いや、別にそんなの大した違いじゃないって! そんな深刻に話さなくても大丈夫だよ!」
「うん、そうかもね。でもさ……もう一つ、私はあなたに話してないことがあるんだ。ライオは私がどうやってこの世界に来たか、覚えてる?」
「どうやってって、君は確か神様に救われて――」
――言葉の途中で、ライオははっとした表情を浮かべた。
あの日、突如として自宅のベッドに出現したモモから事情を聴いた時、彼女はこう言っていたはずだ。
『私ってば元の世界で死んじゃってさあ。まだ十九歳だったっていうのに、残念だと思わない!?』
今になって思えば、もっとその部分について疑問に思うべきだった。
まだ十九歳という若さで命を落とした自分の身に何が起きたのか、モモはそれをここまでライオに一切語らずに共同生活を送ってきた。
初めてそのことについて疑問を抱いたライオに対して、覚悟を決めるように深呼吸を行ったモモが、その答えを告げる。
「私ね、自殺したんだ。自分の家のお風呂の中で、手首を切って……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます