荒海を歩く

「東風谷ってさぁ」

「なんだよ」

 

 ざざ、と泡立つ白い波が引いていく。ざば、と泡立つ波が岩に砕かれる。つめてぇ。東風谷は顔をしかめた。なんだってまた、こんなところを裸足で。

 事の発端は佐々木が出かけたいと叫んだせいである。はいはい明日な、じゃあなおやすみと東風谷は布団を被った。それを強引にひっぺがされ、ベッドから引きずり出されて車に乗せられたのである。

 色々と文句を言いながら、それでもなんだかんだ甘ったるく東風谷は許してやった。例えそれがド深夜の、俗に言う丑三つ時でも。佐々木は東風谷の優しさを知った上で強引に連れ出したのである。

 

「好きな人いんの?」

「佐々木だってば」


 言わせんなよ、とまでは口にせず。ずっとお前が好きだって言ってる、と吐き出すように呟いた。いつもはぐらかすくせになんでまた急に。

 佐々木は返事をしない。ちらりと東風谷を見て、ひどい顔だなあ、と独りごちた。本当にひどい顔をしている。顔もあげず、視線もあげず、震えながら返事をするその姿。あーかわいい、寒々しい荒れた海似つかない熱い息。

 実の所、佐々木はずっと前から東風谷を愛している。抱え込んで黙っていよう、としたものの、この数年はこんな可愛い愛の伝え方をしてくるようになって来た。うんかわいい、と噛み締める。

 

「ね、裸足で歩こうよ」

「怪我すンぞ、馬鹿」

 

 そう言いながら東風谷は靴を脱ぐ。本当に従順、佐々木は忍び笑いを浮かべた。裸足で、と誘っておきながら佐々木は靴をいないのである。東風谷は訝しげにしつつ、けれど口に出せずにツンと口を尖らせた。

 東風谷は粗暴な口調や素振りをするが、案外根は臆病なのである。……根は、というよりは恋に臆病と呼んだ方が正しいだろうか?大切な一言を言おうとしたら、なんだか喉が突っかかって言葉にならなくなってしまうのだ。今でこそ「好き」くらいは言えるが、それも中々自分の意思で告げるのは難しいところがある。

 岩に砕ける荒波の冷たさが骨を刺す。岩と砂の狭間を歩きながら、佐々木は笑みを浮かべた。ずんずんと歩くその背を追い掛け、片手に靴を持って東風谷は小さく駆ける。

 

「なあ、どこに行くんだ」

「ヒミツだよ」

「この先にはなんにもねぇじゃん」

「ヒーミーツ」

 

 からりと乾いた秋風のように佐々木は笑う。それもそのはず、どこにも向かってないのだから。ただ気まぐれに東風谷を裸足にして、歩いているだけなのだ。でも不安そうにしながらもついてくるその姿が愛らしくて。ついつい意地悪をしてしまう。

 あ、そうだ。思いついた佐々木は振り返る。驚いたように首を傾げる東風谷の手を取り、くん、とその手首を引く。砂に足を取られ、つんのめった東風谷を胸に抱き込んだ。


「ンな、な、っ」

「……ふふ」


 東風谷の細い背を、蔦が這うように佐々木の指先が撫でる。小さな困惑交じりの悲鳴が潮騒にかき消された。

 

「このまま海まで沈んじゃおっか」

「──!?」

「アハ、嘘だよ、冗談」

 

 帰ろうか。ぽふ、と佐々木は頭を撫で、海に背を向けた。ついて来ない足音に疑問を浮かべ振り向けば、そこには。……真っ赤な顔で、涙を浮かべ俯く東風谷が居て。思わずぎょっと佐々木は表情を変える。少しいじめ過ぎただろうか。

 

「大丈夫?ごめんね、ひどいことを言った」

「馬鹿、お前ってホント馬鹿だよ、バーカ」

「東風谷もひどいこと言うねえ?」

 

 ほらよしよし。撫でようとした手を振り払われる。アレ結構ご機嫌ナナメ?少し屈んで表情を伺えば、キ、と猫のような眼が佐々木を射抜く。

 

「冗談にしなくたって、沈む準備は出来てる、っての」

「えっ」

 

 その声は何が原因か。思わず高鳴った胸だろうか、それともただの冗談を真剣に返されると思っていなかった驚きか。正解はどちらも、である。ニンマリ、見る人が見れば──東風谷は分からないが──とてつもなくあくどい笑みである。

 そうか、そうかあ。声に出さず佐々木は噛み締めた。ふうん、そういうこと言っちゃうの。たぶん必死になってるだけだろうけど、すごく頑張ってることはわかる。現に東風谷は、どんな反応をされるのかが恐ろしくて顔をあげられないままである。

 

 そろそろオレも腹決めないとなぁ。堪えるように熱い息を吐き、佐々木は東風谷と手を繋いだ。……風邪引いちゃうよ、と言いながら、指を絡

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