散文倉庫

綿津サチ

大自然に神を視る

 人々がその島に生活を根差した時、ひとつの信仰があった。大海に囲まれた島において、人より先に根ざす大樹への信仰だ。現代であっても廃れることなく、文明の中で切り倒されることも無く、人々に「生命」を教え続けるその自然が悠然とそびえ立つ。

 

 その、浮き上がるように伸び立つ木々が、那由多の命が宿る山の尾根が、島に宿る巨大な獣の背骨に見えたのだ。

 骨がうっすらと浮き上がるような肢体だった。逆なでされた毛並みのように、けれどなだらかで優しい木々の毛並み。頭、手足、尾、そのすべてが隠された背骨だけの獣。ただそれだけ、人が自然に視た幻想に過ぎないと言うのに、圧倒的な質量を持ってそれはそこに在る。

 豊かな大地に根を張り、悠然と佇み人々を見守る、神話に聴く父神のようだとすら思わせてくるその姿。精霊信仰とは、正しくこれを言うのだろう。海と山に囲まれた島、空気に充満して魂に肉薄する生命の気配。肉体が触れずとも、生命が魂に触れているような感覚。

 

 もったりと重く、浮き上がった背骨に積層雲がしなだれかかる。空に隠される大地もまた一興、とだけでは表せない、日常に潜む無銘神話。過去、人々がここに神を見出したことは推して知るべしといったところだ。たいていのことが科学で証明され、浪漫が数多と潰えて久しい二十一世紀でなお、それは確かに神と称して過言では無いのだから。

 写された真では識れないことがある。畏怖を覚えるほどの、思わず呼吸すら止めてしまいそうなそれ。己の瞬きの間に枯れるような人の生を、深く受け入れる自然の巨獣。朝靄の中に、あたたかな瞳を幻視する。……そして最後に、ああなるほど、とストンと落ちた感覚に笑みを浮かべてしまう。

 魂に生命が肉薄する感覚。姿無きそれが、声無きそれが、それでも我々は世界に居るのだと語りかけてくるような錯覚。人々は木々を前にして、言葉を超えた感性で理解する。

 

 ──そこに、生命が在った。

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