おまけ5 3年後、侯爵家崩壊(3軒め)

 急に目の前の風景がグニャリと歪む。

 ギュッと目を閉じた一瞬で、グラン侯爵は戦場から転移していた。

 人生初転移‼

 だが、テンションを上げている場合ではない。

 「ここは?」

 崩れかけのバラックが立ち並ぶ、この場所に覚えがある。

 汚ならしいから入ったりしない。

 しかし、グラン領の領都近郊にある、ここは?

 「そう、お前のところのスラムだ」と、イオが言った。

 もう、さすがに刃物は仕舞っている。しかし、グラン侯爵をがっちりホールドしたまま、

 「おーい‼この場所に住む人達‼」と、よく通る声で話しかけた。

 グラン領のスラムは、王都にあったスラムのように非合法組織が暗躍せず、ほぼ『姥捨て山』の印象が強い。

 体を壊した者、老齢で動きが悪い者、魔力のなかった子供達を、生活のために捨てたのだ。

 社会から拒絶された者同士が、身を寄せ合って生きている。

 「オレはイオ・リバーウェル‼王都の南の領主をしている‼」

 意外な名乗りに、バラックのガラスのない窓から顔を出し、様子をうかがっていた人々が騒めいた。

 今王国で1番豊かな、そして自由だといわれる伯爵領だ。

 噂はここまで届いていた。

 「で、今オレが捕まえてるのが、このグラン領の領主、グラン侯爵だ‼」

 若い領主に捕まえられて、だいぶしょぼくれて見えた老人が、正体をばらされた途端落ち着きをなくす。

 自分が如何に酷い領主かわかっている。

 無関心で放置した。

 憎まれているのを知っている。

 「君達には2つの選択肢がある‼」と、イオ。

 「このくそ爺は置いていく‼煮るなり焼くなり好きにしろ‼これが第1の選択だ‼」

 「‼」

 「ただ第2の選択として、爺は置いていくが、1週間後迎えに来るまで無事に守れ‼多少の怪我は大目に見るが、とりあえず無事に返せ‼そうしたら君達を、オレの領地に連れて行く‼」

 「え?……」

 「リバーウェル伯爵領に?」

 「ああ‼オレのトコなら開墾とか、農業の仕事はあるし、腹いっぱい食わせてやれるよ‼」

 言うだけ言って、

 「じゃあ、頼むぞ」と、イオは消えた。

 スラムには丸腰で放置されたグラン侯爵と、それを囲むように近付いていく、住民達が認められた。

 悲惨な未来しか予想出来ない、グランは泣き喚き……


 1週間後、誰も信じられない、毒殺に怯えハンガーストライキに入った侯爵に強引に食事をとらせてまで、スラム街の人々は彼を助けた。

 自分たちの食料も満足にないのに、である。

 安易な復讐に走ることなく、尊厳と実利をとった住民達を、イオは喜んで受け入れた。馬車を仕立てて南へ運ぶ。

 これにより、更にリバーウェル領は発展することとなる。

 グランの長男、婿に行った次男ともども、しっかりと場を読み降伏した潔さで、男爵位への降格で許された。

 かろうじて貴族であれた彼らは、次男の子爵家領土を2つの男爵家で分けあう形で、身の丈に合った落ち着いた暮らしをすることとなる。

 侯爵の妻も息子の家に引き取られ、元凶を作ったアイスバッハ・グラン自身は、幽閉、または死罪、または平民落ちになるところ、気位が高く誰も本当の意味で信じられない彼らしい、スラムの1週間でボケたようになってしまった。

 余生を、長男の家に軟禁されて過ごすこととなる。

 結果、大きく浮いたのがグラン元侯爵領。

 「イオ君、グラン領もらってよ。」

 「嫌だよ‼王都の北と南を同時なんて、物理的に不可能だろうが‼」

 「侯爵……いや、公爵にするからさぁ。」

 「位の問題じゃねえ‼王領にしろ、王領に‼」

 「えー。まあ、いいか。じゃあ、次の代で渡せば。」

 何か不穏な発言はあったが、北のグラン領は消滅、国王ハルトの直轄地となる。

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