第35話 王妃様の器
雇用主の兄の方が、すっかりいじけて出て来ない。
部屋にこもっているから仕方なく、食事はドアの前に運んだが……
「イオ君、食べてないね。」
「うん、大丈夫かなぁ?」
アルルとローサは心配するし、
『全くガキかよ‼』と、サチは思った。
「大嫌い‼」と言われて3日、予想以上のダメージに動くことも出来ないらしい。
時々何か言っている。
アルルとローサには聞き取れないが、サチには分かる。
「嫌われたぁ……」と泣いている。
いや、もう、真面目に子供か‼って。
基本同い年だと、男の方が幼く甘ったれだ。
ミウの方はいつも通り起きてきて、いつも通り学校にも通って、いつも通りアルル達とも話をする。
普通過ぎて怖い。
こっちはこっちで内心忸怩たる思いがあるのだろうが……
この3日、兄妹は一緒にいない。魔力を移さなくとも、ミウの魔力は相変わらず巨大で、『魔力の器』としての能力の高さを証明する。
イオ……
本当に、このままだと取られるよ。
放っておくわけにもいかなくて、世話の焼ける弟妹のため、サチは行動することにした。
「すみません。王太子様に会いたいのですが。」
その日王宮を訪れたのは、色素の薄い金髪の、上品な娘だった。
細身の体に空色のドレス。背が伸びたのか、少し丈は合わなかったが、非常に豪華で貴族然としていた。
とは言え、王太子はアポなしで簡単に会える、そう言う存在ではない。
無理やり追い返すのも躊躇われ、慌てふためく守衛の兵士の背後から、
「あなたは?」と、出てきたのが衛兵隊長だ。
初老の、勤務年数が長そうな男は、サチの正体に気が付いた。
正確には、サチが鑑定魔法を使いマイルズ子爵家を知る男がいるタイミングを狙ったのだ。
子捨てで平民落ちした子爵家の、悲劇の令嬢の話はその頃を知る世代(6年前)では有名なのだ。
「わかりました」と、隊長が頷く。
狙い通り、取り次いでもらえるらしい。
「よく直接乗り込んできたね」と、王太子であるハルトが苦笑いを浮かべる。
衛兵隊長の話を聞き、彼は門までやってきた。
さすがに、今は一平民の鑑定士であるサチを、王宮内に招い入れるわけにはいかなかったのだろう。
門の詰め所にある応接室で会ってくれた。
衛兵の1人が、ぎこちなく紅茶を運んで来る。
「ありがとう。」
サチは上品に会釈して、カップに口をつける。
衛兵がドアの外に消えたタイミングで、
「貴族のフリは疲れるよ」と、地を出した。
「本当に貴族じゃないか、マイルズ子爵令嬢。」
「無くなった家の、だよ。」
「まあ、そうだが……」
「ドレスは、ミウさんの?」
「そ。丈が短いでしょ。」
そのまま2人、紅茶を飲む。
話すタイミングを探る奇妙な沈黙の後、
「あのさ。」
「わかってるよ」と、2人同時に言った。
おそらく落ち込み切っているだろう、イオのことも、平気なフリで煮えたぎるくらい怒っている、ミウのことも気付いている。
あのレッドローズビル侯爵家の惨状に、次期国王として絶対に敵に回したくない存在の、その宝物を奪うわけにはいかない。
ハルトの中の計算高い部分が警鐘を鳴らしているし、もっと単純に、年の離れた友人として過ごした10年間を、こんな馬鹿な事情で反故にしたくなかった。
でも、現状婚約者になれそうなのはミウ・リバーウェル女男爵のみであり……
本当にどうしたらいいのか悩ましい。
ふと顔を上げた瞬間、同じく考え込んでいるのだろう、上品なしぐさでお茶を飲む女性に目が行く。
ん?
もしかして?
「ねえ、サチさん。」
「はい?」
「協力してくれない、あの2人のために。」
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