第36話 こうなると思った⤴

 喧嘩して4日目。

 王立学園の廊下に急に現れた初老の男は、いわゆる燕尾服姿だった。

 「婚約者様決定の発表をいたします。今日はこのまま王宮へお越し下さい。」

 有無を言わせぬトーンだがあくまで丁寧で、来るべきものが来たと思う。

 婚約者候補が自分しかいない、それはそうなるだろうと、ミウは1人ため息をついた。

 ハルトはたぶん、今イオが傍にいないことも知っている。

 すきを狙うようなやり方は彼らしくないと思ったが、しかしまあ、時間の問題だ。

 いずれそうなる。王太子妃を私に望んだ、ある意味兄の希望通りだ。

 前世の親友は、現世で1番好きな人で、どうしようもない朴念仁だ。

 彼の気持ちがない以上諦めるしかないと思う。

 ミウは使者に断りを入れ自宅に転移、何故かサチまで留守で残念だったがアルルとローサに伝言を頼む。

 イオには会わない。

 苦しいだけで会いたくないから、そのまま転移し学院に戻った。

 迎えの馬車で王宮に向かう。


 「イオ君‼」

 「大変だよ、イオ君‼」

 アルルとローサがドンドン‼扉をノックする。

 ずっといじけて鍵を開けなかったイオだが、そのあまりの切迫ぶりに部屋を出た。

 また誰か攫われでもしたのかと思ったのだ。

 「どうした‼」

 さすがに4日も籠っていると、普段完璧美青年しているイオだって、若干男臭くなっているし髭も伸びる。

 ただ、そんなことなど気にしている場合じゃない、決定的な事態が進行していた。

 「ミウちゃんが王宮に行っちゃった‼」

 「婚約者のお披露目だって‼」

 「どうせ1人しかいないんだから、婚約飛ばして結婚するかもって‼」

 「いいの?イオ君‼本当にいいの‼」

 堰を切ったように叫ばれて、頭の中がグルグル回る。

 ミウが行った?

 オレに何も言わずに?

 いや、だって……

 理由を必死に探してもどこにもない。

 半身を奪われるような、泣きたいほどの喪失感。

 グチャグチャな思考の中はっきりしていることは1つだけだ。

 大好きだから傍にいて欲しい。

 大好きだからオレのものにしたい。

 大好きだからあげたくない。

 『大好きだから‼』

 「ああ、もう‼『卒業』かよ‼」

 部屋着のままで、髭まみれで、そのままイオは転移する。

 『マイフェアレディ』とか、『卒業』とか。

 河合糸さんは、意外と古い洋画に造詣が深い。


 そしてこっちは『カリオ〇トロの城』だ。

 完全に心を閉ざしている、前を向くだけの目に何も映さず、王宮のメイドたちにされるがままで着飾ったミウは、ただエスコートされるままに歩いていた。

 だからだろう。

 かしずく侍女の中にクリーム色の髪の女性がいることにすら気づかない。

 ハルトに促されるまま歩く先は大広間で、ドアの向こうには貴族達が揃っていた。

 ああ、もうどういい……

 ……わけないけど、どうにもならない。

 心が潰れそうで、泣きそうな気分を堪えていた。

 大広間に入る。

 一斉に見られる。

 ああ、もう……

 「大丈夫。」

 瞬間、聞きなれた声がした。

 「えっ?姉さん?」

 驚いて顔を上げた、次の瞬間‼

 ガシャーン‼とガラスの割れる音。

 「悪い、ハルト‼やっぱやれねえわ、そいつ‼」

 普段着以下で、ボサボサのまま窓を破って飛び込んだ愛しい人に、

 「みゆ〇かよ‼」と、突っ込むミウに、眼の光が戻っている。


 ちなみに……

 『み〇き』は窓は割りません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る