第25話 虎の威を借る狐なら、虎ごと踏み潰します

 ショーン・マイルズが、生まれてきたことを後悔するまで1分あれば十分だった。

 「さあ、やりますか」と言った、異常な迫力がある少年。

 これがもしや、10歳のS級冒険者なのかと、考える余裕さえありはしない。

 一瞬で、まるで視認できなかった、少年が目前に迫り、真っ赤な何かが視界を過る。

 「あ……」

 ポカンと開けた口に何かが入る。

 熱い‼痛いよりも熱い‼

 守るように口を閉じようとした。

 しかし、そんな反射より早く左頬が裂ける。

 「無駄口ばかりの口ならいらないだろう。」

 少年が、火魔法の小太刀で裂いたのだ。

 焼いたから……

 出血はない。引き攣れて巧く話せない、それだけだ。

 「あわゎ……」

 ショーンは左手で押さえようとした。

 しかし、その腕がない。

 連続して降り抜かれた、小太刀で肩から切り落とされた。

 「うぎゃぅゎああぁぁ‼」

 叫び声さえ濁ってうまく発音できないショーンに、

 「じゃ、次はどこにする?」と、恒例ドS発言のイオだ。

 「逆の手か?それとも、足か?」

 迫りくる少年に声が出せない、涙も尿もすべて垂れ流し状態のショーンは、身振り手振りで必死で頭を下げまくる。

 貴族の矜持もへったくれもない。

 現代日本での前世のあるイオの、『虎の威を借る狐』は最も嫌いなタイプである。

 今まさにもう1本、足か手が落ちる寸前‼

 「待って、イオ‼」

 おそらくショーンからすれば、天使もかくやの声がする。


 「お、来たか?ミウ。」

 振り向いた顔がにやけながらも目がマジで、

 『うわーっ、かなり怒ってるよ、イオ』と、ミウは小さく肩をすくめる。

 サチに呼ばれ駆け付けたギルド前、新しいギルマスが散々な目にあっていた。

 やらかしたんだなぁと、わかる。

 イオは曲がったことを許さない。

 JK時代もその気があったが、力を持った今は我慢しない。

 間違いは間違いとばかり、この世界を正そうとする。

 ただ、時々やり過ぎるから、

 「仕方ないなぁ」と、ギルマスに歩み寄る。

 ミウは無詠唱でヒールを発動する。

 「ああ、口は治さないでいいぞ、ミウ。」

 「マジで?」

 「おう。間違ったことしか言わねえ。」

 「わかった。」

 ミウのヒールは正しいヒールだ。

 体の構造がわからないからと、『過去への回帰』と言う変則的な魔法で傷を治すイオに対し、ミウは体の構造を理解して治す。

 だから逆に、『口の傷だけはそのまま』なんて、反則級の真似も可能だ。

 失った腕さえ回復する。

 ミウの『魔力の器』としての能力は、恐ろしいことにオリジナルと同等まで溜まる。毎晩抱きしめ補充しているから、魔力的にはイオのコピーだ。

 効率もオリジナルと大差なく、だから2人目の特例S級冒険者になった。

 イオが破壊、ミウが癒しを担当するのは、性格の違いでしかなかった。

 「じゃ、お前はギルマスは辞めろ。平民になってもいいし、家に泣きつくなら泣きついてもいい。」

 ギルマスはコクコクと必死でうなずく。

 もうこれ以上酷い目に合わないように。

 ただ、続く言葉に顔色を無くす。

 「ま、家が残ればって話だけどな。」

 「ふぇ?」

 「お前の兄貴、嫡男で、次期マイルズ子爵ってやつ、昔子供捨ててるな。無能力だからって、スラムにさ。ま、無能力じゃなかったけどな。」

 怒りを押し殺した声にハッとする。

 背後で、困った顔の鑑定士に。

 まさか‼

 「お前の兄貴が捨てた子がそこにいる。オレはこの『子捨て』ってヤツ、どうやっても許せねえんだ。オレ自身も被害者だからな。今はハルトに働きかけて、厳罰を与える方向になってる。」

 ハルトは……

 ハルト・ウィルランド、15歳。この国の王太子だ。

 手を出してはいけないものに手を出したと、震えるショーンにとどめを刺す。

 「過去の子捨てには、その子供が味わった地獄を同じ年月味わい身分を残すか、貴族の場合は平民落ちかを選ばせてる。まあ、大抵平民落ちを選ぶぞ。馬鹿な貴族がスラムに落ちたら、たぶん1日だって生き残れない。」

 マイルズ子爵家は終ったのだと察し、ギルマスはすすり泣いた。

 ただ、このなかなか最悪のタイミングで、

 「おーい。取り込み中悪いな、イオ」と、ギルドに顔を出した人物は?

 「ハルト?」

 王太子、ハルト・ウィルランド。

 甲冑に剣のフル装備だった。

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