第15話 井の中の蛙を踏み潰す

 「うぎゃぁぁぁぁ‼」

 うんうん、いきなり手首が無くなったら驚くよね。

 慌てるよね。

 痛いよね。

 イオの前で、もはや何の矜持もなく泣き叫ぶアラン。

 アランに魔力はまるでない。素養0だから魔王種越えの威圧にすら気付けない。

 けれど‼

 気付けないから効かない、と言うことでは無いのだ。

 イオが使ったのはお気に入りの火魔法。炎の刃で手首を切り落としたのだ。

 「あーあー、手が無くなっちゃったな、お前。」

 苦しむアランに、近付くイオ。

 右手には火魔法による小太刀を出したままで、

 「どうせなら、足もお揃いにするか?」と、訊ねる。

 「ごめんなしゃい‼許してくだしゃい‼」

 子供みたいに泣きじゃくるアランだが、彼は果たしてこれまでの人生、命乞いする人を、自由を求める女を、助けたことがあるのだろうか?

 「てめえだけ許してもらおうと思うなよ‼」

 「ひいっ‼」

 炎の刃で切り落とす代わりに、アランの膝を踏みつけた。身体強化がかかっていて、足が一瞬あらぬ方向に曲がる。

 バキッと言う、耳に残る音がした。

 「ぎゃぁぁぁっ‼」

 泣き叫ぶアランに、さらにイオは見せつける。


 「さっきは突き飛ばしてごめんな、サチさん。」

 急にテンションを変えて、少女達の元に向かうイオ。

 「ごめん、痛かったでしょ?」

 「えっ……いや、別、に……」

 戸惑い顔の少女の肘は、さっきの体当たりで擦りむいている。

 詠唱など必要ないのに、敢えて、

 「ヒール」と口に出した。

 少女の傷が輝き、瞬間で治った。

 目の前の奇跡に、アランは必至で哀れを誘う。

 「あの……」

 「?」

 「俺も……治して……」

 身勝手な願いは届かない。

 「嫌なこった」と吐き捨てられて、あまつさえ、

 「もう片方も折っとくか?」と、当然のように言われた。

 絶望でアランは泣き叫ぶ。

 その獣じみた慟哭が響く中、

 「おい、ギャラリー‼」と、誰にともなく大声を出すイオ。

 索敵魔法で気付いていた。

 ここはスラムで、生き馬の目を抜く世界で、アランがみっともなく負けた以上、誰もがその地位を狙っている。

 異様な数の観測者がいることに、少年は気付いていた。

 「この男はもう終わった‼この先誰がトップになり替わろうと、オレには関係ないが……

 もし次の奴がこいつらみたいに、必死で生きる女を食い物にするなら……」

 わかりやすく魔法を使った。

 イオの両手にはバチバチと放電しあう電撃の球が浮かび、投げ上げると弾けて、町のあちこちへ向かう。

 観測者全員の目前で電気が弾けた。

 「次は当てる。時々見に来るから。」

 締めくくる声と共に、町のあちこちから叫び声が上がり、バタバタと逃げ去る足音もした。

 何人か、ただのやじ馬が巻き添えになったようだが……

 それは勘弁してもらおう。




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