『花の妖精 フェリモ』

@tnozu

~The flower fairy Felimo~

鳥が運んできたものか、風に飛ばされてきたものかはわかりません。

ある町の片隅かたすみに、名も知れない花のつぼみが落ちていました。

つぼみは命をふりしぼって花を開き、一匹の妖精を生んで、やがて枯れていきました。


花は枯れはてる前に

「フェアリー、モーニング (妖精さん、朝だよ)」とささやきました。

そうやって、花の妖精 フェリモはこの世界に生まれてきました。



花から生まれた花の妖精 フェリモ・・

でも、他の花の妖精とちがって、背中には羽根が生えていませんでした。だから空は飛べず、生まれた時から持っていた小さな杖をもって、ちょこまかと歩くばかりでした。


「さあ、お仕事 お仕事、お花を咲かせるぞ」

生まれてきてしばらくは、フェリモは元気よく町を歩いていました。

ですが、やがて

「ふぁー、ひまひま・・」と、

退屈たいくつそうにあくびをしながら、ぶーらぶらと歩くようになりました。


というのも、

「オイラの生まれたこの町は、アスファルトの道とコンクリートのビルばかり、草のかけらもありゃしない。おまけに人間たちとくりゃ、いつもせかせか働いて、花のことなんて忘れちまってる。いくら探しても、オイラの仕事はありゃしない」

というわけなのです。


時々、他の花の妖精たちが、空の高い所を飛んでいくのが見えました。

「おーい、みんな、遊びにおいでよ」

なんども大声で呼びかけましたが、妖精たちは少し首をかしげるばかり。フェリモに気づくことはありませんでした。

草も木もない灰色の町は、花の妖精たちには見えなかったのです。


「もうオイラ、こんなところ ごめんだ」

フェリモは一度、町を出ていこうとしました。でも、町境を越えようとすると、体がフニャフニャになって、かないませんでした。

羽根のない妖精は、生まれた町で過ごすしかなかったのです。


仲間もおらず、いつも、ぶらーり ふーらふら・・ ・・



・・ ・・ ・・



「どうしてオイラは こんな町に生まれたんだ‼」

ある日、フェリモは、高いビルの屋上で叫びました。


すると、空を走っていた風の妖精が、ヒュルンと止まって聞いてきました。


「なぜ、私は空を走っているの?」

「そりゃ、走って風を起こすのが、あんさんの仕事だからよ」

答えてあげると、風の妖精はうれしそうにお辞儀をして、ピューッと走っていきました。


「フェリモくん、わしにも教えておくれ」

驚いたことに、今度はビルの妖精が聞いてきました。屋上のコンクリートから、硬そうな頭をのばしています。

「なぜに、わしはここに建っているんだい?」

「そんなの決まってる。この町の人が、あんさんの部屋を使いたいからよ」

「なぁるほど」

ビルの妖精は、お礼も言わずに、コンクリートの中に消えました。


「なんだいなんだい。聞きたいのは、オイラのほうだっていうのに」

フンッ!

と ビルを蹴ろうとしたところ、


おっとと・・

フェリモは、勢いあまって足をふみはずし、地面にまっさかさま。


ゴチン‼ 頭に大きなコブを作りました。


「痛たたた。おやおや、ほほーう」

コブをそろりとなでたフェリモは、大切なことに気がつきました。


・・オイラ、自分にきちんと聞いたことがなかった・・

目の前の、レストランの窓ガラスに映った自分を見ながら、フェリモはつぶやきました。


窓ガラスの中の自分は、店のシャンデリアが後ろで光っていて、まるで神様の使いのようです。


「ねえ、オイラって、なんで この町に生まれたんだい?」

さっそく、窓ガラスの中の自分に聞いてみました。でも、その口はむっつりと閉じたままです。


「えーい、聞きかたが悪かったのかな。

 えー、コホン。ぼくちんは花の妖精。なのに、どうして草も木もないこの町に生まれたのかしら?」


すると、窓ガラスの中の自分は にっこりと微笑ほほえみながら答えました。

「みんなと同じです。あんたさんは、この町に生まれてきた。それでいいのです」


「ここに生まれてきて、それでいいだなんて・・。そんなの答えになっていないよ。

 うーむ。じゃあ、質問を変えるね。えー、コホン。

 どうして、ぼくちんは、お花を咲かせる仕事もせずに、いつも、ぶらーり ふーらふら歩いているのかしら」


「答えは同じです。あんたさんはそれでいいのです。それがあんたさんのお仕事なのです」


「ぶらーり ふーらふら歩くのが、オイラの仕事だって?」


フェリモは文句を言いたいのをがまんして、窓ガラスの中の自分をまじまじと見つめました。


「そういや、仲間とちがって、オイラにゃ 羽根がはえていない。その代わりにこいつを持っている。足はふらつかないけど、オイラにとって大切なもの・・」

手に持っている杖をにぎりなおして、いつものようにぶーらぶらと歩きました。


『そうです。その調子・・』

振り返ると、窓ガラスの中の自分がうれしそうに笑っていました。


「なあるほど。これでいいってことか。神様のお使いみたいな自分が言ってるんだからまちがいない。でも、ぶーらぶらはしっくりこない。シャキッと歩かないとしっくりこない」


フェリモはご機嫌になって、この世界に生まれてきた時のように 元気に歩きはじめました。

「杖って、こうやって使うのが、オイラには合っている」

まるでパレードの指揮者のように杖を振りながら・・。


そうやって、町のはしからはし、建物の地下から屋上まで歩きました。


・・ ・・ ・・


「とうとう、こんな所まで来ちまった。お仕事をしている感じはしないけど・・」

町はずれにある鉄塔を登りながら、フェリモはぼそぼそと言いました。


「あらら・・」

鉄塔のてっぺんについたフェリモは目を見開きました。


高い所から見おろした町は、何かが変わっていました。

灰色のビルも道路もそのままです。草や木が生えている様子はありません。もちろん、花も咲いてはいません。

目玉がこぼれそうになるくらい じっと見て、やっとわかりました。

町全体が、温かそうな薄い黄色の光に包まれていたのです。


「教えてもらわなくったってオイラは知っている。

 あれは、お花にお日さまが当たった時の光だ。

 なんだいなんだい、お花なんて咲いていないくせに!この町はオイラをバカにしているのか!」


あんまり腹が立ったので、フェリモは町にむかって杖を投げつけました。


「ヘヘーン、ざまあみろってんだ・・おんや」

あっかんべーをして、大きくのばした舌が、べこーんとノドの奥にはじきかえりました。


くるくると回りながら落ちていく杖の先から、黄色の光が流れ出ていたのです。


「なんてこったい。あの光をばらまいたのは、オイラだったってことか」

あわてて宙にとびだして、杖をつかまえました。


そのまま地面に、ゴチーン!!

またまた、頭に大きなコブを作りました。


「痛ったた。でも、痛いどころじゃない。なんで、オイラはお花の光をバラまいたんだ」


フェリモは、頭をすっきりさせるために、コブをつつきながら歩きはじめました。


「痛ったた、オイラは花の妖精。そんだけど、生まれた町にゃ 草も木も生えちゃいない。

痛ったた、そんでもって、オイラはお花の光をばらまいた。それがオイラの仕事。

そんでそんで、どうなるの?」


答えが見つからないままに歩いていくと、おかしなことにぶつかりました。


人々が、しきりに首をかしげていたのです。

楽しいことを考えているように、顔はにこにこと笑っています。

車に乗っている人、ビルの窓から外をのぞいている人も、みんなそうでした。


「おいおい、どうしちまったんだい。いつものせかせかは、どこにいっちまったの?」


フェリモは、姿が見えないのをよいことに、前にたつ男の人の頬をつねりました。


『痛ったた!だれかにつねられてもわからない。これまでは、少しあったけど、すぐに消えてしまっていた。でも、今ははっきりとあるみたい。それはいったい何なんだ?』

男の人は、にこにこしたまま言いました。


耳をすませば、みんな同じことをつぶやいています。


フェリモはピーンときました。

「そりゃ、お花だよ。あんさんたちゃ、半分わかってるんだ。それなのに、はー じれったい」


フェリモは、人々の耳をひっぱって広げ、

「それはお花!」と どなりました。


でも、人間には 妖精の声はとどきませんでした。



『まあ、あれは何?!』

フェリモの横で、女の人が空を指さしました。


人々が見上げた先には、黄色、むらさき色、白色、いろんな色のものが、ひらひらと飛びかっていました。


『あれはチョウだ。ということは、ここにあるみたいなものは、えーと、うんと・・』

ノドにつかえものをしたようなメガネをかけた男の人の背中を、

「それ、もう一声!」

フェリモは杖でコツンとつつきました。


『花だ!それも町いっぱいの花だ』

男の人は 前につんのめりそうになりながら うれしそうに叫びました。


『そうよ。花よ』

『チョウたちは、この町が花であふれていると思って、遠くの森からやってきたんだ』

みんな口々に言いました。


「やれやれ、やっと、おわかりですかい」

どなりつかれたフェリモは、地面にへたりこみました。



『ずっと前から、この町には、何かが足りないと思っていた。チョウを誘ってくれたものが、それを教えてくれた』


仕事はそっちのけ・・人々は力を合わせて、花を咲かせるための花壇を作りはじめました。

なにせ、もともと働き者の人々のやることです。

あれよあれよという間に、町じゅうに花壇のわくができました。そして、となり町からとりよせた土をしき、種をまきおえたのです。


『ああ、ここに 花の妖精というものがいてくれたら』

『そのよび声で、すぐに芽が出て 花が咲くかもしれないのに・・』


フェリモはよいしょと立ち上がりました。

「ちっとは休ませておくれよ。また町じゅうを歩かないといけないんかい」

ぶつぶつ言いながら、歩きはじめたフェリモでしたが、よいことを思いつきました。


よたよたと町の放送塔までいくと、マイクにむかって言ったのです。


「オイラの友達、お花さん。お目々ぱっちりかわいいいお顔。どうか見せてちょうだいな」


大きなスピーカーから飛びだした声は、町じゅうの花壇をぶるぶるとふるわせました。


土の中の種から、むくりと芽が出てきました。

そして ずんずん茎と葉がのびてきて、たちまちに色とりどりの花が咲きはじめました。


・・ほれほれ 咲いた、わいわい 咲いた・・

人々の喜びにあふれた声が、放送塔まで聞こえてきました。


「ふぁー、オイラ、つかれちまった」

大きなあくびをしたフェリモは、ゴロリと横になり、ズウズウといびきをかきはじめました。


・・ ・・ ・・


「まあ、なんて素敵な町かしら」

あれまあ、これまで通りすぎていた花の妖精たちが、空から降りてきています。新しく生まれた妖精たちが手を振って迎えています。


フェリモは、そんなことにはおかまいなし。

幸せそうな顔をして、寝言を言いました。

「ムニャムニャ、もう、仕事はかんべんしておくれ。オイラはすんごく眠いんだ」



おしまい

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