第97話 肖像画

「すっげー広い!」


「走ってはなりませんよ」


 王都民の子どもたちが走り回っている。すっかり見慣れた光景になってしまった。どこを走っているかというと、我が邸である。


 王都の邸ではパーティーを行うことが多い。

 私の場合は2、3週間に1回くらいの頻度だが、貴族によっては毎週末に開催しているところもあるほどである。

 目的の一つには外交官や財界人たちを招く、そういう社交の場である。時には王都でも評判の歌手を呼んだりすることもある。


 もう一つの目的として、古くからある邸の場合には歴史的な価値がある、いわば博物館のような役割がある。これには庭園なども含まれる。中流階級の人々に開放して、上流貴族への憧憬を抱かせるという狙いもあるのだと思う。


 貴族の側からすれば、こういう開放が一種の義務であるように考えられている。

 ノブレス・オブリージュではないが、こういうことをしない貴族の評判が悪いのは事実である。バーミヤン公爵家もカーサイト公爵家もマース侯爵家もこういうのを行っているが、まあ評判はそれぞれである。



 地球の貴族社会がどういう歴史だったのかについてはあまり詳しいことは知らないが、爵位やこういう邸は長子が相続するというのがこの国の決まりである。

 ソーランド公爵家の場合は私の次はカーティスになる。


 父である先代が亡くなった時、先代の弟、つまり叔父がいたのだが、その人が継ぐ可能性もゼロではなかったが、バカラが相続した。バカラが成人をしていなかったら相続していなかった可能性はある。その叔父は先代に劣らずやり手であり、今は王宮で働いている。


 こういう仕組みであるので爵位持ちが莫大に増えるわけではないのがバラード王国の特徴である。中には一代限りで爵位を持つということもあるが、よほどのことだろう。一昔前だと魔物の討伐で名を馳せた者が爵位を持ったことがあった。



 家督を継ぐといっても所有者というよりは管理人と呼んだ方がいいと思う。やりくりは貴族によってはかなり苦しい。他国では爵位を金で買える国もある。成金貴族がいるのである。まあ、それも国の方針だろう。


 私にはドジャース商会を立ち上げたからかなりの資産があるが、どこまで本人が改革をしたかは不明だが、ソーランド領の税収を考えるとゲームの中ではバカラは相当維持に苦労したのではないかと思う。

 王都の貴族たちの中にも邸を開放する者もいるが、入館料のようなものを徴収しているところもあるし、それぞれの領地へ観光シーズンに呼び込むこともやっている。なんらかの産業があれば安泰なのだが、そうではない領主は管理者として四苦八苦しているのである。


 バーミヤン公爵家はそうではないだろうが、カーサイト公爵家のザマスが守銭奴なのは、領内の維持管理に回す必要があるからである。それなりに評判が良い。まあそれでも貯めすぎだろうとは思う。もう少しインフラ整備をした方がいい。


 私も儲けているからには何らかの形で金を落とさないといけないわけで、ソーランド領を充実させる以外にも美術品や調度品などを集めたり、王都では珍しい品々を購入して、邸に飾っている。

 日本では「宝くじが当たったら」と家族で話すことがあったが、宝くじの数十倍、数百倍の金があるので感覚が麻痺してきているのかもしれない。


 

 私も邸を開放して夜のパーティーを開いているが、中流階級、中には庶民にも昼間に無料で開放するようにしている。これはかなり珍しいことで、中には「なんであんな奴らを」と批判する声もあるが、そんなものは今さらである。

 もちろん、いつでも誰でもいいわけではなく、申請があったら調査をして後日許可を出すということである。


 今日は私がいつも通っている教会の子たちやそのつながりのある人々を招いていた。

 私が邸にいる時もいない時も、たいていキャリアやその他の人間が説明をする。これはソーランド領の別邸でもそうである。

 先代や先々代やもっと前の肖像画があったり、私のものあるが、代々のソーランド家の歴史を語る。まあ、あまり興味はないだろう。

 美術品に関しても詳細に説明ができるようになっている。どういう歴史的価値があるのかがわからなければ飾る意味はない。


 バカラの肖像画はちょっと太っている時のものであるので、目に入る度になんだか嫌だなぁと思っていた。別のものにしたいと考えていたが、きっかけがなかった。

 そういう私の思いが天に通じた出来事が起きた。



「キャー!!」


 ズドンという音がして、子どもたちが悲鳴をあげたので私も向かってみると、バカラの肖像画の一部が破れていた。走り回っていた男の子が転けて、手をついてしまい、絵が落ちてしまったのだった。


「大丈夫か? 怪我はないか?」


「……」


 顔面が蒼白である。

 何も話さない。さすがに自分がやったことは理解ができるのだろう。


「も、申し訳ございません」


 責任者である教会の人間が深く、それはとても深く謝罪をする。


 肖像画は家督を継いでから数年以内に描かれることが多く、バカラもそういう時期に画家に描いてもらっていた。

 ちょうどアリーシャも私の近くにいた。男の子の方は見ずに、しかし聞こえるようにアリーシャが言った。


「お父様の肖像画は替えた方がよいと思っていました」


 そういうことをさらっといえるアリーシャに感心する。


「そうだな。私もずっとそう思っていた。これもそうなる運命だったのだろう」


 子どもたちには何のことかわからないようだったが、私たちはキャリアを呼び、落ちた肖像画を処分させた。私の肖像画など破れていなくても売っても二束三文にもならない。

 男の子は今にも泣きそうである。こちらの方が心配である。


「あの、俺……」


「君のおかげで踏ん切りがついたぞ。感謝する。お菓子を用意しているからそれをみんなで食べなさい」


「でも……」


「さあ、行きなさい」


 そう言って、キャリアに案内をさせた。


「まあ、形あるものは壊れるというからな。今度はどういう肖像画にするのがいいだろうな」


「家族で、というのはやはりおかしいのでしょうか?」


「家族か。そうだな、それもいいな」


 何人かが一緒になって描かれている絵も珍しくない。ついでなら、私の肖像画とみなで一緒になっている肖像画があるとよいなと思う。画家にとっては人数が多いと大変だろうが、そういう絵も欲しい。



 いつも世話になっている司祭がその後にやってきて、子どもたちのやったことを詫びた。肝が冷えた、いや今でも冷えているに違いない。


「まことに申し訳ありません」


「いやいや、お気になさらず。これもアポロ教会の言葉を使えば、大精霊様や神様のお導きなのだろう。悪いことばかりではない」


 バカラの記憶にはあるのだが、バカラの肖像画を描いた画家はとても傲慢で不遜な人間だった。だから、そういう画家が肖像画に関わっているのはどうにも嫌なことである。そんな嫌な縁は絶ちきりたいものである。

 これを良い機会だと思って、王都内でも評判の良い画家を探し出して、私と、アリーシャ、カーティスの絵を描いてもらうことにした。もちろん、私もそれに合わせてシェイプアップした。


 芸術で生活ができないのはこの王都でも同じで、腕は良いのに売れない画家はいた。宮廷画家はいるが、人数は少ない。

 パトロンではないが、こういう職業を支えるのも私の仕事であり義務だろう。この件がきっかけとなって、王都内の芸術家たちに支援をすることになった。


 この世界には写真はない。もしかしたら他国にはあるのかもしれないが、少なくともバラード王国周辺の国にはないという話である。カメラの仕組みはある程度わかるが、それを再現するのはちょっと難しかったので積極的に開発はしていない。

 だから、人物画はともかくとして、風景画や日用品の描かれている絵は貴重である。

 芸術家たちにはその後もいろいろな絵を描いてもらうことになったし、どうしても概念が言葉だけでわからないものについてはイラストを描いてもらうなど、市販の教科書や書籍の仕事も引き受けてもらった。


 漫画のようなものもいつか出版される日が来るだろうか。それにはまだ時間がかかりそうである。

 ポスターを試しに作ってもらったのだが、王都民には物珍しいものだったようだ。イラスト形式の広告ポスター、こういう形で貢献をしてもらっている。

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